第33話 お茶会ラッシュ
少年は本当は後ろの少女と仲良くしたかった。
でも……
「うるさい。噂になってる。お前は不正をして入学してきたらしいな。しかも学生寮までタダで借りて。お前と話してたら、せっかく良くしてくれているクラスメイトから同じような目を向けられる。」
あんなことを言った手前、どんな顔をしてよいのか分からなかった。
カシム・バードウォッチは彼女に憧れている。
同じ男爵の子供という立場なのに、彼女は堂々としていた。
あれだけ無視をされ続けてたら、自分なら学校に行きたくなくなる。
でも、ああするしかなかった。
……だから、どんな顔で行ったらいいんだ。
茶色い髪をくしゃっと掴みながら、文字通り頭を抱えている少年、彼も門扉に張られた文字を見て、一度足を止めている。
『本日のお客様——カシム・バードウォッチ様はどうぞお入りください。』
つまり一人で行かなければならない。
誰かの傘の下にいなければならなかった少年が、太陽のような少女に会いにいく。
しかもここは元デリンジャー伯爵の別荘。
遠い存在になってしまった彼女。
もしもあの時、ちゃんと話をしていれば、もっと違った生き方を知ることができたかもしれない。
「とにかく、謝ろう。それしか俺にできることはない。」
因みに少年が足を踏み入れた庭園は、乱雑ではあるが、リリルが訪ねた時よりはマシになっていた。
アリアが自分の感性を信じて、あれやこれやと整えているうちに完成した妙竹林な庭園も、彼には前衛的アートの世界に見える。
認めたくないと思っていた時期に見れば、田舎者が貴族の真似事をと思っただろう。
でも、今は憧れの異性になっている。
これはこれで素晴らしいとさえ思ってしまう。
『コンコン』
「カシムです!カシム・バードウォッチです!」
「どうぞ!空いてますよ。カシム君入って良いよー!」
明るい声、綺麗な声。
そんな彼女の家に行くだけで胸が弾む。
「失礼します!」
ならばと、明るく元気に入室する。
そして彼もリリルと同じコースを辿ることになる。
『おい。なんだ、男かよ。』
——な?
ただ、リリルの時と少し違うのは部屋の装飾が揃い始めていることだろう。
これは完全にアミエルの仕業だ。
彼女は何かにつけてアリアを買い物に行かせる。
そして、広くなったプールで好きなだけ泳ぐ。
さらには、殺風景ね、の一言でこの部屋にいろんな家具が運び込まれることになった。
なら、俺の食事の質をあげてくれと訴えたメンマだったが、『高級な芋虫』を投げ入れられた為、それ以上ツッコむのは控えている。
つまりはリリルの時ほどは不気味に映っていないし、何より前回の反省点から、彼の説明書きが、すぐに目に入るように工夫されている。
「お、男で悪かったな。お、お、お前はアリアのペットなんだろ?それだけで贅沢ってもんだぜ。このジーメン野郎!」
『言うねぇ、言うねぇ。ってかジーメンってなんだよ。ちょっと前まで俺のアリアを無視してくれてた奴がヨォ。』
……な!なんでそれを知っているんだよ!?あぁ、そうか。やっぱりアリア……、俺のことを……
「お、俺はその……。そんなつもりじゃなか——」
『ま、アリアはそんなこと気にするような奴じゃないから、気にすんな。それよりお前、実はそれなりに魔法が使えるだろ。もしくは体術に長けているか。それか……そうだな。弓を使えるとか、銃を扱えるとか。』
「……え?」
その言葉にカシムは目を剥いた。
……この人面魚、なんで知っている?
「そ、そうだよ。今じゃ廃れちまったけどな。一応バードウォッチ男爵家の伝統として弓術を習ってる。でも今は……」
『魔法があるから要らないって感じか。時代の流れだなぁ。ま、でも伝統が廃れるのは悲しいことだけどな。温故知新って言葉もあるだろ?』
本当に偉そうな口を聞く。
……そもそも、なんで俺に話しかけてくるんだよ!俺はアリアに会いに来たんだ!
『そうだな。可能性があるとすれば、必中の加護か、超視力の血統魔法か。どうだ?何か心当たりはないか?』
けれど、次第に背筋が凍り始める。
「視力の方だよ。でも……」
『バレたら学校で虐められる可能性もあるしなぁ。伯爵様や侯爵様よりも獲物がよく見えるなんて、絶対に口にできないからな。』
「そ、そうなんだよ。だって、上の人の言うことは絶対だ!上の人が先に気付いていないといけない……。そう教わったんだ。」
他の貴族に話したこともないことを次々に的中させる怪魚。
上の人より知っていてはいけない。
上級貴族にモノを教えてはいけない。
『よし、お前はアリアの子分決定だな。お前はあいつの頭上の敵を払ってやれ。』
「え?子分?」
「あー、カシム君!お待たせ!お茶とお菓子の準備できたよ!」
というところで、アリアが慌てて飛び出してきた。
そして少女は半眼で人面魚を睨む。
「メンマ。ちょっと調子に乗りすぎてない?これでも食べて大人しくしてて!」
黄金色の少女は『高級芋虫』を水槽に放り込んだ。
そして泣きながら、『俺は食べたくないのに!体が勝手に!』とか言っている人面魚を横目に、少女は笑顔で少年にお菓子を差し出した。
その笑顔が眩しすぎて少年は慌てて頭を下げた。
「ごめん!俺、あの時、アリアのこと何も分かってなくて!」
赤くなった顔を隠す、という勢いを使って謝ってしまった。
……なんて、男らしくないんだ、俺
そして追撃の一発が少女の口から解き放たれる。
「分かんないのは、私も一緒だよ?……なんか、あの王子様の手の上で転がされている気がするの!」
……王子……様?
この一撃で、カシムは勝手に失恋をした。
こんな輝かしい少女を王家が放っておくはずがない。
やはり、彼女こそ、この国の姫に相応しいと、勝手に考えた。
そして……
「カシム君?えと……、あんまりお菓子好きじゃないのかな?」
手が震えている少年を少女は気遣ってみた。
でも、それはある意味、決意の震え。
少年が自身の生まれた意味を知った瞬間でもある、——と、本人は大真面目に考えている。
「俺、アリアの子分になる。そして弓も頑張って、少しでも役に立てるようになる!」
□□□
そも、この二人は実験台だった。
アミエルとメンマの目論みは当然、上の貴族を招待すること。
でなければ、ミハエルには辿り着けない。
勿論、アリアはアリアでクラスの友達が増えていくことに喜びを感じている。
だから彼女も不満がないので、仲良しの二人組に全部丸投げしているだけだ。
学校は春夏秋冬に一ヶ月ずつ休みがあるので、一学期が二ヶ月という計算になる。
そして、その後も一週間に一人のペースで客人を呼ぶ彼と彼女。
アリアにとって、彼と彼女はもはや兄と姉のような存在だ。
ただ、メンマはアリアよりも四つも年下なのだから、そういう意味では弟の筈だ。
けれど多分、犬や猫のように一歳とか二歳で大人になるのと同じだろう、くらいにしか考えていない。
無論、その考え方は『マーマン』に置いても正しい、——だが結局のところ、その本質は誰にも分かっていない。
————当のメンマでさえ、分かっていない。
□□□
そして、ついに秋休みを前にして、伯爵家の御子息を招き入れることになる。
伯爵家とは即ち、この国の中枢である。
四人の侯爵が頂点に君臨していることは確かだが、国会議員の大臣の全てが伯爵である。
無論、デリンジャーのように大臣にならず、上手い部分だけを啜っている者もいる。
だが、伯爵家の子供を二人呼べば、一人は間違いなく大臣の親族である。
今回白羽の矢が立ったのは、なんと二人組。
一人はアリアのクラスメイトだが、もう一人は上級生、卒業間近の三年生をアミエルは呼んでいた。
「なんで私が男爵の娘に挨拶しなきゃいけないの?」
赤毛の少女はそう言った。
「まぁ、そう言いなさんなって。俺も着いていくし。そもそも親父に命令されたのは俺だしな。アミエル様を口説き落とせってね。」
同じく赤毛の青年がそう言った。
「ふーん。あの人、男嫌いで有名だけど?」
「そんなことは調べ済みさ。だから俺が直々に行くんだろ。俺が婿入りすれば、キングスフィールドの呪縛から解放される。デュローリー家が天下を取れるかもしれないじゃん?」
ロザリア・デュローリーとジャスティン・デュローリー、赤毛の兄妹が門扉の前で愚痴をこぼす。
『本日のお客様——ロザリア・デュローリー様、ジャスティン・デュローリー様はどうぞお入りください。』
既に噂が広まり始めている、旧・デリンジャー邸に颯爽と足を踏み入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます