第40話 人間の姫

 魔法はパッション、そんな言葉を親友から聞いた気がする。

 だが、少なくとも脊椎動物においてはそうではなかった。


 人間には第1から始まり、第6までの鰓弓というものがある。

 人間は胎児の状態で魚様の姿から人の形になるまでの進化の歴史を刻む。

 その理由から発生学上では、第一鰓弓から始まり第六鰓弓で終わる組織が存在する。

 顔面下部から喉、胸元までがそれらであり、鰓呼吸をしていた先祖たちの名残りがそこには残っている。


 そして魔法とは呪文を唱えることから始まる。

 だから、この世界での、特に魔法学的な意味での人体の中心はそれらである。


 ——そのちょうど中心で切り分けられたのだろう。


 ……ミハエル、お前がミスってどうすんだよ!俺のせいかもしれないけど、お前が油断していたからだろ!どこにいるのか分からないけど、お前のせいでお前の部下の命が危険なんだよ。そんで、俺の飼い主はお前の部下を守れってさ!


 【雷小魔法サンダ連射】


 アミエルは下手をすれば一瞬で爆殺される。

 ミハエルと同等、いやそれ以上の力を持っていると考えるべきだった。

 ただ、マーマンの幼魚の形をした何かの存在を、彼らは一度も見なかった。


「ギャ!何よこれ!」


 突然、空中から稲妻が発生し、アミエルの前方に雷が落ちた。

 しかも何度も何度も落ちる雷で、視界さえもままならない程だった。


「ふん。アミエルか。お前はまだそんな力を持っていたとはな。」


 だから出し抜けた……、と思いきやそれは違う。

 本来、マーマンは雷系の魔法を使わない、使えないではなく使わない。

 理由は海の戦いが多いマーマンには意味がないから……、それと、海辺での戦いでは自陣にも悪影響が出るからである。


 けれど、五年前の戦いでは鳥人族の急襲にしてやられた。

 だから彼は対鳥人族用に、この魔法ばかりを磨いてきた。


 ……数十年も前から飛行タイプには雷って決まってんだよ!


 そんな理由があったから、アリアに初めて教えた魔法が雷小魔法サンダだったのだ。


 ……あれ?それにしても


 そして、人面魚は自分の体に起きた変化に気がついた。

 因みにそれは、あの時のように彼の体に妙な進化を起きた訳ではない。

 それに、すぐに気付けるだけの材料が視界の端に映っている。

 だから彼はその意味を半分だけ理解しながら、続けて魔法を放つ。


 【雷中魔法サンダルガ連射】と。


 彼はアミエルに体当たりをしつつ、さらに前方へ大きくなった雷を落とした。


「アミエル!こいつらと戦うぞ。お前は魔法を打つ構えだけをしていろ!!」

「……メンマ?でも」

「いいから!こいつらに絶対に気付かせるな!!」


 遠くに見えるは、石化の息をも退ける英雄の姿。


 ——光り輝く金の髪を靡かせる美少女。


 最初が異なれば、何もかもが変わってくる。

 今、彼女の周りにはカシム、リリル、ロザリア、ジャスティンがいつの間にか揃っている。


「あの女、ウザいわよ。私たち鳥人族に喧嘩を売っているわ。」

「こざかしいぞ、アミエル!」


 侯爵の彼女なら、この魔法が使えてもおかしくはない。


 五百年前、裏切られたのは人間である。

 さらにはマーマンである。

 そして裏切ったのは一部のマーメイドと一部の人間だった。


 そも、人間とマーマン、マーメイドは同盟を組んでいた。


「絶対に視線を逸らすなよ、アミエル。今はお前も人間なんだ。」

「でも……、絶対に勝てっこない……」

「勝てっこない?そんな理屈はどこにも存在しない。どうしてマーマンとマーメイドは同盟を組んでいた?」

「それは人魚姫を全ての種族が狙っているからで、でもそれが——」

「来るぞ、避けるぞ!」


 今、アミエルの下半身は水の中にある。

 無論、彼女は人間で水の中にいる必要はない。

 ではどうして水があるのか、それは彼女が魚にまたがっているからである。


「アミエル。楽に殺してやろうと思っていたが、やはりミハエルの息がかかった娘は思うようには動かんか。」


 ペネムエルは光の槍を生み出し、それを軽く投擲する。

 光速にも匹敵しようかと言うほど速さで迫る、だが。


 【水中魔法水流弾アクアジェット

 

 アミエルの体の僅か横を光の槍がすり抜け、後ろで爆音が上がる。


「ぬ?まだ、抵抗する気か、アミエル。」

「あれを躱したの!?」


 放った側、避けた側から声がする。


「アミエル、黙ってろ。あいつがまだ舐めてくれてるからだ。それにあれは一度ミハエルの時に見た。」


 正確には手前のモーションまで見た。あんなモノ、躱せる筈がない。


「いいか。三百年前、マーマンとマーメイドは人間と同盟を組んでいた。同盟ってことは、人間もマーメイドに劣らないほど強かったってことだ。あいつらに骨抜きにされるまではな。」


 加えて、科学技術が発展していた。

 人間の裏切り者も、同族が怖かったのだろう。


 ……最初は、浜辺で迎え撃つために浜辺の施設を埋めたのかと思っていた。そして次に思ったのは余計な発展をさせない為。でも、それも違った。全ては研究をさせない為。自分たちの秘密を、人魚姫の何かを隠し通す為だった。


 ここまで来ると、憶測は確信へと変わる。

 三百年前、浜辺で陣地を固めていたのは王の右腕なんかじゃない。

 


 ——王、自らが陣頭に立っていた


 ただ、彼らは一部の自国民の裏切りには気付けなかった。

 そして力を封じられたまま、三百年の時が流れた。


 ……そしてこれは憶測だが、当時の人間族に『姫』は存在しなかった。だが、今まさに人間の希望である姫が!


「人魚姫のように、大人にならなければ力を発揮できないのであれば、今こそが——」

「なるほど、分かったわ!ペネムエル、あの子供を中心に人間族が力を増している。これって


  ——クイーンズフィールド?」


 人面魚の声が届いた訳ではない。

 だが、オキュペテはそう言ち、人面魚は全身の鳥肌……鱗が逆立った。


「アリア!上に注意しろ!」


 ペネムエルの攻撃に集中して、ハーピーをほったらかしにしていた。

 だから、気付かせる余地を与えてしまった。


「お前はまだ、成長途中だ!今の力ではまだ勝てない!」


 人面魚メンマはアリアに叫び続けた、そしてその時同時に自身の体が動かなくなったことを悟った。


 【大氷魔法ダイヤモンドダスト


 体が動けなくなるほどの冷却。

 彼の周囲の水球がみるみる氷り始めた。


「メンマ!メンマ!」


 最後の力を持って、アミエルだけは氷の外に追い出したが、人面魚は氷の牢獄に閉じ込められてしまった。


「なるほど。人間となり、力を失ったアミエルにしてはと思っていた。……よもやその雑魚モンスターと私が戦わされていたとはな!」


 そしてついに上空からの本格的な攻撃が始まる。



 ——人間族に生まれていた希望、『アリア姫』の芽を摘み取るための攻撃が。

 

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