第41話 アリア

 少女は昔のことをよく覚えていない。


 勿論、大抵のことは覚えているが、どうしてあの日の朝、外に出かけたのか全く記憶にない。

 祖父の話を聞いてもちんぷんかんぷんだった。

 自分が選んだという人面魚のことも覚えていない。

 だから気がついたら自分の部屋に水槽があったとしか自覚していない。


 ただ、祖父が買ってくれたから、この海辺の街に閉じ込められた自分を可哀想に思ってと買ってくれたのだろうからと、仕方なく育てていただけだ。


 けれど、その人面魚はなんと言葉を話す人面魚だった。

 彼は自分がマーマンの幼体で、それは絶対に秘密なのだと語った。

 そして、彼はいろんなことを教えてくれた。

 勿論、彼が自分をオスだと自覚したのは最近の出来事だが、少女にとっては最初からオスである。

 ただ、男性として見ることができるとは言っていない。

 相手は人面魚である。

 流石にどれほどのイロモノ好きでも恋に落ちることはない。

 だから、この気持ちは間違いなく家族愛である。


 ただ、彼は一つ大きな勘違いをしているのだ。


 「俺を捨てようと思ったろ」


 彼が中間体だと呼ぶその姿は、確かに気味の悪いモノだった。

 かといって、その程度で家族を捨てるものなどいない。

 少なくとも、少女に彼を捨てる気は微塵もなかった。


 だから彼女が思うのはただ一つ、


 ————どうして彼はあの時、小魔法以上の魔法が使えたのだろうか。


        □□□


 金色の少女は魔物と戦っていた。

 アミエル・クレーベン先生が元人魚とか、今は人間とか、ミハエルという青年がどんな状況なのか、そんなのは全て後回しだった。


「大丈夫。メンマなら絶対にアミエル先生を守ってくれる……」

「はい!あのお魚さんなら、絶対に大丈夫です!」


 隣の緑の髪の少女も賛同してくれているが、そんな軽い気持ちではない。


        □□□


 人面魚に目的を尋ねられた時に彼女が言ったこと。


「私、姫になりたい。お姫様になって、この国をもっと風通しのよい国にしたい。この国は悪臭が漂っていた頃の、私の家にそっくりだから……」


 少女の夢は小さな頃から『姫』になりたいだった。

 なぜ、お姫様になりたいと思っていたのかは覚えていない。

 多分、御伽噺に出てくるお姫様に憧れて……


 ——いや、違う。


「私が思うお姫様って、みんなを導く存在。でも、今の世の中だと王子様と結ばれるしか、お姫様になれなくて……」

「うーん。確かにお姫様が民を導くってイメージはないな。」

「私ばっかりズルいよ。メンマも目的があるんでしょ?」


 すると、人面魚はポクっと泡を吐いた。

 これが彼のする溜め息である。


「五年前、マーメイドの姫を俺は救えなかった。んで、お前がお姫様になったら、そのバックにいるっていう人間に会えるかもしれないだろ。ま、そこまでは共通の目的って感じだな。」

「え……。メンマってそんなカッコ良い目的の為に生きてたの?メンマらしくない!」

「おい、言い方。生きてたのは運が良かっただけだけど、せっかく人間に拾われたんだから、そういう目的を持ってても良いだろ?夢くらい見させてくれ。」

「私はお姫様になる為に。メンマはお姫様を救う為————」


 そう。

 二人の目的は途中まで同じだった。

 だから、彼は今まで協力してくれた。

 ただ、あの中間体になった日、彼が助けてくれたのは紛れもなく、自分のためだった。

 結局、元の姿に戻ってしまったけれど、本当にあの形は半魚人と言えるのだろうか……


 ——本当に彼の言った中間体なのだろうか。


        □□□


「みんな、魔法はパッションだよ!自分が思い描いた言葉に願いを乗せる。メンマはそれを『言霊ことだま』って呼んでた。」


 ペット、いや家族のことを思い出しながら、友達にそれを伝えていく。


「アリア様!それは俺の弓でも言えることなんですか?」

「カシム、なんで様付け?……んと、多分そうなんだと思う。ウォッチバード家には『必中』の加護もついてて良い筈って、メンマが言ってた!」


 少女は自分の思いも乗せて、友達に伝えていく。

 感情が、激情が力に変わるなら、もっともっともっと思い描くべきだ。

 姫になり、この国を救うイメージを。


「アリア様!メンマ様が氷漬けに!!」


 そんな時、白髪の少女が叫び声を上げた。


「……大丈夫。メンマなら絶対になんとかしてくれる。」


 本当に声に出せば、届くのだろうか。


「ロザリー、よそ見をするな。後ろからもどんどん来てるぞ!」


 本当に四面楚歌のこの状況を打破できるのだろうか。

 辺りを見回しても絶望しかない。

 ほとんどの人間が死に、そして石像に変わっている。


「みんなも魔法を使ってみて。リリルちゃんも中魔法クラスなら全部使える筈だから!」

「えええ!私、使ったことないよ!」

「大丈夫。使える気がする。もしかしたら王家に何かあったのかもしれないし、最初から王家なんてなかったのかもしれない。今は私たちしか、この国を救えない。救えると信じて戦って!」


 ……違う。私が思い描いているのはこんな感じじゃない。でも。


 あと少しのところまではイメージできる。

 もう一歩で、何かを掴める気がする。

 メンマは言ってくれた。


「私はお姫様になれるって……。でも、それってどっちのイメージ?」


 少女の中で迷いが生じる。


 自分が持つ『姫』のイメージと、世間で言われる姫のイメージは随分ズレがある。

 そして、心に沸き立つこの鼓動が何なのか、彼に聞きたい。

 凍らされている彼は大丈夫なのか?

 考えれば心配になってくる。


「とにかく生き残っている人たちを守ろう!」


 少女は雷光の如き動きで、モンスターを駆逐していく。

 申し訳ないと思いながらも、死体となった誰かの剣を借りて、さらに敵を切り裂いていく。


 【炎中魔法ファイガルガ


「リリル、こうだ!俺の魔法を見てイメージしろ!」


 さすが伯爵家はものが違う。

 それに威力が違う?

 いつか見たその魔法よりも激しく燃えているように見える。


 【雷中魔法サンダルガ


「お兄ちゃんばっかズルい!私だって手本くらい見せられるから!」


 デリンジャー伯爵よりも、同じ伯爵家の娘ロザリアの方が魔法が使えるのか。

 それとも……

 

 【水中魔法ウォロタルガ


 次々に大きな魔法が炸裂する。

 これが本当に力なのだと言わんばかりに圧倒し始める。



 ——やはり、この世界は魔法が強い。



 いつかの人面魚との会話を思い出していた時に、それは起きた。


「きゃぁぁぁ、なんで?なんで魔法が弾かれるの!?」


 リリルの叫び声が聞こえた。

 だからアリアは彼女の元へ駆けつけたのだが、そこには見たこともない人間……、いや醜悪な女の鳥がいた。

 そして、逃げ惑う人間を次々に襲っていた。


「これが……、鳥人族。メンマが恐れていた存在……」


 でも————


 自分ならやれる。


 アリアはそう思った————だが。


「オキュペテ、こいつだね。人間族の『お姫さま』候補ってやつは!」


 言葉を発した。

 その瞬間、アリアは彼女に向く刃が一瞬だけブレた。


 ……ダメ。言葉を話す存在を殺すイメージが湧かない。それにお姫様?何のこと?誰のこと?


「そうだよ、アエロー。その子から感じるのはあの時と同じもの。人間にも『姫』が生まれるってことだね。」


 その言葉で、少女は自分の『姫』のイメージが、他の人とズレている理由を悟った。

 彼女達は、『姫』になる存在を掠め取っていったらしい。

 メンマの目の前で掻っ攫っていったらしい。

 マーマン族でも、どうにもならなかったと。

 空に連れて行かれたら、どうしようもなかったと彼は語った。


「ダメ!誰も連れ去らせはしない!メンマの悔しい思いを無駄にはしない!!」


 だが、それは誰かを守る言葉であり、自分を最前線に立たせる言葉。


 人面魚の彼が凍らせれていなければ、きっと分かった筈なのに。


 少女自身が『姫』だとは彼女はまだ知らない。


 だから誰かを守ろうと身を呈したところで、狙われているのは自分なのだ。


 リリルでもない。

 ロザリアでもない。

 ロザリアなんて、メンマがヒロイン候補と言ったくせに。


 無論、アリア自身も彼から『本命ヒロイン』と言われたのだが……


「わ……た……し……?」


 ものすごい速度で地面が遠ざかる。

 これが空を飛んでいるということ?

 でも、こんな速さで飛ばれたら、あんなに地面が遠くになってしまったら……

 


 ——引き剥がしたところで、落下死しか待っていない。



 命の危機が迫る中、何故か少女は心の中に疑問が湧いた。



 私がお姫様なら、皆を導く力を持っていて……



 それなのに、私は姫でありながら




 ——どうして災厄を育てていたのだろう





————どうして『メンマ』を選んだのだろう


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