第34話 定番トーク(上)

 『お二人同時にお入りください。人手不足により、お出迎えはできませんが、まずは————』


 ロザリア・デュローリーとジャスティン・デュローリーは前衛的なのか、ど素人剪定なのか分からない庭園を抜け、扉の前で立ち止まっていた。


「何これ。入って右手に面接官がいるので、まずは彼とお話しください……だって。」

「あー、これが噂の新種『ジーメン』ね。フィッシャーマン領では時々人面魚が網に引っかかるとか。で、こいつは唯一生きたまま、五年くらいの飼育に成功したケースらしい。」

「それくらい知ってるし。今、新たな知的生命体の発見か、それとも怨霊の仕業かって貴族院でも騒がれてるじゃない。この星にこれ以上、知的生命体は要らないんだけど?」

「そもそも怨霊ってのも怪しいしな。ただ……デリンジャー伯爵は、怨霊が乗り移ったモンスターに……殺されたって話……だぜ……」

「兄上、なんで怖い話風に言うわけ?あたし、そんな話信じないし!怖くなんかないし!」


 妹は腕をぐるぐると振り回して、兄の肩に拳を何度も下ろした。

 軽い力なので痛くはないがその代わり——『やはり俺の妹はかわいい!世界一かわいい!』という気持ちが心地よく刺激される。


「はは。あの領域が呪われた海って言われてるから冗談ってわけでもないが、今までに男爵の息子、子爵の息子、娘で合計七人が会ってて問題ないんだ。命の心配はない!それに何かあっても、このかっこいいお兄ちゃんがいるじゃん?」

「は?うざいんだけど?怖くないし!そ、それにお兄ちゃんよりクレーベン先生の方が頼りになるし!いや、この場合は怖いって意味じゃなくて、頼りになるって話なんだから!」


 毎回少しずつ話が違うとは思っていたが、今回は当たり回だ、来て良かった!と、兄は思った。

 正直言って、兄は年上の女に興味はない。

 いや、年下の女にだって興味はない。

 どうして近くに世界一可愛い女の子がいるのに、他の女のことが考えられようか!

 妹もぶつぶつと文句を言いながらも、服の裾を掴んでいる。


「ま、俺たちの親父は国防大臣だ。それを知ってて最初の伯爵家に選んだんだ。手荒な真似は……、いや、だから怨霊で脅すのかもしれない……」

「な、ななな、ななな……」


 そして勝利の扉をジャスティンは開けた。

 そこで二人とも目を剥いて立ち止まった。


「おいおい、マジかよ。」

「これ、国会で取り上げなくていいわけ?」


 最初に目に止まったのは、ガラス細工で出来た見事な人面魚のスタチュー。

 次に目に止まったのは見事な鳥の剥製と、狩りの時に使われたのだろう艶やかな弓。

 他にも胡蝶蘭やら花束やら。

 さらには果物から芋虫まで。


「男爵家、子爵家の名前入りだ。宛先はアリア・フィッシャーマン、アミエル・クレーベン様、それから……なんだ?神の魚?」

「私たちが来る前に来た下級貴族たちの名前ね。彼らが男爵の娘に贈呈したってことね。それって国家転覆罪的な奴?それかテロ防止法に触れる行為じゃない?」

「かもしれないが、クレーベン侯爵が関わっている以上、国会で取り上げるとしても、別の理由が必要だな。父上に報告しなければならない事実だけど……、まずは俺たちも会ってみようじゃないか。その神の魚ってやつにね。」



 調度品は誰が誰宛かはっきりと分かるが、それ以外はアミエル・クレーベン宛になっている。

 ——がしかし、そのほとんどはメンマ宛である。

 そしてそれは誰宛にすれば良いか迷った末、一番無難なクレーベン家が選ばれたというのが真実である。

 これらをどうするか、アミエルとメンマは話し合っていたが、気がつけばアリアが勝手に並べていた。

 玄関が寂しいとずっと思っていたかららしい。

 因みに、アリアのお気に入りはガラス細工。

 ここでもカシムはこっそりと失恋している。

 なんでキジの剥製を選んだのかと、メンマは恋愛下手同士のシンパシーを彼に感じていた。


 そして……


『よぉ。お前、男だな?っていうか、お前、自分が主人公みたいな顔してるな?』


 メンマの体には紐がくくりつけられ、そこに『面接官』という紙が入ったガラス容器がぶら下がっている。

 過去7回のお茶会の末に辿り着いた『メンマ面接官』の肩書きである。


 そしてどんなに覚悟を決めていても、喋る人面魚は不気味でしかない。

 だから、ロザリアは兄の背中に隠れて様子を伺っている。

 そんな妹を可愛いと思いつつも、ジャスティンも口角を引き攣らせている。


「お、おい。面接官。それはテストか?それとも単に質問か?」

『へぇ。そう答えるんだ。あれだな、お前、分かってないな。面接ってのはどうやら最初の7秒で決まるらしいぞ。』


 親がお偉いさんの為、彼らには必要のない知識かもしれない。

 けれど、今まで来た者は違うので、第一印象でいくなら彼らは不合格だった。


「あ、兄上……。こいつ、何者なの?」

「ロザリー、大丈夫だ。お兄ちゃんが話をつけてやる。面接官、いやジーメン。教えてやるよ。人間ってのはみんな自分が主人公って思ってて当然じゃんよ。っていうか、何のために生まれた的な話は中一くらいで済ませるもんだぜ?」


 誰もが自分中心で回っていると考えて良いべきだと、彼は言った。

 だが……


『違うっつーの。そういう一般論は要らないっつーの。後ろのはお前の妹か?妹なんだろ?』


 その言葉にロザリアは震え、ジャスティンはより一層妹を庇う。

 密着度は半端なく心地よいが、お兄ちゃん今やることは、妹に目を向ける怪魚を警戒をすることだ。

 しかも、人面魚の顔がずっと険しい。

 デュローリー兄妹に対して、明らかに怒っているように見える。


「それがどうした。妹はアリアの同級生だぞ。飼い主から何も聞かされていないんだな!」


 妹を守りたいという気持ちが彼のナンパな喋り方を変えさせる。


『チッ。本当に主人公みたいな喋り方だな。妹は可愛いもんなぁ。』

「あぁ。家族は愛するべきだろう!」


 今までこれほど険悪なムードにはなったことがない。

 だが、人面魚は憮然とした態度を止めようともしない。


『兄と妹、瞳の色が違っているな。それは——』

「関係ないだろ!ロザリアは瞳の色と髪の色がお揃いなんだ。俺よりもずっと血統が良いってことなんだよ!」


 話を遮ってまで、兄ジャスティンは妹には絶対に触れさせまいとする。

 だが……


『あー、もう。お前なぁ。それを何ていうか知っているか?』

「……家族や親戚には、シスターコンプレックスだと言われている。だが、それは————」

『違う!ど定番って言うんだよ!特にファンタジーものだとな。お前の妹、ロザリアって言うんだっけ?髪の色を染めてるんだろ。んで、どうせ白い髪の毛で生まれた魔女のようだとかで、それを隠して育ててきたんだろ?』


 その言葉にジャスティンは目を剥くと同時に牙を剥く。

 妹のロザリアはガタガタと震えて立ち尽くす。


「お前、どこでそれを!!」


 兄ジャスティンは水槽に詰め寄った。

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