16話 【呼び出し手】と争いの決着
「あ……ありえん、ドラゴンだけでなく不死鳥までも!? マグ、お前は一体どこまで厄介ごとを招き入れれば気が済むというのだ……!」
長は折れた魔杖を震える手つきで握りしめ、尻餅をつきながら後ずさった。
フィアナは訝しげな表情で、俺に聞いて来た。
「ご主人さまの危機を感じて駆けつけてみれば……ご主人さま、これってどういう状況? このおじいさん、一体誰なのよ」
「前に話した俺の故郷の長だ。ドラゴンのローアを呼び寄せたのが気に食わなかったらしくて、街の手練れを引き連れて襲いかかって来た」
そう言うと、フィアナは目を細めて声音を不機嫌そうに低めた。
「そういうこと。ご主人さまを追い出したって聞いた時から気に食わない奴とは思ってたけど、こりゃ想像以上みたいね……ま、と言っても」
フィアナはちらりと空を見上げて、苦笑気味に言った。
「ご主人さまと一緒に縄張りも荒らされてアタシ以上に怒ってるのがいるみたいだから、どうするかの判断はあっちに譲ってあげるけど」
フィアナがそう言った途端、嵐のような風が吹き荒れ空中に巨大な影が現れた。
空を駆ける強靭な翼に大地を踏み抜く四肢、そして体中を鎧のような鱗に覆われた神獣……ドラゴン。
一瞬にして飛来してきたローアの姿に、長は体の震えを増した。
また、ローアは冷めきった瞳で長を見据えて告げた。
「わたしの縄張りを荒らした上、何よりマグお兄ちゃんに……わたしの力を託した大切な【呼び出し手】に手をあげたその無礼、どう考えているのか聞いてもいいかな?」
ローアの声は普段の姿からは想像もできないほどに落ち着き、大人びていて、聞いている俺すら圧力を感じるほどだった。
……間違いない。
ローアは今、本気で怒っている。
また、長は周囲を見回して自分のしでかしたことを悟ったらしい。
この山はローアの縄張りで、長は先ほど「手狭だ」と理由で周囲の木々を魔術で根こそぎ焼き荒らしてしまったのだ。
そりゃローアも怒り心頭になることだろう。
「どうして黙っているの? ……わたしも困っちゃうんだけど?」
「ひ、ひいぃ……!」
ローアの言葉に、長は頭を下げて早口気味にまくし立てた。
「申し訳ございません、まさかあなたさまがそこの【デコイ】持ちに心を許していたとは……! 儂はただ、マグを遠ざけて儂らの街を守りたかっただけなのです!!」
「遠ざけるって……。それってつまり、お兄ちゃんをあの世まで遠ざけようとしていたってことでいいのかな?」
「なっ、そ、それは……!」
ローアの有無も言わせない圧力に、長はまともな言葉も発せずにいた。
……常日頃から愛くるしい仕草のローアも、こういう時ばかりはやっぱり立派なドラゴンなんだなと思わされた。
俺は前に出て、ローアに話しかけた。
「ローア、長と話をさせてくれないか?」
「でも、いいの? この人、お兄ちゃんを追い出した上に襲いかかって来たんでしょ? ……結構危なかったって【呼び出し手】の力を通してわたしにも伝わってきたよ」
ローアは首を伸ばして、俺の胸に鼻先をすり寄せて来た。
俺はローアの頭を撫でながら、首を横に振った。
「だからってこれ以上怨念返しをしたところで、どうしようもない。それにローアにもフィアナにもこれ以上、怒って欲しくないんだ。分かってくれるか?」
「お兄ちゃん……うん、分かったよ」
ローアは怒気を引っ込め、静かに下がってくれた。
俺は長の前に立ち、話し出した。
「長、これで分かったでしょう。この子たちにはしっかりとした理性がある。街を襲うような真似はしませんし、街が襲われるときはそれこそ長たちがこの子たちに何かをしてしまった時です。むしろ不用意にこの山に入って暴れたこと……長の行動それ自体がこの子たちの怒りを買い、街を危機に晒していると分かっていますか?」
長は一つ頷き、うなだれて黙り込んだ。
俺はそんな長の姿を見て、これ以上怒る気も失せてしまった。
「……長、約束してください。今後一切、この子たちのいるこの山で暴れないと。それに俺だってもうこれ以上の争いには巻き込まれたくない。だから、もう二度と俺に突っかかるような真似もやめてください。それさえ約束してくれれば、この場は見逃します」
「……よかろう。最早こちらは、お前の言い分を拒否できるような立場にない。……ドラゴンと心を通わせ和解していたお前を誤解し、消し去ろうとしたこと……すまなかった」
長は押し殺した声音で、俺に頭を下げて来た。
強く握り締められて震えるその拳から、こちらに頭を下げていることへの不服が見て取れた。
しかし長の謝罪を受けてローアもフィアナも溜飲が下がったようで、二人の殺気が収まっていくのを感じた。
「……ではな、マグ。もう二度と、顔を合わせることもなかろうて……」
長は連れて来た男たちを起こし、ゆっくりと山を下って行った。
長の言い残した通り、もう二度と顔を合わせることはないだろうし、そのつもりもない。
俺はこの山奥で、皆と一緒にゆっくりと新しい人生を歩んでいく。
心はもうとっくに、そんなふうに決まっていたのだ。
……でも去り行く長に、本当に最後に言うことがあるとするなら。
「俺の故郷を、これからもお願いします」
「……約束しよう」
長は一瞬立ち止まったが、今度こそ山を去っていった。
それからフィアナは人間の姿になって、長がいなくなってせいせいとした様子だった。
「相変わらず優しいね、ご主人さまは。アタシがご主人さまの立場だったら多分、何発か爆炎を叩き込んでるところだよ」
「いいんだ、もう済んだことだし。口約束でももう手を出して来ないって言ってくれたし、何よりローアやフィアナの相手はもうこりごりだって長も思ってるだろう」
「そっか……。まあ、そういう厳しくないところもご主人さまの良いところだし、ご主人さまがいいって言うならアタシはこれ以上言わないよ」
「うん、わたしもお兄ちゃんが納得したならそれでいいかなーって」
ローアもフィアナと同じく人間の姿になり、俺に駆け寄って来た。
「それよりお兄ちゃん、怪我はない? 大丈夫だった?」
不安げなローアに、俺は力強く頷いた。
「ああ、この通り問題ない。ひとまず今日は疲れたし、このまま我が家に戻って……というか、マイラは無事なのか? 姿が見えないけど、まさか変なふうに巻き込まれたりとかしてないよな?」
少しだけ不安になっていたら、フィアナとローアが「「あはは……」」と笑い出した。
「それは……ね。帰ってみれば分かるよ、ご主人さま」
はぐらかした物言いのフィアナに、どういうことだろうか? とこの時の俺は思って……いたのだが。
「……何だこれ」
いざ我が家に戻ってみると、マイラが武装した男たちを水のロープで縛り上げていた。
マイラは俺の姿を見ると微笑んで手を振ってくれたが、その足元で気絶して転がっている男たちの姿からしてどうにも穏便には見えなかった。
「あら、無事に戻って来たようね。大きな怪我もなさそうで本当に良かったわ」
「マイラ、そこにいる人たちは一体……?」
恐る恐る聞いてみれば、マイラは苦笑気味に言った。
「いきなり押しかけて来て【呼び出し手】さんを渡せって武器を構えながら怒鳴ってきたから。つい……ね? それからローアとフィアナが【呼び出し手】さんを助けに行くって言うから、わたしは家を守っていたのよ」
「そういう話か……」
大方、長たちは俺を探して二手に別れていたんだろう。
片方は山の中で俺を捜索、もう片方はこうして狩り小屋へ押しかけて来たという具合に。
その結果……中にいたのは可愛らしい女性だけだったので強気に出て、纏めてまんまと返り討ちにあったと。
流石に神獣であるマイラに勝てる道理は一片たりともなかったらしい。
「自業自得とは言え、こいつら完全に伸びてるな。どうやって帰ってもらおうか」
「わたしが飛んで、山の際に置いてこよっか? いつまでここにいられても、わたしたちが困っちゃうし」
ローアの提案に一同が賛成したことで、水のロープで縛られた男たちはローアの前足に掴まれて連れて行かれた。
その後、ローアが帰って来てから俺たちは少し早めに夕食をとった。
……もう今日は疲れたから、皆でさっさと寝てしまおうという話になったのだ。
また、この日の晩はローアもフィアナも何故か堂々と俺のベッドに潜り込んで来たのだが、さしもの俺も今日だけはと二人を抱きしめて寝ることにしたのだった。
……それから翌朝。
いつの間にかマイラまで俺の上でぐっすりと眠っているのを見て、俺は思わず微笑んでしまった。
普段と変わらず落ち着いていたようで、マイラも結構心配してくれていたようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます