第35話 定番トーク(下)

 伯爵の息子ジャスティンと人面魚の睨み合いが続く。

 それはそうだ。

 彼の最愛の妹の重大な秘密を口にされたのだ。


 絶対に知られてはならない秘密。


 だが……


『いや、だから小説この世界では、定番すぎるから面白みに欠けるんだっつーの。お前はイケメンで、妹は本当はアルビノ……まぁ、色素細胞がほとんどない状態で生まれたってこと。とにかく白い髪で赤い瞳。そして、ご要望の通りめちゃくちゃかなり可愛い。はぁ……、ロザリアはドストライクのヒロインだよ。んで、その妹を守ろうとする、お前の姿勢は主人公そのもの。羨ましすぎるっつー話だよ!』


 その言葉がロザリアの胸を打つ。

 ヒロインという言葉、それは御伽噺のお姫様のような存在で、見た目はアリアのような————


『いい、いい、いい、いい!そこいいから!ロザリアは勝手に心を動かすな!その展開も定番すぎるから!忌み子だと言われることを恐れて生きてきたこと、親戚からは不気味がられたりしたところまで、全部セットでお約束なんだから!んで、ここで「白い髪の方が綺麗じゃない?」ってアリアなら言うだろうし、そこの主人公ヅラの兄貴にも散々言われてきたんだろし?そこまでがセットで「お約束」なんだよ。』


 人面魚は「お約束」の感動までも許さない。

 だって、人面魚には恋をする資格がない。——鯉だけれども!!


「……お、お兄ちゃん?私は——」

「あぁ。悔しいが、ジーメンの言っている通り、お前は可愛い。美しい!この世の誰よりも俺はお前を愛している!!」

「え……、でもあの……、私……」


 ……でもそれは禁断の——


『ま、そりゃシスコンにもなるよなぁ、そんな可愛い妹がいたら。でも、そこ!禁断の愛とかも考えなくていいから!お前ら貴族は昔からそういうのやってたろ。だからこんだけの貴族の数で済んでんだろ。ってか、大体人間のルーツは限られてんだよ。』


 ——いや、流石にそこを許容するのはどうなのだろう。


 だがしかし、この小説せかいでは別!

 ファンタジー世界ならば、それさえも超えていける!


 ——そも、『自分が人面魚に転生した世界』に比べたら、そんなもの瑣末な問題だ。


「お前……一体何者?……いや、人面魚って書いてるもんな。それに……」

『でも、不合格だ……』

「は?」


 そう、人面魚さんはお怒りである。

 まだ険しい顔を止めてはいない。


『俺は怒りに震えている。白髪、灼眼の美少女設定をお前たちは汚している!だから今のままでは不合格だ。この意味、分かるな?』

「く……。分かって……しまう……」

「お、お兄ちゃん?」


 急速にジャスティンの心が変わっていく。

 いや、本当の心が表に出てきただけかもしれない。


「……アミエルが浴室にとっても高い洗髪剤を置いている筈だ。それに伯爵家クラスの魔法ならどうにかなるだろう?早く、妹の髪を元の綺麗な白い髪に戻してこい。あ、でも、この家にはアリアがいるから、絶対にあれだぞ。ちゃんとタオルとか巻けよ!そして……この家でのハレンチ行為は絶対厳禁だからな!』


 そう。

 せっかくのヒロイン枠を台無しにした罪は重い。

 かといって、他人の家で何かを始められても困る。

 アリアの教育によろしくない、————そんなことはさておき、二人の環境が人面魚には羨ましすぎる!


「で、でも……。私、その格好じゃ……」

「そ、そうだ。お前の言ったことは事実だ。でもそれは……」

『はぁ……。俺とアリアは侯爵位にまでのし上がらなければならない。ミハエルが待っているからな。……それにミハエルも何かを企んでいる。今から時代が動く、いや、動かさないといけない。お前らも、しがらみに囚われ続けても意味がないぞ。ってか、せっかく登場した美少女キャラだ。んで、ちゃんと白い髪に戻ったら、お前らもアリアの家来な。』

「ちょっといきなり何!?私たちは——」

「ロザリー。待て!……この人面魚さん、いや人面魚様の仰る通りだ。さぁ、今すぐ髪を洗い流そう。生まれたままの姿に戻るんだ!」

「ええ!?お、お兄ちゃん?目が怖いんだけど!っていうか、人面魚様は、私の心の感傷で遊ばないでよ。このキモメンマ!なんで、私がナヨナヨキャラになってるわけ!?——って、お兄ちゃん、そんなに引っ張らないで!」

「何を言う。人面魚様が仰ったことは全て正しい。さぁ、行こう、ロザリー!我が愛する妹よ!」


        □□□


 紫紺の髪の美女は頭を抱えていた。

 途中から何かを察し、アリアの耳を塞いだのは、人魚の勘というやつだろう。

 アミエルは魚人生まれなので、元々耳が良い。

 だから視力を奪われても、海で生きてきた時と同じように音の反射を利用して、目が見えていると変わらない動きをしている。

 だからこそ、数部屋挟んだ向こうから聞こえる、とんでもない会話に頭を抱えずにはいられなかった。


「あんた、どんだけ頭おかしいのよ。ってか、性格が完全変態だから進化しないんじゃないかしら。……結果的に伯爵の嫡子と長女を手懐けてるし。」

「えっと……。クレーベン先生。どういう意味ですか?それにこの状況って一体……?」


 メンマから合格のサインが来たことで、二人は応接室に入室していた。

 そして茶菓子やらお茶やらをテーブルに置くのだが、先ほどからお客様の様子がおかしい。

 まず、クラスメイトの赤毛の少女が赤毛ではなくなっている。

 だからまずは彼女に話しかける、——だが。


「ロザリアちゃん、すごく綺麗な髪————」

「アリアちゃん、それは『テイバン教』の教えの一ページ目に書いてあるから、大丈夫。それにえっと……、今までゴメン。」


 スッと手で制されて、しかも何故か謝られてしまった。

 では、彼女の兄に話を……


「えっと、初めまして。アリアです。ロザリアさんにはお世話に?」

「いや、いいよ。アリアちゃん。俺たちが間違っていた。この世界はメンマ様の仰る通り、狂っていた。そして俺たちもそれに惑わされていたんだ。なぁ、ロザリー?」

「ちょ、キモいって!それにさっき、私の——」

「キモくて正解なんだぞ、ロザリー。ですよね、教祖様!」

『そうだ。シスコンはアリだ!そして、お前の妹は間違いなくヒロインだ!』

「ちょっと教祖様!やめてよ!私のお兄ちゃんがおかしくなったじゃん!」


 ……だめだ。意味がわからない。


「ジャスティンくん、貴方、私を口説きに来たんじゃないの?」

「すみません、クレーベン様。その話は無かったことにしてください。我が父が歪んだ思想を持っていただけです。私にはそのような考え、微塵もございません。さぁ、早く!私たちを素晴らしき世界へお導きください!」


 それを受けて、アミエルは半眼で人面魚を睨む。


「ちょっと、どうなってるのよ。なんで、私がフラれてるていで話が進んでいるのよ!私、どうやってフってやろうかと、百フレーズくらい考えてたんだからね!!」


 怒りの矛先は人面魚へ、そして、人面魚は敢えてその怒りを受け流す。

 そして、目の前で発情しそうな兄に半眼を向けたまま、こう言った。


「元々、この二人が反政府的な思想を持っているって言ったのはアミエルだろ。んで、そうなった理由がこれだったってだけだよ。二人は二人で、ちゃんとヒーローとヒロインだったってことだ。」


 そして見事、政府関係者も手中に収めた。


 まさに順調そのもの……


 だが、事態は思わぬ方向へと向かおうとしていた。

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