22話 【呼び出し手】とダンジョンの番人

 ダンジョンの奥へ進むこと自体は、端的に言うと神獣たち三人が強いこともあってさほど難しくはなかった。

 それに俺も三人の力の一部を借りている身なので、流石にそこいらの魔物には負けないし、寧ろ意地でも負けられないのでどうにかこうにか戦えていた。

 ……けれど。


「何だかさっきから誘導されてる気分だな……。魔物の配置とかから、そんな気しないか?」


 そう、さっきから分かれ道があっても魔物が襲ってきて、一方の道へ誘い込まれているような。

 そんな違和感があった。

 ローアは少し考え込むような仕草をした。


「うーん、実はわたしも。……でも、もしかしたらそろそろダンジョンの中間地点ってことなのかな」


「中間地点?」


 ローアはこくりと頷いた。


「ダンジョンの中間地点って大抵は大部屋になっていて、【番人】って呼ばれる魔物がそこを守ってるの。もしかしたらダンジョンの主は、わたしたちの力を試すために早くそこへ連れて行きたいのかも」


「まあ、それならそれでもいいじゃない。ダンジョンの最奥に行くには絶対【番人】のいる部屋は通らなきゃいけない訳だし。あっちが誘導してくれるなら、最奥を目指すアタシたちにとっては願ったり叶ったりよ」


 フィアナはいつも通り、明るく快活にそう言った。

 俺はフィアナのそんな姿に、いくらか元気をもらえた気がした。


「ああ、そうだな。……不安がっても、何も始まらないか」


「その通り! ご主人さまも分かってきたね〜」


 がばっと肩を組んできたフィアナを見て、ローアも負けじと「わたしもわたしも〜!」とぴょんぴょん跳ねるが、残念ながらローアの身長が足りなかった。

 フィアナは必死そうに飛び跳ねるローアを見て、ぷっと吹き出した


「ローアはまだちびドラなんだから、抱きつくくらいで我慢しときなよ」


「んむ〜っ。……ここがダンジョンじゃなかったら、わたしだってお兄ちゃんにおんぶくらいしてもらえたのに……」


 ローアのあまりに残念そうな様子に、俺はローアの頭を撫でてやった。


「そんなにしょげないでくれよ。ダンジョンから出たらおんぶでも抱っこでも、好きなだけしてやるって約束するから」


 ローアは残念そうな表情から一転、パァッと表情を明るくした。


「約束だよ、お兄ちゃん!」


「ちゃんと守るよ」


 ……と、ローアと話をしながらしばらく進んだところで、目の前に巨大な扉が現れた。

 いぶし銀の無骨な鉄扉は、巨人が出入りするためのものじゃないかってくらいに巨大だった。


「ここが中間地点のようね。となると、この先にいるのは【番人】……」


 マイラの静かでも普段以上に硬い声音に、俺は警戒を強めた。

 それからフィアナもまた、ほんの少しだけ低い声音で言った。


「ご主人さまは、あまり無茶はしないで。これだけの規模のダンジョンの【番人】ってなると、アタシたちでも苦戦するレベルかもしれないから」


「分かった。……でも、援護くらいはさせて欲しい。何もしないって言うのも流石に悪い」


 フィアナの力が宿った長剣から吹き出る爆炎を投げ飛ばせば、牽制くらいはできる筈だ。

 それにローアの短剣やマイラの腕輪で地面や水を盾にもできる。

 多少のサポートなら、俺にだってやれるだろう。

 三人もそこは分かってくれたのか、頷いてくれた。


「大丈夫。わたしだって『お兄ちゃんは何もできない』なんて思ってないから。……本当のことを言えば、わたしの方がお兄ちゃんと一緒じゃなきゃ、ダンジョンはちょっと怖かったくらい」


 ローアは扉の前で、俺にぎゅーっと抱きついてきた。

 俺もローアを抱きしめ返し、そのまましばらく。


「もう大丈夫か?」


「……あと三十秒」


 ローアは今まで以上に強く抱きついてきてから、満面の笑みになった。

 それからローアは光を纏ってドラゴンの姿になった。


「この扉、壊しちゃうよっ!!」


「ローア! アタシもその扉ぶち破るのに力を貸すよ!!」


 ローアのブレスと不死鳥の姿となったフィアナの爆炎が、巨大な鉄扉に殺到する。

 そして神獣たちの攻撃を受けた扉は容易に融解し、吹き飛んでしまった。


「いきましょう!」


 ケルピー本来の姿に戻ったマイラの掛け声で、俺たちは一斉に【番人】の部屋へと入っていった。

 部屋の中は巨大な闘技場といった様子で、その真ん中には甲冑を纏った戦士が立っていた。

 ……しかしただの戦士じゃなく人間と竜を混ぜたような風貌の、謂わば竜騎士。

 だが、その体は肉のない骸骨で、体躯は先ほど破った巨大な扉に見合うだけの巨体。

 何よりその体から立ち上る闇色のオーラが只者ではないことを物語っていた。


「ローア、これって……!」


「……うん、フィアナの思ってる通り。竜人のアンデッド、屍竜人リザードマン・ネクロ


「でも、単なる屍竜人リザードマン・ネクロでもなさそうね。ダンジョンの主から強い呪いをかけられているわ……!」


 目の前に現れた【番人】を前にして、神獣三人は強く警戒していた。

 ……いや、神獣が三人がかりでも警戒するほどの手合いとはすなわち、文字通り「神獣並みの相手」に他ならない。


『RUOOOOOOO!!!』


 骸骨の竜騎士が喉の肉もない体で咆哮を上げ、巨大な剣を水平に振るった。

 それだけで周囲に衝撃波が走り、神獣三人ですら踏ん張って堪えるほどの威力を解き放った。


「くっ……!?」


 一方の俺は、長剣を杖代わりにして何とか持ちこたえた。

 それを確認したローアは、竜騎士に向かい問答無用でブレスを放った。


「これでも、食らえーっ!」


 光を集束したローアのブレスは、魔物の体どころか岩盤すら穿つ威力を持つ。

 いくら【番人】でも、直撃すればタダでは済まない……それが俺の見解だったのだが。


「っ、嘘だろ……!?」


『GUOOO……!!!』


 骸骨の竜騎士は手にしていた大盾を駆使して、ローアのブレスを真正面から受けるのではなく上手く斜めに逸らしてしまった。

 ローアのブレスはあらぬ方向へ曲がり、【番人】の部屋の一角を崩すに留まった。


「あの盾、魔力を捻じ曲げてた……! こりゃちょっと厄介ね!」


 フィアナが高速で飛翔しながら爆炎を次々に竜騎士に叩き込むが、竜騎士は巨躯に見合わない素早さと最低限の動きで全ての攻撃を回避していく。

 神獣たちの攻撃を何度も捌くあの竜騎士は、間違いなく化け物の中の化け物。

 けれど。


「マイラ、どう思うー?」


「そうね、一人一人だと難しくても……四人がかりなら倒せなくもないわね」


 ローアに聞かれたマイラが分析したように、全員でかかれば倒せないこともないだろう。

 俺たちは一人一人バラバラじゃない、力を合わせて戦える。

 なら勝機は、十分にある!

 俺は前に出ているローアとフィアナを援護しようと、長剣を引き抜こうとして……。


『まずは、お前からだ』


 マイラの真横の空間が『割れた』ことに気が付いた。


「……ッ!」


「きゃっ!?」


 割れた空間を見て背筋に嫌なものが走った感覚があってからは、もう一も二もない。

 俺は全力でマイラを突き飛ばし、どうにかその割れた空間から距離を取らせることに成功した。

 だが、割れた空間の目の前にいる俺は。


「ぐっ、クソ……!?」


 割れた空間から伸びて来た巨大な手にガッチリと捕まり、そのまま引きずりこまれていった。


「【呼び出し手】さん……!」


 俺の状況に気がついたマイラが咄嗟に助けようとしてくれたが、どうにも間に合いそうにない。

 俺はできる限り声を張り上げ、皆に伝えた。


「こっちは俺だけでどうにかしてみせる! だから皆は、そこの【番人】を倒すのに集中してくれ!!」


「お兄ちゃーーーん!」


「ご主人さま……っ!」


 皆の叫びを最後に聞いて、巨大な腕に捕まった俺は【門番】の部屋とは別の場所に飛ばされていった。

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