15話 【呼び出し手】と街長の追撃
「……というです、長。マグの奴、山奥にドラゴンを呼び寄せていました。マグの【デコイ】スキルはあまりに危険すぎます……!」
ローアに見つめられて街に逃げ帰った密偵は、青ざめた顔で街の長へとマグについての報告を上げていた。
報告を聞き終えた長は、皺だらけの顔をしかめて低く唸った。
「ふむ、そうであったか。確かに一大事ではあるな。儂としても、街が危機に陥る可能性がある以上はその元凶を排除せねばならん」
「では……!?」
「うむ」
長は立ち上がり、自室の壁にかけてあった往年の相棒である魔杖を手に取った。
地精ドライアドの宿る木を削り出して作られたその魔杖は、【魔術師】スキルをさらに昇華させた【大魔導師】スキル持ちにしか扱いきれない至高の一品だ。
長はしゃがれた声を強く張り、密偵に告げた。
「腕に自信のある者を早急に集めよ。ドラゴンが暴れる前に山奥へ乗り込み、早急にマグを消さねばならん。マグさえいなくなれば、ドラゴンもこんな辺鄙な辺境からは姿を消すはずだ。……この決断もまた、街を束ねる者としては致し方あるまい」
長はもっともらしく頷き、長の言葉を聞いた密偵は「はっ……!」と仲間を集めに街へ向かった。
「……【デコイ】スキル持ちの者は魔物の餌として山奥に放り込むのではなく、やはり儂自身の手で直接葬り去るべきであったな。それが街の平穏につながるが故に……」
冷たい光を瞳に灯しながら、街長は自室でそう呟いた。
***
よく晴れたある日のこと、俺は日課通りに畑仕事を終えた後で山へ狩りに出かけていた。
ローアたちにはそれぞれ神獣の力であれこれと頼らせてもらっているので、もっぱら狩りは俺の仕事として引き受けている。
「……いた、野うさぎだ」
ゆっくりと移動していたら、遠くの藪の陰でかさりと動いた野うさぎを見つけた。
俺は視線の先にいる野うさぎに気づかれないよう、足音を殺しながら近づいていく。
木や藪で上手いこと自分の姿を隠しながら、弓を構えて矢を引いた。
「……っ!」
ヒュウッ! と風を切る音を立てながら、弓はまっすぐに野うさぎへと向かってに突き刺さった。
倒れた野うさぎを見て、俺は緊張感でこわばっていた全身の力を抜いた。
「よし、これで今日も食事が少しは豪華になるな。ローアたちも喜んでくれるといいんだが」
俺は無事に野うさぎを仕留められたことに安堵して、野うさぎを回収しに近づいて行った。
……しかしその直後、俺の前に火球が放たれて地面が大きく爆ぜ抉れた。
俺はその衝撃で少だけし吹き飛ばされたが、即座に体勢を立て直して弓を地面に置き、長剣の柄を握った。
「くっ……!? 今のは!?」
まさか魔物かと思った矢先「狙いが甘かったか」と聞こえてきたのはよく知っているしゃがれた声だった。
「ファイアーボールの魔術だ。もっとも【魔術師】スキルも持っていないお前には、一生無縁の高等な権能だがな」
「長……!?」
魔術の飛んできた方を見れば、そこには街長や数人の男が武装して立っていた。
また、長たちの険しい表情やたった今放たれた魔術を見るに、仲良く話をしに来たという訳でもなさそうだった。
「どうして長がこんな山奥に? ……まさか俺を追い出しただけじゃ足りず、直々に消しにきたと?」
俺は内心冷や汗をかきながら、長にそう尋ねた。
長は数十年に渡って辺境の街を魔物から守り抜いてきた【大魔導師】だ。
その強さは、街の皆が長に付いて行っていることや、コボルトの群れをまとめて焼き払ったという逸話がよく物語っている。
長は口の端を吊り上げて言った。
「ふん……物わかりが早くて助かる。お前は【デコイ】スキルで単なる魔物どころか、ドラゴンを呼び寄せたらしいな。……そのような危険人物を儂の街から出した以上、儂の手でけじめをつけるのが道理だとは思わんかね?」
「何を勝手なことを……!」
俺は話して分かる雰囲気でもないと、即座に長剣を引き抜いて構えた。
長たちはどこかから見ていたのか、俺が【呼び出し手】の力でローアを引き寄せたことを知っているらしい。
そしてそれを危険視して、街から追い出した俺を直接殺しに来たということか。
……だが、あちらが身勝手な理由で俺を殺そうとしている以上、俺だってそう簡単に殺されてやる道理はない。
長は数歩踏み出し「お前たち、手出しはするな」と一緒に連れてきた男たちに言い含めた。
「マグ、お前は儂が確実に仕留めてやろう。それが街を守る儂の務めだ……しかしながら、このままではちと手狭だな」
長はニヤリと嫌な笑みを浮かべ、魔杖を掲げた。
その直後、魔杖から爆炎が周囲に放たれ、轟音と共に木々を根こそぎ焼き払ってしまった。
「クソッ!」
俺もまた木々を焼いた広範囲の爆炎に巻き込まれかけ、とっさにその場から飛び退いた。
服の端が焦げ、鼻を突く嫌な匂いに顔をしかめた。
長は膝をつく俺を見下ろし、あざ笑うようにして言った。
「ふっふっふ……やはりそうやって逃げ惑うことしかできんか、マグよ。これまで魔物に襲われても、その逃げ足の良さと運だけで生き延びてきたと見える!」
「いくぞっ!」
俺は長へ向かい、距離を詰めにかかった。
遠距離じゃダメだ、少なくとも剣が届く距離で戦わないと魔術で狙い撃ちされ放題になる。
「ファイアーボール!」
長は魔杖を振るい、いくつものファイアーボールを俺に放ってきた。
けれど、これまで相手にしてきたダークコボルトやトロルの攻撃に比べれば、一直線にしか飛ばないファイアーボールはあまりに軌道が読みやすい。
「フィアナ、力を貸してくれ!」
俺は長剣から不死鳥の炎を引き出し、その力を全身に付与した。
体が羽毛のように軽くなっていくのを感じ、これなら【大魔導師】である長にも対抗できると瞬時に悟った。
「ラァッ!!」
俺は地面を踏み砕く勢いで駆け抜けながら、降りかかるファイアーボールを斬り捨てていく。
不死鳥の力のお陰か、今の俺は凄まじく勘が鋭くなっていた。
どこを斬ればファイアーボールが霧散するか、今なら一目で分かる。
ファイアーボールが足止めにもならないことを受けてか、長の余裕ありげな表情が焦りを孕んだものへと変わった。
「小癪な、たかだか剣一本で儂の魔術を……! ええい、ならばこれだ! ウォーターバスター!!」
長は水を爆速で撃ち出す魔術を唱え、容赦無く俺へと放ってきた。
大木を貫通してあまりある威力のウォーターバスターは、一発でもまともに食らえばその時点で俺はあの世行きだ。
それに長は長剣の刃から出る炎を見て、水の魔術に切り替えてきたのだろう……だが。
「頼むぞ、ローア!」
俺は琥珀色の短剣を引き抜いて、水平に振った。
するとアースドラゴンの力が発現し、俺の前に岩盤の盾が出現した。
「な、何だと……!?」
ウォーターバスターを完全に防がれた長は目を見開き、震える声で言った。
「あ、あり得ん。【魔術師】でも【大魔導師】でも、ましてや【賢者】でもないお前が、どうやってそのような桁外れの力を得た!?」
どうやって、か。
それは紆余曲折あったけれど……強いて言うならば。
「この力はあなたたちが忌避した【デコイ】と、俺に力を貸してくれた皆のものだ!」
俺は瞠目する長に駆け寄り、そのまま魔杖を叩き斬ろうと詰め寄った。
魔術を扱うスキルを持っていたとしても、人間の扱う魔術はあくまで杖を媒介にして発現する力だ。
如何に手練れの長と言えど、魔杖さえ破壊してしまえばこっちのものだ……!
「させるかっ!」
しかし俺の剣は、割り込んできた男たちによって防がれた。
長に手出しをするなと言われていた彼らだったが、長の窮地を黙って見過ごすほど馬鹿ではなかった。
彼らは歪んだ表情で、苦々しく俺に言った。
「お前が、お前が悪いんだぞマグ。お前が【デコイ】なんてスキルを授かって、ドラゴンまで呼び寄せるから……!」
「俺たちには街を守るって大義名分があるんだよ。だからなぁ……誰かに迷惑をかける前に、クズスキルを授かったゴミは黙って死ねや!!」
「こいつら……! 好き勝手に言いやがって!!」
ここまで言われれば、俺だって頭に来る。
「お前らが望んだ通り、街から離れた山奥で暮らしているだろう! その上でまだ死ねだの消えろだの、道理が一切通っていないだろうが!!」
俺は声を荒らげながら剣の柄や拳で男たちの腹や首を殴りつけ、次々に昏倒させていった。
最後に残ったのは、長だけだ。
長は「ひいぃ……!」と怯えた表情を見せながら、震える声を張り上げて言った。
「何故分からん、お前がいると街に要らぬ火の粉が降りかかるかもしれんのだ! お前は世話になった故郷のことを何も思わんのか!」
「思っているとも! だから俺は魔物の群れが故郷を踏み荒さないよう、死ぬ覚悟で街を離れたんだ! それにあなたたちの言うドラゴンは、決して故郷を荒らすような存在じゃない。それも分からずに好き放題なことばかりを……!」
いい加減、長や街の人たちの身勝手な言葉を聞き続けるのはもう我慢ならない。
街から離れて静かに暮らしていれば、大挙して来てこの始末なのだ。
しかもローアがこの辺りを縄張りに定めたことで、街に魔物が出ることもない筈だ。
それも知らずに勝手なことばかり言い続けられて、頭に来ない訳がなかった。
「くっ、何を愚かな。お前如きがドラゴンと話したような口を叩くな!」
「現に話をした俺が言うんだから、間違いない!」
「遂に血迷ったかこの愚か者め……!」
長は引きつった表情を浮かべているが、俺のスキル【デコイ】の正体が【呼び出し手】であることを伝えても一切信じまい。
逆に伝えたところで、今更まともに取り合ってくれるとも思わない。
俺が長の魔杖を今度こそ破壊しようと長剣と短剣を両手で構えると、長もまた杖を構えて詠唱を始めた。
「やはりお前は危険だ、生かしておけん! せめてもの手向けに受け取れ……メテオフレア!!!」
「なっ、その魔術は……!?」
俺が小さい頃に一度だけ見たことのある大魔術。
辺り一帯を吹き飛ばすその魔術は、火山の噴火にもたとえられるほどの破壊力を持つ。
長は自爆覚悟で、俺を消し飛ばすつもりなのか。
「……っ!」
俺は逃げるのではなく、そのまま長へと駆け出した。
このまま爆発されるのはまずい。
近くに小屋がある以上、ローアたちにどんな影響が出るか分かったもんじゃない。
たとえ神獣でも、もしかしたら大怪我を負うかもしれない。
「それだけは、させるか!!!」
俺が怪我を負うなり倒れるのはまだ我慢できる。
だが、ローアたちの身に何かあったらと思うと死んでも死にきれない……!
「届けぇぇぇぇぇっ!」
俺は長剣を魔杖に向かって振り上げるが、同時に魔杖から放たれる魔力の光が臨界に達したのを感じた。
俺が魔杖を切るのが先か、魔杖が魔術を解放するのが先か。
コンマ数秒の攻防に決着がつこうとした、その時……!
「ハァッ!」
上空から急降下して来た鋭い鉤爪が、魔術を起動しかけていた魔杖を抉って真っ二つにした。
それによって魔術の発動はキャンセルされ、魔力は霧散していった。
「な、ああぁ……!?」
呆気に取られた声を上げる長に、魔杖を破壊した鉤爪の主は力強く言った。
「アタシのご主人さまに手を出すな、この外道!!!」
「フィアナ!!!」
間一髪のところで駆けつけてくれたのは、我が家の神獣の中で最も素早く動けるフィアナだった。
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