17話 【呼び出し手】と子猫(?)事件

 長が襲来してから早数日。

 特に大きな問題もなく平穏に過ごしていた俺は、半ば日常と化してきた農作業をこなすためにのんびりと起き出して畑に出ていた。

 ローアの力で作物が成長するまでは解決するとして、その後に行う作物への水やりなどの作業は俺の仕事としてこなしていた。


「普段からローアたちは神獣の力を使ってあれこれ任せてるし、逆にこれくらいは俺が……あれっ?」


 トマントに水をやった次にトーモロコシの方にも水をと思った時、作物の根の方から何やらフサフサとした毛に覆われたものが見えていた。


「……尻尾?」


 少ししゃがんで見ると、小さな尻尾の主はすぐに見つかった。


「にゃーお……」



 小さく鳴いたのは、俺の両手に収まりそうなくらいの子猫だった。

 しかし子猫は泥だらけで丸まっていた上、よく見たら小刻みに震えていた。


「こりゃ放っておけないな……」


 俺は子猫を拾い上げて、すぐに小屋へ戻った。

 ひとまずお湯で泥を落として怪我がないか確認して……と考えてたら、小屋の中からフィアナが飛び出して来た。


「ご主人さま! 近くから魔物の匂いがするよ、危ないから用心して……って」


 フィアナは一瞬目を点にしてから、俺の方に駆け寄って来た。

 それからぽん! とフィアナは両手を軽く打ち合わせ、合点がいった様子になった。


「あー、こんなちっこいやつ。しかも弱ってご主人さまにもう捕まってるし、問題なさそうね」


 さらっととんでもないことを口走ったフィアナに、俺は即座に聞き返した。


「んっ!? この子猫って魔物なのか?」


「ご主人さま、子猫だと思って連れてきたのか……」


 フィアナは俺の手の中にいる魔物をあれこれと見て、困り顔になった。


「こりゃ何の魔物かはアタシにもまだ分かんないね。魔物って成体になるにつれて体が発達してくるから、こんなに小さいと魔力の気配から魔物ってことくらいしかさっぱり」


「そっか……。ちなみにこいつ、害はあると思うか?」


 フィアナは「そりゃないね」ときっぱり言い切った。


「この魔物からは敵意みたいなものは感じないし、こんなに弱ってちゃ噛み付くことだってできないだろうし。……しっかし妙なのは、ローアの縄張り主張にも関わらずこの子魔物がこの山に入り込んでたってことよね。たまたま迷い込んだのかしら……」


 フィアナは難しそうな顔をして唸り出した。


「まあ、ひとまず安全だって分かればそれでいい。せっかく拾ったんだから、ここは助けてやらないか?」


「魔物とは言え子供だし、見捨てたら寝覚めも悪いもんね。アタシもご主人さまに賛成」


 そんなこんなで俺たちはフィアナの炎で水を温め、子猫ならぬ子魔物の体を綺麗に洗ってやった。

 それから丁寧に子魔物の体をタオルで吹いて、フィアナの炎から生まれる熱で乾かしていたら丁度ローアが少し遅めに起き出して来た。


「ふあぁ……。お兄ちゃん、おはよぉ……あれっ? もしかして魔物?」


 ローアは寝ぼけ気味に目をこすっていたが、子魔物の姿を見て何度か目を瞬かせた。

 それから瞳を輝かせ、歓声を上げて駆け寄って来た。


「とっても可愛い! この子、拾って来たの?」


「ああ、さっき畑に居たんだ。でもこんなに弱ってて、何か食べさせるなり飲ませるなりしないと……」


 タオルの上でくたっとなっている子魔物を撫でたローアは、部屋の中を見回してから何故かフィアナの胸を凝視していた。

 そして……次の瞬間。


「……えいっ」


 ローアがフィアナの胸をぎゅーっと鷲掴みにした。

 俺はローアの突拍子もない行動に吹き出しかけてしまい、当のフィアナは変な声を出してから目を剥いた。


「ふぁっ!? いたたたた!? 何するのさこのちびドラ!?」


「おっきいからお乳出るかなーって」


「出るかこのバカ!!!」


 フィアナのチョップをおでこに受けたローアは「あうぅ……」とおでこを抑えた。


「……だって。この子お腹を空かせてそうだし、お乳とか飲ませてあげないとかわいそうだと思ったんだもん。でもまさか、おっきいくせに出ないなんて……」


「なんて言い草よこのちびドラは……!」


 フィアナが胸を押さえてわなわなと震えていたら、ケルピーの力を高めるべく修行をしに外へ出ていたマイラが戻って来た。


「どうかしたの、騒がしいけれど?」


 ひょこりと扉から顔をのぞかせるマイラ。

 その胸をフィアナの時みたく凝視するローア。

 俺はとっさにローアを抱え上げ、マイラに飛びつかないようにした。


「お兄ちゃん離して! マイラならきっと出るから!」


「ローア落ち着け!? いくら神獣でも流石に無理だろ!」


「出るもん、フィアナよりおっきそうだし!」


「根拠が適当すぎる……!」


 ローアがあまりにわちゃわちゃと動くので、俺はローアをくすぐりまくってとりあえず動けないようにしておいた。

 その間、フィアナから事情を聞いたマイラが子魔物をケルピーの能力らしい力で回復させ、ローアに胸を鷲掴みにされたフィアナは不機嫌そうに子魔物にスープをやっていた。

 子魔物はマイラの力で体力が戻ったからか、スープをうまそうに飲んで「みゃー」と鳴いた。


「良かった、どうにか持ち直しそうね」


「大丈夫大丈夫。魔物は頑丈だから、ミルクなんて高尚なものじゃなくっても口に入るものなら大概受け付けるよ」


 憤慨気味に言うフィアナの傍、くすぐられすぎて呼吸が荒いローアは俺の腕の中で切れ切れと言った。


「……お兄ちゃん。でもやっぱりお乳の方が……ぴゃーっ!?」


 ローアはまだまだ諦めていなかったようなので、俺はくすぐりの刑を続行した。

 また、そんな俺たちの様子を見ていた子魔物は「にゃーぉ」と上機嫌そうに鳴いて、ゆっくり丸まったのだった。

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