第44話 新たな人間の国+あとがき

 空はいつのまにか夕焼けが広がっていた、

 そこに鳥人族はない。

 

 ペネムエルが消えたこと、さらには龍が現れたことで、彼女達もここにいる意味が無くなったのだ。

 彼が言ったように鳥人族は帰ったらしい。


 姫となった少女と元人魚の女は手を繋いで学校の裏手にある山の麓に立っていた。


「えっと、ここって私、来たことあるんだけど。」

「そうね。でも、登るんじゃなくて、降るの。」


 アリアは山に無かったはずの透明な扉の前に立っていた。


「すごい大きなガラス。あ、そっか。彼が言ってたよね。グラスホッパーは元々ガラス工場だったって。」

「そうなんでしょうね。私は地下全てを把握していないけれど。彼はそれが何なのかまで、全て知っていたものね。」


 彼の姿はここにはない。

 ただ、少女らは彼に言われたからここに来た。


 少女は初めて見る白くて四角い壁、つまりコンクリート製の通路を歩いている。


「なんか、何もなくて怖いですね。先生。」

「姫。先生は辞めてよ。もう、そういうのはなくなるんでしょう?」

「えー。それなら私も姫じゃないから、姫って呼ばないでよー。」


 いや、彼女は『姫』なのだが、と女は思いながらも、彼女の目指す国づくりを考えて、発言を取り下げた。


「じゃあ、アリアちゃんね。えっと、偽ものの王家がいる場所はそんなに広くないの。元々はそれなりに広かったみたいだけどね。」


 確かに狭いし、密閉感がひどい。

 しかも、王家と名乗っていたのに、これではあまりにも質素である。

 だから、いろんな意味で首を傾げてしまう。


「んー。こんなに質素な生活ができるなら、もっと良い国が作れたと思うんだけど。その人達は何がしたかったんだろう。」


 長い廊下を歩いていく。

 時々ガラス張りの部屋があるが、そのほとんどが壊れているか、明かりが消えているか、潰れているか。

 元々広かったという理由もすぐに理解できた。

 崩れ落ちた通路が、そのままになっているからだ。


「あ、ちなみにそこの階段を降りたら、マーメイドがいるわ。そこから海に出られるの。……うーん、質素とは違うわね。ミハエル様曰く、みんな不老不死になる前は、神様になって好き勝手やりたがったんだって。……でも」

「んー。でも?」


 少女らは、彼が行けと言った地下の部屋に向かっている。

 ある程度の説明は受けているが、実際に目で見て欲しいと言われている。


「ミハエル様は仰っていた。こんなに早く感情がなくなるとは思わなかったって。私たちの根源は『生きたい』という本能。それを痛感させられたとも仰られていた。——考えてみれば当たり前だけどね。」

「生きたい……か。当たり前のことだけど、死なないが当たり前になってしまった人たち……」

「ええ。ミハエル様は一応、覚悟はしていたみたいだけどね。でも、想像以上の脱力感に陥っていた時に、他の連中に残りの肉を奪い取られたみたい。彼らも最初の頃は真面目に世界征服を企んでいたらしいけどね。でも、すぐにその気力も消え失せたんだって。」


 見たこともない黒くて四角い何かが壁に掛かっている。

 ただ、それが何かは分からない。

 理由は彼女達の文明を遥かに超えた何か、——というだけではない。

 全てが壊れているから、それが何かわからない。

 よく見ると、珍妙な箱や物が転がっているが、全てが何故かどこかが壊れている。


「うーん。でもペネムエルって奴は悪いことを考えていたんでしょ?」

「……そうね。でも、世界征服からじゃないわ。アレが作ろうとしていたのは道連れ。不老不死がいっぱいなら、恐怖を感じないかもって派閥なの。」


 その言葉に少女は目を剥いた。


「漠然と残ったものはあったみたい。——恐怖という感情だけが残っていたらしいわ。ミハエル様が未来永劫の恐怖に辟易していたしね。王家が一枚岩ではない理由がソレ。ペネムエル達は恐怖を拭い去ろうと『不老不死仲間』を作ろうとしていた。だから、人魚姫を保存しようと目論んでいた。」

「でもでも、まだ三百年だよね。それくらい生きる生命体って世界にはいるよね?」


 海洋生命体は長寿と聞く。

 でも、おそらくは少女も女も、そして誰もが理解できない気持ち。


「ミハエル様もそう仰ってた。もっとゆっくり感情が薄くなっていくものだと。でも、実際は不老不死になった瞬間から急速に感情が劣化していった。もはや人の体ではなくなったのだから、脳が感じる喜びの形も変化する。ただ、理性だけは人間のものだから、ただ永遠に続く命に対しての恐怖だけが残った。最初の頃は、その恐怖を他の生命を殺すことで紛らわす、なんて奴も居たみたいだけど、気がつくとソイツらはソレにも飽きていた。ちなみに王家と自分たちが呼ぶ彼らには別の考えもあって————」


 そして、少女達は目的の地に辿り着く。


 アミエルは話の途中だというのに駆け出していった。

 だが、少女は止めやしない。


「ミハエル……様。なぜ……、このようなお姿に……」


 そこにあったのは首から上のないミハエルの氷漬けの体。

 彼が、それがミハエルだと言ってくれたから、アミエルは間違えることなく駆けつけることができた。


 そんな彼女の行動を視界の端に捉えながら、少女は部屋に転がっている何かに目を奪われた。


「これが……、王家を騙ったもの達の……末路……」


 結界が破かれたまま、放置された理由がこれらだった。

 広い研究施設に転がった人形のような何か。


 その生きているかのような死体を切なそうに見つめる少女。



 ——少女は彼の言葉を思い出していた。


        □□□


「人間が、知的生命体が、どれだけ力を得たとしても、それは結局、この星から生まれた何かにすぎない。」


 彼はそう語った。

 彼本来の言葉ではないことを少女は知っている。

 少女は人間の『姫』だった。

 そして今までも、無意識に『姫』としての行動をとっていた。


 今の彼は『龍』として、話をしている。


「だから、不老不死とかも関係ないってこと?」

「龍は森羅万象そのもの、この星そのものだ。その中で勝手に決めたルールなんて、大したことじゃない。そもそも不老不死なんて、生命は単細胞時代に経験した道だ。どっちかというと進化を諦めた退化に等しい。全てのものはこの星に生かされているから、この星の代理人である龍には誰も抗えない。俺自身の意志じゃなくて、この体がそう言ってる。アリアが姫だったように。」


 龍人となった彼は、どこか切なそうだった。


「アミエル、結局予想通り、王を騙る者たちはを選択した。多分、ミハエルもそうなんだろうけど。ただ、ミハエル本人の口から聞かなきゃ……だな。」

「ミハエル様の頭はやはり……?」

「鳥人の大陸、ジュライド。サッチマンが老衰する直前に教えてくれたよ。ま、あいつは単純に寿命を先延ばししていただけだから、選択権はなかったんだけど。」


 ミハエルも生きるのに飽きていた。

 でも、勝手に命を奪うのは宜しくない。

 だから、彼の場合だけ特殊だった。


「アリア、俺はそろそろ行く。」

「うん。私の道はここだけど、メンマの道はまだ続くもんね。」

「……その、メンマ!」

「分かっている。俺も姫の奪還に行くんだ。その時、拾えたら拾っとく。でも、ジュライドにいるかは分からないから、いつになるかは分からない。だから、念のために体は凍結させておいた。どういう変化が起きるか分からないからな。アミエルには、凍結の維持を頼みたい。」


 ————そして彼は翼を広げて飛び立った。


        □□□


 その後、アリアは女王の座に着いた。

 本当はやりたくなかったが、この国を守ってくれる結界は消失した。

 その代わり、今はクイーンズフィールドで、皆の力を増幅させている。


 ——これがあるべき人間族の姿らしい。


 女王のために身を粉にして働くのが、この世界の人間族の在り方だった。

 彼の話では、以前の文明まで戻そうとする必要はないという。

 彼女が何もしなくても、人は勝手に文明を進化させる。

 それをただ見守っておくのが、女王の仕事。


「うーん。やっぱり隙だよー!アミエルー、何か面白い話ない?」 

「マーマン族が、温泉覗きをしていたと、報告があったこととか?」

「それは気持ち悪い話だから!……それにしても、メンマ、大丈夫かな。なんだか悪い予感しかしないんたけど。」


 いつか帰ってくると約束した彼だが、悪い予感しかしない。

 何故か悪い予感しかしない。


 今、この物語にタイトルをつけるなら、


〚底辺貴族令嬢だった私の元に龍が現れて、気が付いたら女王になっていた〛


 で、間違いない。


 つまりこれは彼女の物語。

 だから、彼の物語を彼女は語れない。

 

「そうね。彼が龍の器って、やっぱり胡散臭いものね。」 


 アリアはマーマン、マーメイドとの同盟を締結させていた。


 マーメイドとは話がついていたし、マーマンは対立できない程に数が減っていた。

 因みに、アミエルはマーマン・マーメイドの橋渡し役として、アリアに仕えているが、彼女もいつかの人面魚のように、アリアと同じ道を歩んでいるだけ。


 ただ、その道がいつから分岐するのか、全く目処が立っていない。

 彼が戻ってこない限り、彼女の道は閉ざされたままだ。


 それに彼は種族が違っていたらしいから、彼女にも彼の物語は語れない。


「絶対にトラブってる!あぁ、心配だなぁ……」

「ミハエル様のお顔、早く見たいのだけれど……」



 ——だが


 種族とか立場とか関係なく、女の勘が『彼』の災難を察知していた。

 しかも、彼女たちの勘はかなり鋭い。



 つまり彼は……



 全然知らない部屋の水槽で、またしても鰓呼吸をしている。


「なんで、俺、魚に戻ってんの!?」

「飛んでる途中で魚に戻って、ハーピーに空中キャッチしてもらったみたいだよ。」

「知ってるよ!んで、土産無しで帰りたくないって理由だけで、アエローに捕まったんだよ!」


 まさか飛んで数分で手足がなくなるとは思わなかった。

 さらに羽根まで消えるとは。


「ま、いいじゃん。高いところから落ちたら、たとえ魚の君でも危なかったでしょ。それにしても奇妙な現象だね……。君は特別な力がないのに可逆変化を引き起こせるのか。」

「頭だけで生きてるお前も奇妙すぎるけどな!肺も横隔膜も喉もないのに、なんで話せるんだよ。」


 そう、これは当然の結果である。


 あのまま竜の姿でいられたら、閻魔様もメンツがない。


 畜生道で、チートをブチかますんじゃねぇよ、となるに決まっている。


 無論、そんな事情が本当かはさておき……


「ま、いいじゃん。結果的に君は僕の所に辿り着いたんだ。僕の計算通り……とは流石に言えないけどね。だから僕は君に話す義務がある。三百年前に何が起きたかを────



        □□□



 つまり、彼の物語はまだまだ続くのだ。

 

 だから、この続きはまたいつか……




 ───────────────———


 綿木絹です。


 今回のテーマは鯉が龍になるなら、人面魚は竜人になるのでは?でした。

 ということで、思いつくまま、カクヨムにぶっつけ本番で書いてみました。


 そして一応、物語はここで終わりです。


 理由は当初から12万文字程度で終わらせよう、と考えていたからです。

 そして、アリアが姫になるという区切りがついたので、このタイミングで終わらせることにしました。


 残しているフラグや伏線を回収しながら、この世界観の設定を終わらせようとすると、軽く70万文字は越えそうで……


 私の拙筆が故に、ぶつ切りエンドになって申し訳ありません!!


 ですが、今回はここで一旦終わろうと思います。

 また気が向いたら、続きを書くかもしれませんが。


 ここまで読んで頂き、本当にありがとうございました。


 

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底辺貴族令嬢の部屋の水槽の中にいる人面魚って実は俺なんですがこれって畜生道に落ちたってこと? 綿木絹 @Lotus_on_Lotus

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