14話 【呼び出し手】と神獣の伝統
「よしよし、弓の張りはこんなもんか……」
畑仕事を早めに切り上げたある日、俺は自室で弓や剣の手入れをしていた。
弓は獣を捕らえるのに必須だし、剣はいざという時の武器にもなれば道を塞ぐ藪を切ることだってできる。
手入れを怠ればそれが命取りに繋がることだってあるし、入念にやって損はない作業だと思う。
……そういえばと、俺は手入れの済んだ長剣を掲げてみた。
「前々から気になってはいたけど、フィアナの力が加わった長剣ってよく見たら儀礼用の宝刀みたいだな……」
トロルを倒したときにフィアナの力を得た長剣は、今も赤い輝きを帯びていた。
街の神殿の祭事なんかで何度か「宝刀」と呼ばれる刃に宝石が散りばめられた剣を見たことがあった。
しかしフィアナの力がこもった剣は刃全体が赤く透き通った宝石のようで、今まで見たどの剣よりも美しく思えた。
それに何度か試してみたところ、いざとなったら任意で刃から炎を出すことだってできる優れものである……使い所は要注意だけども。
「でもいつだってフィアナが力を貸してくれてるようで、何だか嬉しいな……ん?」
窓から差す日の光に刃を当てて照らしていたら、ふと刃に映った部屋の景色の中に……ちらりと映るローアを見つけた。
「じーっ……」
ローアは何故か頬を膨らませながら、部屋のドアを少しだけ開けて俺を見つめていた。
俺はローアの方を向いて手招きした。
「ローア、また何かあったのか? 問題でもあったら遠慮せず言ってくれよな」
常日頃からローアと一緒にいる身として、俺にできることなら精一杯やってやりたいと思う。
しかしローアは「そういうことじゃないの」と首を横に振った。
「強いて言うなら、わたしがお兄ちゃんに何もあげられてないのが問題というか……」
ローアは俺の膝の上にちょこんと乗ってから、長剣を指でつんつんと突いた。
「フィアナはこうやって力の一部をお兄ちゃんにあげているのに、わたしはまだ何もあげられてないなーって。……わたしだって、もっともっとお兄ちゃんの力になりたいのに」
そういう話かと納得した俺は、そんなこと思わなくてもいいんだぞ、とローアを撫でた。
「ローアはもう十分以上に俺の力になってくれてるじゃないか。俺を助けてくれたところから始まって、ローアがいなかったら今頃どうなっていたか分からないし」
そう言うと、ローアは「むぅ〜」と唸った。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど……。わたしも目に見える形でお兄ちゃんに何かをあげたいの。それに【呼び出し手】に自分の力の一部をあげるのは、ドラゴンの伝統の一つでもあるから」
「そうなのか?」
ローアは「うん、実はそうなの!」と首肯した。
「信頼している【呼び出し手】が無事でいられるように自分の力の一部を託すことで、【呼び出し手】への誠意を見せられる……って、前におじいちゃんが言ってた。それにフィアナたち不死鳥にも、きっと似たような伝統とかがあると思うの。だからフィアナは、お兄ちゃんに力の一部を剣に込めて渡したんじゃないかな?」
「なるほどな……」
よくよく思えば、神獣である不死鳥の力を一部とはいえ人間が譲り受けるって結構大層なことだ。
力をあっさりと俺に渡してくれたフィアナは持ち前の気前の良さもあったのだろうが、確かにローアが言ったような伝統みたいなものもあったのかもしれない。
「……ってことは、ローアが俺に何か渡したいって言うのはローア自身の気持ちもあるけど、ドラゴンの伝統を守るって意味でも大切なことなのか」
「うん、そういうこと。わたしはあんまり堅苦しいしきたりとかは嫌だけど、お兄ちゃんのためになることだったらやってあげてもいいかなーって。ちなみにこの伝統は、大昔にいた最初の【呼び出し手】の伝説から生まれたんだよ?」
「最初の【呼び出し手】……?」
聞き返すと、ローアは自分の唇に人差し指を当てて「うーんとね」と思い出すようにしながら話し出した。
「わたしたちの一族に伝わるお話だと、大昔に人間も神獣も太刀打ちできない魔神っていう存在が現れたみたいで。そこでたくさんの神獣たちと心を通わせていた一人の人間が神獣たちの力を貰い束ねて、ようやく魔神を倒したって伝説があるの。それが最初の【呼び出し手】」
確か【呼び出し手】には人間じゃどうにもならない事態を打開するために神獣と話して助力を求める役割があると、前にローアとフィアナから聞いた。
そして神獣に認められて心を通わせられるってことは、場合によっては初代【呼び出し手】のように神獣の力を直接もらうことも可能ってことか。
「というか現に俺も、フィアナの力をもらった剣を持ってる訳だしな……」
しかしそれでも、神獣の力を信頼する【呼び出し手】に渡す伝統のルーツにはまたとんでもない伝説があったものだなと思う。
しかも長寿な種族とされるドラゴンの間で脈々と受け継がれている伝説なだけあって、信憑性はかなり高そうだし……。
「……でもね、お兄ちゃん」
ローアは俺にくっついて、不安げな表情を見せた。
「さっきお話しした最初の【呼び出し手】は、魔神を倒したことと引き換えに自分も死んじゃったんだって。……だからお兄ちゃん。もしわたしが力の一部をあげたら、その力は何かを倒すことじゃなくて自分を守るために使って欲しいの。……お願い、約束してくれる?」
……フィアナの言葉の意味は、俺にも何となく分かる。
自ら戦いに行って命を落とすような真似をするなら、そんな力は渡したくないと。
俺はローアを見つめ、俺の思いが伝わるようゆっくりと言った。
「分かった。ローアから貰った力は、自分を守るために使う。……でも、俺からも言いたいことが一つある。もしローアたちに何かあったら、その時はローアたちのために力を使うことを許して欲しいんだ」
ローアたちは神獣で、万が一にも危なくなるなんてことはないかもしれない。
でもその万が一のあった時は、俺はローアたちを守るために力を振るいたいとも思う。
……だってだ。
「今の俺があるのは、この小屋にいる皆のおかげなんだから。皆が俺に力を貸してくれるように、俺も皆の力になりたい。……だから、許してくれるか?」
「お兄ちゃん……うん、分かった。許してあげる」
ローアはしばらくの間、俺の胸に擦り寄って抱きついたままになっていた。
それからローアは顔を上げて、部屋の中をきょろきょろと見回し出した。
「何か探し物か?」
「うん。私の力を受けられるものがないかなって。できれば剣みたいに、わたしが力を込めても簡単に壊れないものがいいの」
ローアの言葉を聞いた俺は「そうだ」と閃いて棚から短剣を取り出した。
「こういう短剣だったらどうだ?」
ローアは短剣を手に取り、品定めするように眺めてから明るい表情になった。
「うん、これなら大丈夫だと思う! 早速始めちゃうねー!」
ローアは手のひらからまばゆい光を発し、神獣の力を使って短剣を照らした。
すると短剣に光が吸い込まれていき、短剣の刃が透き通った琥珀色に変わっていった。
「お兄ちゃん、どうかな? 上手くできてる?」
ローアが差し出して来た短剣を受け取った俺は、短剣を日の光にかざした。
すると短剣の刃は光を反射して黄金に輝きだした。
フィアナの長剣にも負けないくらいの輝きに見とれて、俺は少しの間言葉を失っていた。
「すごく綺麗だ。ローア、間違いなく上手くできてるよ」
そう言うと、ローアは安心したように胸をなでおろした。
「良かった〜。わたし、こういうことするの初めてだったから。褒めてもらえてとっても嬉しいの!」
ローアは俺の胸に頭をすり寄せて、ぎゅっと抱きついて来た。
俺もまたローアを抱きしめ返し、頭を撫でてやった。
体温が高いローアは、抱いていると俺も程よく暖かくなる。
子供特有の甘え癖のようなものに微笑ましくなりながら、俺はそのままローアが満足するまで抱きしめてやっていた。
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