10話 【呼び出し手】とドラゴンの底力

 皆揃って朝食をとってから、俺たちは小屋の外へ出ていた。

 目の前には、昨日耕した分の畑になる予定の開けた土地。

 俺は作物の種を持ってその場に来ていたが、少しだけ困惑していた。

 と言うのも、その理由はローアにあったりする。


「なあローア、今から種を植えても全然育たないんじゃないか? 時期も違うし」


 俺は手元の種を見てから、ローアの方を向いた。

 俺が持っているのは、トマントの種だ。

 赤く熟した実は甘みいっぱいで、綺麗な清流で冷やしたものにかぶりつくとより一層美味しく感じられる俺一押しの野菜である。


 けれど今は種を植える時期から大分外れてしまっているから、上手く芽が出るかすら心配だ。

 しかしローアは今朝、俺の畑作計画を聞いてからと言うもの「そういうことならわたしに任せて!」の一点張りだった

 ローアは今もそんな調子だったからか、フィアナが怪しいものを見る視線をローアに送っていた。


「本当に大丈夫かな、このちびドラ……? ご主人さまがせっかく持って来た種を無駄にしたら、承知しないからな」


「ふーんだ、いいから見てて。……さ、お兄ちゃん。いいから数粒蒔いてみて?」


「ああ、了解」


 とりあえず、ローアの言葉の通りに種を蒔いてみる。

 ローアも自信ありげな様子だし、何か策でもあるのかもしれない。

 種を蒔いて土を被せて、マイラが持って来てくれた桶に入った水をかけて……。


「こんな感じでいいか?」


「うん、ばっちり! それじゃあいくよー……それっ!」


 ローアはしゃがんでから、俺が種を蒔いたところに両手をかざした。

 それから神獣の力を使ったらしいローアの両手からまばゆい光が漏れ出して、畑を照らし出した。

 ……すると。


「なっ!? ご主人さま、もう芽が出てるよ!!」


 フィアナの言うように種を蒔いたところからポンポン! と芽が出てきた。


「ええっ、嘘だろ!?」


 俺も思わずフィアナのように上ずった声を出してしまった。

 また、近くで見守っていたマイラも「流石はドラゴンね」と驚いた様子だった。


「ふっふっふ〜。お兄ちゃん、驚くのはまだまだ早いよ……よーいしょっと!」


 ローアが両手を真上に向けて移動させると、それに従い芽が成長してぐんぐん育っていく。

 そしてローアが腕を真上に上げきった時にはもうトマントは立派に成長しきっていて、その上真っ赤に熟した実がいくつもなっていた。


「「……」」


 俺とフィアナは呆気にとられて、ぽかんと目の前のトマントを見つめてた。

 また、当のローアは腕でおでこの汗を拭ってから「褒めて褒めて〜」と上機嫌そうに俺にすり寄って来た。

 俺はローアを撫でながら聞いた。


「ローア、ドラゴンって作物を一気に成長させることもできるのか?」


 ローアの力が凄まじいのは知っていたけど、まさかこんな芸当も可能とは。

 神獣万能説である。

 撫でられて嬉しそうにするローアは、俺に説明を始めてくれた。


「えーと、ドラゴンにも色んな種類がいるんだけどね? わたしのおじいちゃん、実は大地の力を操るアースドラゴンなの。だからわたしもその力を受け継いでいて、大地に根を張る植物の成長を助けてあげられるの!」


「そうだったのか、道理で……」


 アースドラゴンとは、おとぎ話の中では大地を生み出した存在として語り継がれている。

 そして岩肌の更地だった大地を緑で豊かにした、という言い伝えもある。

 大地の化身とも言えるアースドラゴンの力を受け継いでいるなら、ローアのこんな能力も納得……と思えてしまった。

 ……最近突飛なことに慣れてきて、理解したり納得するのが早くなってる気がする。


「それでお兄ちゃん。この実、食べてみて。美味しくできたと思うから!」


 ローアはトマントの実をもいで、俺に手渡して来た。

 俺は一口トマントの実を食べてみた。

 トマントの実を口に入れた途端……今まで食べてきたトマントは何だったのかと感じるほどのみずみずしさと甘さが口いっぱいに広がった。


「甘い……! ローア、本当にいい出来だ!」


「えへへっ、それならご褒美にもっと撫でて欲しいかなーって」


 すり寄って来た来たローアを、俺は優しく撫で続けた。

 ローアは気持ちよさそうに目を細めていた。


「そんなに美味しいってご主人さまが言うなら、アタシも……もぐっ」


「それならわたしもひとつ、頂こうかしら」


 フィアナとマイラは揃ってトマントの実を口にした。

 二人とも頬を緩ませ、本当に美味しそうな様子だった。


「人間の食べ物も本当にバカにできないなぁ。アタシ、人間の姿になってよかったかも」


「わたしも同感。それにこの姿だと、色んなものが食べられそうね」


 満足そうなフィアナとマイラの姿を見ていたら、俺もなんだか暖かくなってきた。


「ローア、この調子で他の作物も育てられるか?」


「うん、耕した畑があればいっぱいできるよ? この土地の地脈、前にも言ったみたいにわたしにとっても合ってるから。力がたくさん湧いてくるの!」


 アースドラゴンの血を引くローアは、どうやら地脈というものからエネルギーを得られるらしい。

 多分自然界に流れる魔力みたいな不思議なエネルギーを、ローアは地脈と呼んでいるんだと思う。

 ……ってことは、ローアはこの山にいれば力をたくさん使えると。

 それはつまり、土さえ耕すことができれば後はローアが作物を一気に育ててくれるってことじゃなかろうか。


「……と言うより、これもう畑ってより農園規模のものだってやろうと思えばできるんじゃ……?」


 広い畑にたくさんの作物、何とも夢のある話だ。

 自分で蒔いた種から作物を育てて……と時間をかけてやるのもロマンがあるが、そういうことはもっと余裕ができたらやればいい。

 何にせよ、我が家の食糧事情が一気に解決まで見えたのはとても明るくて良いことだ。


「ご主人さま。なら今日は一日かけて、この辺全部耕しちゃおっか? ご主人さまとアタシたちで頑張れば、夕暮れ時までに小屋の前の土地はあらかた耕せるよ!」


 フィアナはもう既に、農具を持って来ていてやる気満々といった様子だった。


「それならわたしもお手伝いさせてもらうわ。人手は歓迎でしょ?」


 マイラもまた、力を貸してくれると張り切っていた。


「よし、それなら一気に進めよう! 作物を安定して収穫できれば、毎食美味いものが食べられる!」


「「……!」」


 ローアとフィアナは目を輝かせ、早速作業に取り掛かった。

 そんな二人を見たマイラはくすりと微笑んだ。


「あらあら、二人ともやる気十分ね。さっき頂いた朝食、とっても美味しかったから二人の気持ちはわたしにも分かるけど、ね?」


 意味深げに微笑んでこちらを見てきたマイラに、俺は苦笑した。


「別にローアやフィアナを餌付けしたようなつもりは全然ないって」


「そういう意味ではないのだけど……ふふっ。でもあんなに美味しいなら、わたしも餌付けされてもいいかもしれないわね」


 マイラは話を終え、ローアたちの手伝いを始めた。

 声も静かで落ち着いているからか、やっぱりマイラには不思議な雰囲気があるな。

 そんなことを思いながら、俺も全力で地面を耕し出した。

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