7話 【呼び出し手】と神獣の畑作計画

「それじゃあお兄ちゃん、ちょっと飛んでくるねー!」


「行ってらっしゃい、気をつけてなー!」


 昼食を食べたローアは小屋の前でドラゴンの姿になると、一気に空へ舞い上がった。


「あっという間に行ったね。でもこのあたり一帯を飛んでくるなら、帰って来るのは夕暮れ時じゃないかな」


 一緒に見送りに外に出ていたフィアナは、小さくなっていくローアの背を見ながらそう言った。


「ならローアが帰って来るまでの間、俺たちもできることを進めようか」


「できることって?」


 フィアナは首を傾げた。


「生活の改善、具体的には畑を作りたいなって。実は昔買ってそのままにしてた作物の種も結構持って来ているから、色々育てようと思えばできるんだよ」


「おおー。畑ってあれよね、人間が作る野菜の群生地」


 不死鳥のフィアナはやっぱり畑に馴染みがないのか、少し不思議な言い方をしていた。

 ……確かに、野菜の群生地といえばそうかもしれないけど。


「でもご主人さま、野菜って山で採れる山菜じゃいけないの? わざわざ畑作らなくても、山には採りきれないくらいに山菜があったじゃない」


「うーんと、山菜よりも大抵野菜の方が美味かったりするんだよ」


 山菜はえぐみがあったり煮ると野菜以上にアクが出たりと調理に手間もかかるし、味だって「とっても美味い!」ってほどじゃないのが大半だ。

 だからこそ畑を作って美味い野菜を収穫して、食事の質を上げたいって話にもなってくる。

 その辺のことを伝えると、フィアナは感心したような表情になった。


「ふんふん。正直ご主人さまのところに来るまで人間の食べ物には馴染みがなかったからアタシにはよく分かんないけど、でもご主人さまがやるって言うなら手伝うよ。これも、生きるために必要なことなんでしょ?」


「ああ、そうだな。……それに俺、一度広い畑を作って好きな作物を伸び伸び育ててみたかったんだよ。街にあった俺の家、庭なんてなかったから」


 街にいた時は畑作を手伝うことがあったからノウハウは多少あるけど、それでも知り合いの畑だったから自分の好きな作物を……というわけにはいかなかったのだ。

 その辺をしみじみと思い返していたら、フィアナはニッと笑った。


「なら夢が叶ってよかったじゃない。これから先はご主人さまの好きなように生きていけばいいんだし、アタシたちと一緒にもっと色んな夢を叶えていこうよ」


 フィアナにそう言われて、俺は少し微笑んだ。

 今の俺は街を追い出されたものの、フィアナの言うようにいくらでも好きなように生きていくことができる。

 畑以外にも、今までやりたくてもできなかったことをこなしながらこの山奥で過ごすのも悪くないだろう。


「……ま、それでも当分は畑だけどな。ゆくゆくは他のことにも手を出すとしても、今は土を耕したりしないと」


 そう、多分今日は二人がかりでも土をある程度耕すところで終わるだろう。

 それに今後は耕した土に肥料や腐葉土を加えて土壌の質をよくしたり、何より畑のために井戸や水路を作ってまとまった量の水を確保しなきゃいけない。

 泉に汲みに行った水は当面の生活分だから、当然畑に使う分じゃない。


「このあたりは掘れば水が出るって前に街で聞いたことあるし、最悪近くの川から水路で水を引いてくればいいから、割と水の確保は現実的って言うのが救いだな……」


 それにローアもフィアナも神獣としての不思議な力を持ってるから、一緒に井戸を掘ったり水路を作ったりするのも不可能じゃないだろう。

 ……それでも、二人の負担が少ないに越したことはない。


 俺はこの時「井戸でも水路でも、次の日には勝手にできていたりしないかなー」と心の底から思っていた。

 そうすればこれからの生活がぐっと楽になること間違いナシだし。


 ……と、ここまで妄想を膨らませてから俺は首を横に振った。


「……いや、ありえない妄想はよそう」


 実際、水問題はこれから自分たちで解決していかなきゃいけないことで、案外どうにでもなりそうな問題なんだから。

 前向きに考えれば、水問題さえクリアできれば畑だって作り放題になる。


「うんうん。そう思えば結構夢のある話だよな、これって」


「ご主人さま、何をぶつぶつ言ってるの? 畑作るんでしょ?」


 考え込んでいたらいつの間にか下から覗き込んできたフィアナに、俺は思わず我に返った。


「いや、何でもない。今から農具を取って来るから、ローアが戻ってくるまでの間にできるだけ進めておこう」


 俺はそれから、あたり一帯の魔物を追い払ったローアが夕暮れ時に帰って来るまでフィアナと共にせっせと土地を耕した。

 フィアナはやはりと言うかかなり元気なタチのようで、作業後に泥だらけになっても「こうやって汗を流すのもいい気分だね、ご主人さま!」とすっきりとした表情だった。


「でも泥だらけになったのはちょっと困ったな……あ、そうだご主人さま! 泉までひとっ飛びして体を綺麗にしない? 飛んで行けばすぐに行って帰ってこられるし」


「お、いいなそれ!」


「あ、わたしも行く行くー!」


 こうして俺はフィアナの背に乗って、ローアも連れて泉まで飛んでいった。

 体を包む風が心地よくて、いつまでもこうしていたい気分だった。

 昼間は水の運搬があったから陸路で泉に向かったけど、こうやって飛べるとあっという間で便利だ。

 ……とは言え、実際問題。


「やっぱり井戸が欲しいなぁ」


 体を綺麗にするのにも水が必要だし、大量の水があれば風呂だって沸かせる。

 ああ、本当に水不足の解決は夢がある問題だな……!


 俺は夕暮れ時の空を眺めながら、俺は井戸や水路ができた後の生活に思いを馳せていた。

 少し苦労してでも、取り組む価値は十分にある。

 明日からまた、頑張っていこうか!


 ***


 ……そして、事件は翌日早朝に起こった。

 偶然早くに目が覚めた俺がベッドから体を起こそうとすると、両脇にローアとフィアナがいつの間にか張り付いて寝てた……っていうのも割と問題といえば問題だけども。

 ともかく俺は、目を覚ますために外のひんやりとした空気に当たろうと家を出ていた。


 すると、これまた予想の斜め上を行くことになっていたのだ。

 ……街を追い出されたことを含め、最近びっくりすることばかりだけど。


「……えっ、えええっ!?」


 なんと小屋の前には、昨日望んだ通りに井戸が出来上がっていた。

 それも石組みの、結構立派な代物だった。

 ……当然、昨日の時点ではこの場所には何もなかったし、ただの更地だった。

 そして、何より。


「〜〜〜」


 鼻歌交じりに女の人が井戸から水をくみ上げているのを見て、俺は思わずぽかんとしてしまった。

 何と言うか、魔術で幻でも見せられている気分というか……そう、言い表すなら。


 ……あまりに突飛な光景で、どこから言葉にしていいのか分からなかったのだ。

 それでしばらく固まった後、口から出て来た言葉といえば。


「あんなに考えてた水問題、もしかして解決……!?」


 歓喜と驚愕が入り混じった素直なものだった。

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