12話 【呼び出し手】とケルピーの願い
真夜中になるまでには温泉は形になったものの、マイラ曰く水量調節や濁り、それに排水などが問題ないかを改めて何度か確かめたいので今日は入らないで欲しいとのことだった。
しかし一日中やってた畑仕事で体が火照っていたので、今日に限ってはいつも通りの水浴びでよかったかもしれない。
俺はローアやフィアナ、それにマイラが水浴びをした後、水浴び場でゆっくりと体を綺麗にしてから小屋の方へ戻って行った。
その途中、できたばかりの温泉を物珍しそうに見つめるローアとフィアナの姿があった。
「二人とも、何やってるんだ?」
「あ、お兄ちゃん。このお湯、あまり嗅いだことのない匂いがするなーって。飲めるかな?」
温泉の匂いをくんくんと嗅ぎながら、ローアがそんなことを言い出した。
大丈夫かって聞かれるとな……うーん。
「いや、ここにあるお湯は飲むためのものじゃないからやめたほうがいいぞ。ドラゴンでも腹を壊すことがあるかもしれない」
「ふぇー、そうなんだね……」
ローアは感心したように言った。
そしてローアの横にいるフィアナの方は、温泉を見て複雑そうな顔をしていた。
「ご主人さま、これって本当に入っても大丈夫なの? ……ダシ取られそう」
「釜茹でじゃないんだから大丈夫だって」
俺はフィアナの言い分を聞いて、苦笑しながら答えた。
フィアナは炎を司る不死鳥なだけに、泉の時みたく水やお湯が苦手らしかった。
「それに人間の姿なんだから、泉の時みたく問題はないと思うぞ? むしろ入ってて気持ちいいと思うだろうし」
「まあ、ご主人さまがそう言うなら今度入ってみよっかな……?」
フィアナとローアは温泉に指を突っ込んだりして、まだまだ興味津々といった様子だった。
この分だとしばらく中には戻らないだろうということで、俺は一足先に小屋に戻った。
すると何やら、マイラが戸棚のものを物色しているらしかった。
「マイラ、何か探してるのか? もしかして腹減ったとか?」
それなら早いところ夕食の支度をしよう。
そう思って踵を返したら、後ろからマイラに袖をぐいっと引っ張られた。
「おっと!?」
マイラの見た目は華奢だが意外と力が強く、俺は危うくこけそうになった。
一体何をするんだ、そう思いながら顔を上げると……。
「【呼び出し手】さん、わたしなんだかフラフラする……ひっく」
顔が赤く上気したようなマイラの顔があって、思わずドキッとしてしまう。
しかしマイラの豊かな胸に抱かれている物を見て、俺は思わず「あっ!?」と声を上げた。
「まさかマイラ、その瓶に入ってた酒全部飲んだのか!?」
「うぇ? お酒……?」
ダメだ明らかに呂律が回ってない。
マイラは完全に酔っ払っていた。
「しかもその酒の度数、結構高かったような……」
ちなみにこの酒は、いつか成人したら飲もうと思って数年前にこっそり手に入れた秘蔵の一品だったものだ。
……そうは言っても街から追い出されてから酒どころじゃなかったから、この小屋に来た時に戸棚にしまっておいた訳なんだが。
「またどうしてそんなものを飲もうと思ったんだ?」
「お水みたいだったから気になって、それでちょっと飲んで確かめてみようと……ひっく」
「ケルピーの本能みたいなもんなのかな……」
瓶が透明で、なおかつ中身もほぼ透明な酒だったのが災いしたらしい。
しかし神獣でも酔っ払うものなんだなと、そこはちょっとだけ意外だった。
「飲まれたものは仕方ない。マイラ、今夜はもう休まないか? 部屋まで案内するから……うわっと!?」
「ふへぇ……」
マイラは顔を真っ赤にしていて、立ち上がろうとして倒れるところだった。
とっさに支えたけど、マイラの体は力が入っていなくてふにゃふにゃとしていた。
……こうなったらやむなしか。
「抱えて行くけど、怒らないでくれよ?」
「ふあぁい……」
マイラを抱きかかえて、俺はローアとフィアナの部屋に行った。
この小屋は一応、俺を含めた街の狩人で使っていた『狩り小屋』であり、数人なら余裕で生活できる程度には広々としている。
だから小屋と言っている割にはそれなりに広く、ベッドや寝具もある程度の数が準備されている。
俺はマイラをベッドの上に寝かせて、部屋を出ようと立ち上がりかけた……のだが。
「待って」
後ろから抱きついてくる暖かい感触といい匂いに、俺はどきりとしてしまって動きを止めた。
「マイラ……?」
「……お願いがあるの」
マイラの声はまだ若干呂律が回っていなかったが、それでも静かで確かなものだった。
そしてマイラはゆっくりと言った。
「ケルピーには少し面倒なしきたりがあって、それについてなんだけれどね」
「しきたり?」
そう言えばローアたちドラゴンにも、縄張りを決めたらそこでずっと暮らすって決まりごとがあった。
大きな力を持つ神獣は誰より自由に見えて、その実結構な縛りの中で生きているのかもしれない。
俺がマイラの方へ向き直ると、マイラは話を続けた。
「わたしたちケルピーは水を司る者なのだけれど、その力は扱いが難しくて。いくつもある水脈から望んだものを引き寄せるのって、結構繊細な作業なのよ。それでわたしみたいな若いケルピーは故郷の海を出て、修行と経験を積まなければならないしきたりがあるの」
「つまりマイラは修行中の身で、旅の途中にここに来てくれたんだな」
マイラは「そういうことよ」と頷いて首肯した。
「……そこで肝心のお願いなんだけれど、わたしをしばらくこの家においてもらえないかしら? この山は水が豊富で、修行をするにはもってこいの環境に思えるのよ。それに井戸や温泉の調整とか、わたしもまだまだ役に立てると思うから」
マイラは俺の肩へ腕を回し、赤い顔を近づけてきて「どうかしら?」と囁いた。
……容姿が綺麗なマイラに迫られてさっきから胸がバクバク言いっ放しなのは、ここだけの話だ。
ついでに酔っているからかマイラの行動は逐一大胆だったり色っぽくて、俺は少し声が上ずってしまった。
「ああ、それは大丈夫。今だってローアもフィアナもいるし、それにこの先もマイラがいてくれるなら井戸も温泉も安心だ。むしろ俺からお願いしたいくらいだ」
「ふふっ、そう言ってくれると思っていたわ。……ありがとうね」
「いや、お礼を言わなきゃいけないのは俺の方だ。井戸から温泉から、本当にありが……マイラ?」
何だかマイラがもたれかかってきたと思ったら、マイラはもうすうすうと静かな寝息を立てていた。
「……酔いが回って寝ちゃったか。それならマイラを寝かせて、俺も部屋を出……」
ようと思ったところ。
「お兄ちゃん、わたしたちのお部屋で何かやってるのー? ……あっ」
「ご主人さま、戻ってきたけど……えっ」
外から部屋に戻ってきたローアとフィアナが、俺とマイラの姿を見て固まった。
また、俺とマイラの姿を客観的に考えてみると……うん。
薄暗い部屋で抱き合ってるようにしか見えないな。
ああこれはと思った次の瞬間、頬を膨らませたローアがぴょいっと飛びついてきた。
「マイラだけずるーい! わたしも、わたしもー!」
「あ、ご主人さま! そこのちびドラも抱っこするならアタシも公平にな!」
「なっ、分かった、分かったからいっぺんに飛びつかないでくれ!?」
流石に三人も抱きかかえられず、俺は三人を上に乗せてベッドに倒れた。
でも、こうやって皆と一緒に横になる夜も悪くない。
俺は三人の温かさを感じながら、しばらくローアたちを撫でつつ横になっていた。
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