8話 【呼び出し手】と第三の神獣
「あら、おはよう。早いのね」
「今日はたまたまですけどね……」
井戸に近づいてみれば、女の人はくすりと微笑みながら俺に話しかけてきた。
女の人は肩までかかる青く澄んだ髪に、俺を見つめる瞳の色は淡い空色をしていた。
落ち着きのある雰囲気からして、俺よりもいくらか年上に感じられる。
それに顔立ちもスタイルもフィアナに負けないくらいによくて、最近美人さんと知り合うことが多い気がする……いやそうじゃなくて。
「俺はマグ、そこの小屋に住んでる者です。あなたは一体?」
尋ねると、女の人は自分の胸に手を置いて話し出した。
「わたしはマイラ、しがない水の精といったところよ。そういうあなたは……なるほど。やっぱりあなたが【呼び出し手】なのね?」
マイラと名乗った女の人は、一目で俺のスキルを看過した。
俺はこれまでの経験から、この人の正体を何となく察した。
「俺が【呼び出し手】スキルを持ってることが分かるってことは、もしかしてマイラさんも神獣?」
「マイラでいいわよ、それに人間はわたしたちのことをそう呼ぶわね。まあ、自己紹介もほどほどにしておいて……」
マイラは井戸水の入った桶を俺に手渡してきた。
桶の中の水は、泉の水のようによく澄んでいた。
「少し飲んでみてくれないかしら? せっかくあなたのために作った井戸の水なんだから、感想を聞かせて欲しいわね」
「俺のために作ったって……まさか!?」
マイラの言葉の意味を少し考えてから、俺はハッと閃いた。
「もしかして、井戸が欲しいって俺が強く思ったから……?」
ローアやフィアナの時のように俺の声が届いて、俺を助けるために来てくれたってことだろうか。
マイラは頷いて、話を続けた。
「その通りよ。【呼び出し手】が本当に水で困っているなら手を貸してあげる、それがわたしたち一族に古くから伝わる掟だから。それにあんなに強く『井戸が欲しい』って聞かされたら、嫌でも力を貸したくなってしまうわ」
マイラは柔らかく微笑んで小首を傾げた。
俺のためにわざわざ井戸を作ってくれたなら、確かにここは水をいただくべきだろう。
桶に手を入れてよく冷えた水をすくい、俺はごくりと飲み干した。
「……美味い!」
泉の水も街の井戸よりずっと美味い水だけど、この井戸の水はそれ以上だった。
飲むとすっきりするというか、後味がいいような気もする。
まさか水を飲んで美味いと言う日がくるとは、思ってもみなかった。
「ふふっ、喜んでくれたようで良かったわ。わたしも一晩頑張った甲斐があったっていうものね」
「ありがとう、水には困っていたから本当に感謝してるよ。でもこんな立派な井戸を、どうやって一晩で?」
マイラは少し井戸から離れて、地面にぺたりと手を付けた。
……すると地面から青い光が漏れ出し、みるみるうちに水が湧き出してきた。
「おお……!」
「地下に眠っていた水を呼んだだけ、大したことじゃないわ」
マイラはさも当然のように言ったが、人間の俺からしたら十分以上に大したことだ。
流石に神獣、最早なんでもアリに思えてくる。
こりゃ伝説にもおとぎ話にもなる訳だと感心していたら、マイラは「驚くのはまだ早いわよ?」とウインクした。
「そーれっ!」
マイラは湧き出した水を粘土細工のように自由に操って、近くにあった大岩をいくつも軽々と持ち上げ、三角錐状に組み上げてしまった。
「ざっとこんなものね。一晩でわたしが井戸を作れた理由、分かったかしら?」
マイラの力の凄まじさを感じながら、俺は頷いた。
「これだけ自由に水を操れれば、井戸を掘るのも立派に石を組み上げるのも簡単ってことか」
「それにわたしは水を綺麗に浄化する力も持っているから、井戸を掘ればすぐに水が使えるようになるの。便利でしょ?」
マイラは少し得意げにそう言った。
もしかしたら、さっき飲んだ水はマイラの力で浄化されていたから美味しく感じたのかもしれない。
俺はマイラの力については色々と理解できたものの、しかしまだ気になることがあった。
「ところでマイラって、何の神獣?」
実は水を操る神獣は何体もおとぎ話に出ていて、何なら水を操るドラゴンだって出てくる。
まさかローアの親戚だったりするんだろうか? と首をひねっていたら、マイラは「わたしから言っても面白くないから、当ててみて?」と返してきた。
「当てろって言われてもな、中々候補が絞り込めない……」
本格的に思考が迷宮入りしかけたその時、後ろの小屋から誰かが出てくる気配があった。
「ふあぁ。お兄ちゃん外にいたんだねー。起きたらいなくてどきっとしちゃったよー……うん?」
小屋から出てきたローアは眠たげだったが、マイラを見た途端に目を丸くした。
「うわぁ、びっくり。ケルピーさんはわたしも久しぶりに見たかも」
「ケルピー? それって水棲馬の?」
ローアに聞き返すと、マイラは「あらあら、もうバレちゃったわね」と自分の体を水で包み込んだ。
そして姿を人間のものからケルピーのものに、空色の体を持った一角の馬に変化させた。
ケルピーとは、水を操ると言われている神馬のことだ。
さっきマイラに見せてもらった通り、水を自由自在に操る権能を持つとおとぎ話でも伝えられている。
「わたしの方こそ、ドラゴンに会うのは久しぶりよ。【呼び出し手】だけじゃなく不死鳥と並ぶ天空の王者にこんなところで出会えるなんて、光栄ね」
マイラは姿を人間に戻し、ローアに握手を求めた。
ローアはマイラの手を取って、にこりと笑った。
「わたしも山奥でケルピーさんに会えると思ってなかったから、ちょっと嬉しいかも。それにそこの井戸、やっぱりケルピーのお姉さんがお兄ちゃんのために作ってくれたんだよね? ありがとうね」
「いいのよ、これもわたしの役目だから」
二人の相性は悪くないらしく、次第に談笑を始めていた。
……いやはや。
ドラゴンと不死鳥みたいな特殊な組み合わせじゃなかったら神獣同士はこうやって打ち解けるんだなと、俺はおとぎ話の中に迷い込んだような気分になっていた。
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