第39話 騙されていたのは……
アリア、アミエルは水の球の中にいる怪魚と共に校長室を目指していた。
「おかしい……。秋休みに入ったとしても、あまりにも人がいない……」
学校職員であるアミエルの言葉、彼女に言われなくとも異変には気付ける。
「も、もしかして、サッチマン校長の身に何か……。だってあの人、護衛を連れていなかったし……」
いや、そんな筈はない。
彼も神とやらの血を分けてもらっている、ミハエルが無駄な嘘を吐く意味がない。
そして、ここに彼がいない意味もなんとなく分かる。
……つまり、俺がきっかけか。なるほど、それならば全てが繋がる。では何故アリアは俺を見つけた?
「なるほどな、アミエル。全ては俺がきっかけで始まったストーリーか。最初から、俺たちマーマン族は切り捨てられる予定だった。いや、少なくともミハエルは違っていたみたいだが?」
その言葉にアミエルは目を剥いた。
「王家は一枚岩じゃない。それはそう言った筈……。でも、ミハエル様に何かが起きるなんて想定外……よ。」
「メンマ、先生、何の話をしているの?今、そんなことを言っている場合じゃないよ!」
「……確かにそうだな。今までは人間の都合に合わせてきたが、その必要はなかったらしい。アミエル、ロイヤルガーデンへの行き方を教えろ。——俺は人間の味方って訳じゃないが、人間の敵になるつもりもない。」
□□□
少女は混乱していた。
突然、海魚と先生だったモノが、そうではない何かに変わった気がした。
それは仕方がないことで、少女は紫紺の髪の美女が、人魚だったことを知らない。
侯爵家の人間ということは知っているが、それ以上のことは知らない。
ただ、自分達の味方としか思っていなかった。
「私だって結界の向こう側に行きたいわよ。……それが出来たらとっくに行ってる。そこに行く為に私たちはサッチマン侯を訪ねたんでしょ!」
先生の仰る通り。
おかしくなったのは海魚の方だ。
「お前が今は人間だからだ。その縛りが人間の力を奪った。でも、俺は人間じゃない。おそらくアリアが俺を捨てたら、その縛りは適用されない。マーメイドの
少女は目を剥いた。
つまり怪魚が言いたいのは、王家も公爵も——いや、人間全てがマーメイドの力で操られているということ。
この話を聞けば、今までの怪魚の話から想像がつく。
——300年前、人間は裏切ったのではなく、裏切られたのだ。
文明は捨てたのではなく、捨てさせられた。
理由もすぐに分かる。
人間の持つ文明が脅威だったから、——人間からマーメイドを守る為に、この地の文明が封じられた。
人間がこの先ずっと平穏に暮らす為ではなく、マーメイドが平穏に暮らす為。
そして、今の怪魚の話でアミエルがマーメイドだったと推測できる。
ならばマーメイドはマーマン無しでも、繁殖できる。
その為に必要なのは、——その先は悍ましすぎて語れない。
ただ……
そんなことは関係ないのだ。
「無理だよ……、メンマ。私、メンマを捨てるなんて出来ない。たとえ形だけであっても、私は家族を守りたい……」
今、怪魚の所有者はアリアであり、おそらくは制約の対象下にある。
それを捨てれば怪魚だけは、その結界を越えられるかもしれない。
「アリア、俺はアリアの嘘を吐いている。今、街の住民はおそらく殆どが死んでいるか、石化している。それをお前に言わずにここまで来た。俺がロイヤルガーデンに入る為に、だ。——それにこれは俺のせいだ。」
「そうかもしれないけど……、そうじゃないかもしれない。でもメンマは私の為にそうしてくれたこと……、私には分かるもん!」
「なら、あの契約書をどうやって破棄する!?ロイヤルガーデンに保管されていれば、人間にはどうすることもできない。——馬鹿アリア、今すぐ俺を捨てろ!俺なんか気持ち悪いだけで、自分一人じゃ何もできないクズだ。働きもせず我が儘言い放題の寄生虫だ。」
「やだ!メンマは何も悪いくない!……メンマがなんて言っても、私は私。メンマは私のモノ!飼い主の責任として、あたしはメンマの分も含めて、この国を守るの!」
少女は意地になってそう言った。
ゴゴゴゴゴ!ガガガン!
彼女たち三人に関係なく、建物が大きく揺れて、三人は移動を余儀なくされた。
音を立てて崩れていく魔法学校、そして貴族院、いつの間にか遠くまで見渡せるようになった王都。
あぁ、やっぱり彼の言った通りなんだと、少女は思った。
そして……、少女はわずかに残った国民を守る為に走り出す。
□□□
少女が走り出したその後、怪魚はイラつくように元学校、現瓦礫の山を睨みつける。
そこには鳥人の姿と人間の姿があった。
「やれやれ。やっとウチらが地上に君臨できる。どれだけ待ったと思っている、ペネムエル。」
「そんなことを言ったって、君が待っていたわけではないだろう?オキュペテ。ガブリエルとユリエル、それにラファエルを説得するのにどれだけ時間が掛かったか、それこそ、君が生まれる前からだ。」
……オキュペテ、あの時と同じ。いや……、あの時から続いていたという方が正しいのか?
「フフフ。高みの見物をしているのもよいけれど、お前たちの人魚姫が我らの手にあることを忘れたか?」
「上から目線などしていない。人魚姫と人間の地を交換するのだから、パートナーと呼ぶべきでしょう?」
「ペネムエル様!ミハエル様は!ミハエル様はご無事ですか!?」
アミエルが居ても立っても居られなくなり、水球を消して鳥と人間の元に走り出した。
怪魚は突然、我が身の支えを失って、仕方なく自身の魔法で宙に浮かぶ。
「あの馬鹿!お前が行ったところで!」
ただ、彼には彼女に構う時間はない。
飼い主が気になって仕方ないのだ。
今のやりとり、そして今まで得た情報で、三百年前の真実と、五年前の戦い、さらにはこの戦いの意味は理解できた。
アミエルがどうなろうが……知ったことではない。
「君は……、そうか。伝令用にミハエルが抱えていた元人魚か。まぁ、君も死ぬのだから教えても差し支えはないか……」
アミエルはその言葉に目を剥くが、怪魚の知ったことではない。
元々、マーメイドはマーマンを同じモノと見ていなかった。
人魚は人間になれるから、最終的な手段としてはマーマンは必要ない。
いや、人魚姫を産ませるための種魚としか見ていなかった。
ただ、この後の会話は怪魚さえも目を剥くものだった。
「ミハエル様が死ぬ筈がありません!人魚の肉を食べれば、どんなことが起きようが死ぬことはない。それは同じ立場のペネムエル様ならご存知の筈です!」
既にアミエルは隠すつもりがないらしい。
それにハーピーの軍団長オキュペテも、どうやら王家のお偉いさんらしいペネムエルも水疱に浮かぶマーマンの幼魚には興味がないのか、勝ちを確信しているからなのか、とんでもなく口が軽い。
「ミハエルは当然生きている。殺せと言う方が無理な話だ。だが、研究の結果、どうすれば無力化できるか分かってきたのだ。最初からミハエルは異分子だったからね。勿論、彼のみではなく、今後の為に研究を重ねていたんだが、ある位置で体を切り分けると、再生せずにそのまま力を失うことが分かったんだよ。無論、死んではいないがね。頭だけだというのに、話もできる。やはり我々の体は神に等しいというわけだ。」
ペネムエルという男は自身の首に指を当て、クネクネとミミズが這うような線を描くように動かした。
横一文字ではなく、あくまで何かの基準で切り分けるという意味なのだろう。
「それで力を失った……?」
「おっと喋りすぎたな。ま、いいか。お前はもう用済みだ————」
力なく崩れ落ちる元人魚に目を向けず、人面魚は奥歯を噛み締める。
そしておそらく殺されるであろう彼女を無視して、飼い主の元に向かおうとした。
だが。
「メンマ!アミエル先生を守って!!」
————彼の飼い主、金色の少女はそう言った。
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