11話 【呼び出し手】と神獣の温泉
もうじき陽が沈む時間帯、泥だらけの俺たちの前には耕し終えた土地が広がっていた。
面積的には一体小屋何軒分だろうか、ともかく当面畑をやっていくには十分な土地を耕せた。
「結構耕せたね、ご主人さま……!」
「もうくたくた〜」
「皆ご苦労さん、おかげでかなり捗った」
小屋の前が比較的開けた土地ということもあって、木の根にもあまり邪魔されずに作業を進めることができたのは幸いだった。
とはいえ座り込むフィアナとローアは疲れてた様子だったが、マイラが持って来てくれた冷たい井戸水で息を吹き返していた。
フィアナはすっきりとした表情でマイラに言った。
「……ぷはぁっ、生き返ったー! アンタ、ケルピーの割には良い奴だね!」
「そういうあなたこそ。こんなに美味しそうに水を飲んでくれた不死鳥は初めてよ」
フィアナはマイラへの警戒を解いたようで、その点は俺もかなりホッとしていた。
また、マイラは俺にも桶に水を入れて持って来てくれた。
「お疲れさま、大変だったでしょう」
「大丈夫、これくらい平気だ」
俺は水を飲んで、それからふぅと息を吐いた。
体を動かして熱くなった体には、冷たい井戸水が心地よかった。
「疲れたなら疲れたって言ってもいいのよ? あまり無理はしないで、ね?」
マイラはそう言うと、神獣の力で服を作るのと同じ要領でタオルを作って俺の顔を優しく拭いてくれた。
「いや、自分で拭くから……」
「気にしないで、わたしが好きでやっていることだから」
くすりと微笑んだマイラに、俺は「それならいいか」となすがままになっていた。
マイラはどうも、結構世話焼きな性格らしかった。
「それと【呼び出し手】さん。少し来てもらってもいいかしら?」
「ん、どうかしたのか?」
俺はマイラに連れられて畑とは反対側の方向、小屋の裏へ向かった。
そこもそれなりに開けた土地だったが、畑がある方と比べれば広さ的には庭と言えるようなところだった。
「二人から離れたってことは、内緒の話でもあるのか?」
「ううん、そういうことではないの。あの二人も疲れていそうだったから、休ませてあげようと思っただけよ」
マイラは庭の真ん中あたりでしゃがみ、地面に手をつけた。
そして手から淡い光を出して何かを調べているようだった。
「ふんふん……やっぱりね。昼間から少しだけ感じていたのだけれど、小屋の裏側の方も水が流れているわ。わたしの力なら地下の水を引っ張って来て、ここにも井戸を作れるけどいかがかしら?」
「ここにも井戸があったら、それはそれで便利だな」
畑の方の井戸ほど小屋と離れていないから、水浴びも楽になる。
それに片方の井戸に問題が起こっても、もう片方を使えると思えば気も楽だ。
「だったら、今から作ってしまうわね」
マイラは力を使おうとしたが、俺はそれに待ったをかけた。
「今は畑仕事も手伝ってもらったし、少し休んでからやったらどうだ? じきに日も暮れるし、今日は泊まって明日やってもらっても……」
「心配ありがとう。でもわたしはローアやフィアナたちほど働いていないから、結構元気なのよ」
余裕ありげにそう言ったマイラに、俺は一つ頷いた。
それからマイラは地面に手を付いて、地面を青く光らせた。
「この分なら、すぐに水を誘導できそう。地中で他の水脈と混ざらないように上手く調整もできそうだし……あれっ?」
「どうかしたのか、もしかして問題発生?」
力を使い出してしばらく、マイラが突然目を丸くしたので俺は何事かと近づいて行った。
それからマイラは「えーっと……」と言いづらそうに答えた。
「その……ごめんなさい。わたしが水脈だと思って引き寄せたものなんだけどね」
マイラが手を付いたところから、ゆっくりと水が溢れて来た。
……いや、よく見たら湯気も立ってるし独特の匂いもうっすらとする。
「これ、もしかして?」
「ええ、どうやら地中で沸いていたお湯のようね。……失敗しちゃったみたい」
マイラは「ケルピーにもたまにはこんなこともあるのよ」と苦笑した。
「ごめんなさい。少し遠いけどすぐに別の水脈を繋げるから……」
と、再度力を使おうとしたマイラに、俺は即座に言った。
「いや、寧ろ温泉はこのままでお願いしたい!」
「……へっ?」
マイラは変な声を上げて固まった。
それに対して俺は、内心小躍りしたくなるほど嬉しさでいっぱいだった。
だって、温泉である。
世間一般には、お風呂は水や薪なんかを大量に消費する贅沢品とされている。
しかし目の前に出ているのは天然温泉、いくら使っても勝手に沸いてくる代物だ。
これはもう、この場所は井戸ではなく露天風呂にするべきじゃないだろうか!
「その、【呼び出し手】さん? このお湯が出てきたのってそんなにいいことなの? とっても嬉しそうだけれど」
神獣は温泉に浸かることがないのか、マイラはさも不思議そうに首を傾げた。
俺は「もちろんだ」と話を続けた。
「マイラ。この辺を岩で囲って、人間が座って浸かれるくらいにお湯を溜められないか?」
「それは構わないわ。というよりお湯に浸かるの? 水浴びではなくて?」
「ああ、人間の文化にはお湯に浸かるっていうのがある。それがまた中々いいんだ、マイラも浸かってみればきっと分かるよ」
マイラはいまいち要領を得なさそうにしていたが、それでも「このお湯、確かに体にいい成分が入っているわね」とケルピーの力で鑑定した後、俺の頼みを聞いてくれた。
「それなら水漏れ防止と排水路も考えなきゃいけないわね。あとは温度も調節して……」
マイラは色々と呟きながら、神獣の力でてきぱきと水を粘土細工のようにこねて岩などを接合させ、作業を進めていった。
……と言うか、ケルピーの力って水温も変えられるのか。
水に関しては本当に何でもありだなぁと、俺はマイラの作業風景を眺めながらしみじみ思った。
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