第42話 人面魚は天を舞う
あの日、リューヘーはゼバリアスの大軍を相手にしていた。
いつか語る機会があるかもしれないが、とにかく彼は海竜達と戦っていた。
ゼバリアスは人間伝手にリヴァイアサンの手を借りて、大軍で押しかけてきた。
ただ、今思い出せば、鳥人族と彼らが繋がっていたのか、分からない。
親友のゼペがメガロドンに噛み砕かれて、彼は頭が真っ白だった。
……もう、訳がわからない。ゼバリアスはこの状況を知った上で、人魚姫候補を連れ去ろうとしたのかも。そして漁夫の利を得る形で鳥人族が参戦したのかもしれない。
三百年前の出来事が間違っていたのだから、今までの思考実験は全て無意味である。
彼の知識はマーマン族の里で教わったもの、彼が自身の目で見た訳ではない。
そも、歴史とは知らない誰かが綴ったもの。——言って了えばそれだけの話。
——ただ、今度ばかりは間違いなく彼のせいなのだ。
彼がこの地にもたらしたものは、高が知れている。
ただ、それがとんでもなく厄介なもので、彼はそれを『冥府の土』と呼んでいた。
それは英霊の戦いの痕跡。
その混沌とした力が惑星の一箇所に集中した戦い。
後に呪われた海と呼ばれたソレを底曳き網漁で地上へと持ち運んだもの。
人間は文明を奪われて、知識の制約さえも受けていたから、その意味を忘れていた。
ソレは彼が少女に教えたように、
ソレを彼は敵か味方かも分からない存在に、考えなしに渡してしまったのだ。
その結果、結界が消えた。
さらに同じ時に鳥人族が襲来した。
鳥人族の住む岩山は、ここからかなり遠いのだから、全ては計画されていたのだと分かる。
……俺のせいでミハエルが無力化してしまった。でも、ミハエルだって認知していた筈だ。勿論、アリアが渡したのはサッチマン侯爵だ。あいつ自身に土が渡った訳ではない。
そもそも彼が何を考えていたのかも分からない。
アリア達を勝手に招き入れて、勝手に鰓弓のどこかを断ち切られて無力化された。
何をされたのかは分からないが、事実として結界は消え、ペネムエル自身もミハエルの無力化を語っていた。
考えたところで、事実は変わらない。
何れ訪れた最後かもしれないが、それを彼が早めてしまったことは事実だ。
——結局、彼のせいで多くの命が奪われた。
□□□
氷漬けにされた人面魚は、自身の存在意義を問うていた。
今までやってきたことの全てがここに繋がっているのかもしれない。
考え出せばキリがない。
アミエルは地面にへたり込んで、氷漬けの怪魚を見て呆然としている。
ペネムエルがどちらを先に始末するか、それとも二人同時に始末するかと、ニヤニヤ考えている。
その時、人間族の『姫』がハーピーに鷲掴みされた。
————それがきっかけだった。
メンマの、リューヘーの水平思考は唐突に終わりを告げた。
……あのバカ!上に気をつけろってあんだけ言ったのに!!
5年前の記憶がフラッシュバックする。
水鳥が魚を攫っていくように、大鷲がウサギを狩るように、人魚姫の幼魚・ティアラは連れ去られた。
今回も同じように連れ去られてしまう……
「そんな筈ないだろ!あの日のことが何度夢に出てきたか分かっているのか!?」
氷の中の声、アミエルにもペネムエルには聞こえない。
オキュペテも既に、ここにはいない。
だから、彼の行動に気付けない。
ペネムエルもオキュペテも彼をただのマーマンの幼魚としか思っていない。
氷漬けにされて、何も出来ない稚魚とでも思っているのだろう。
人魚姫の血肉を食った男は幼魚ではなく、アミエルを仕留めようと動き出す。
その隙を突くだけで良い。
【
彼はずっとイメージしていた。
直上に水の塊が現れて、氷目掛けて流れ落ちるイメージを。
この地は別に氷河地帯ではないし、なんならまだ暑さの残る初秋である。
彼を包み込んでいた氷は、あっという間に溶けてなくなり、人面魚は滝を昇る。
何度も何度も夢を見て、起きた後に何度も考えたこと。
絶対に戻れない過去なのに、こうすれば良かったと考え続ける——つまりは彼はずっと『後悔』していた。
さらに幸運だったのは、中魔法が解禁されたこと。
それは少女達のやりとりを見ていれば分かる。
「アリアァァァァ!お前だけは絶対に守る!!」
——だが。
「幼体風情の考えそうなことね。そんなのもっと上に上がれば良いことじゃない。」
ハーピー族、アエローにしてみれば、
所詮、海の生物など彼女から見れば、狩られる側。
それに手も足もない人面魚に一体何ができるというのか。
……それでも!ちゃんと考えたんだよ!
ここまでも計算済み。
だから人面魚はこう叫ぶ。
「アリアァァァ!この水に落ちろ!!」
□□□
人面魚がそう叫んだ時、アリアは意識を失う寸前だった。
でも、その声が聞こえたから、彼女は目を開けた。
だが同時に目を剥いた。
少女にとって、見たことのない男・ペネムエルは光の槍の狙いを変えていた。
当然である、——彼はバカにされたのだ。
「死んだふりをしていただけでなく、私を無視して女を救いに行っただと?許し難い愚行だな。」
だから少女は彼の元へはいけない。
寧ろ、このままでは彼が死んでしまう。
そして伝えようとした。
——人間を見捨てて逃げろと。
けれど、彼女の口は別の言葉を口にしていた。
彼女の意思ではなく、彼女の本能が口にした。
「メンマ、大丈夫。自分を信じなさい。」
□□□
人面魚は目を剥いていた。
彼女の瞳に映ったペネムエルに気が付いたから、それは勿論ある。
だが。
……アリアはやはり『姫』、そして。
人間族を導く存在、『ヒューメイドプリンセス』、彼女はおそらく
「確信……している?なんで?」
どの道、他に手はない。
手などないかもしれないが、やるしかない。
全力で、全ひれを使って、前だけを向けば良い。
ならば
【
さらに上の魔法。
さらに大きな滝を作り、『姫』を助ける。
彼にできることは滝を昇ることだけ。
「バーカ。もっと上に行けば良いだけなのよ。私たちは飛べる、忘れたの?」
そう。
それでも届かない。
「それでも、俺は昇ってやる!俺は泳ぎ続けなきゃ、生きられないんだよ!」
……届け!
……泳げ!
……水も空気も同じだろ!
————そして
人面魚は天に昇った。
「これ以上、お前らに奪われるわけにはいかないんだよぉ!」
その瞬間、魔法ではない本当の雷が落ちた。
まさに青天の霹靂だったそれに、アエローは掴んでいた『姫』をうっかり手放してしまう。
「な……に?何よ、あんた!!オキュペテ!こんなの聞いてないわよ!」
ただ、そんな言葉を聞いている暇は彼にはなかった。
本当に少女が手放されたのだから、どうにかしないといけない。
——だからそっと手を伸ばし、彼は少女を受け止めた。
そして、少女は今、気がついたように目を開けた。
どうやら、今度は本当に気絶していたらしい。
そんな少女の瞳が一度大きく見開かれた。
「えと……。どなた?」
まるで記憶消失の少女のよう。
でも、理由なら察しがつく。
「前にも言ったろ。中間体って奴だって。そんなにキモい……のか?」
そう、腕が生えたから受け止められた。
おそらくは足もあるし、尻尾もある。
そして……
「……その……声……、貴方、メンマ?貴方、羽が生えてるんだけど……、それって魚人……なの?」
——は?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます