第31話 不気味な洋館
金糸のような美しい髪を後ろで雑に結び、少しだけ残る幼さも魅惑の一つである芸術作品のような顔も手ぬぐいで覆われ、アミエルから貰った男爵にしては豪華すぎる服もハンガーに掛けっぱなしの少女、アリア。
彼女がやっていることは掃除である。
この家は一ヶ月以上放置されていた。
ただ一ヶ月放置していた以上にひどい状態になっていた。
中でも一番ひどいのは……
『F○CK YOU!!』とか『タヒね』とか書かれた部屋をどうするか。
ここは父親が地上最強生物の方の家ですか?と疑ってしまうほどにひどい落書きがされている。
アレと違うのは外ではなく内側からの落書きというところだが。
犯人は見当がつく。
アレほどのゲス野郎だ。
侍女達にどんなことをしていたのか、簡単に想像がつく。
それに金目のものが一切残されていないのも、彼女達の最後の嫌がらせだろう。
無論、それ以外にもあの伯爵を憎んでいた過去の生徒のものと思われる落書きも見受けられた。
結局、壁紙の貼り直しをするしか無かったのだが、そのお金がない。
「クレーベン家のお父様とお母様には申し訳ないと思っているの……」
だからアリアがやっている掃除は壁紙を貼り直さなかった部屋と、床の掃き掃除、拭き掃除その他諸々。
この家は経済を立て直した後にフィッシャーマン家が買い取ることが決定している。
今、この屋敷は呪われた屋敷というレッテルが貼られている。
デリンジャーの家族の数名は連座制で処刑をされた。
ただ、それは本当に数名で、あとは平民として元自領に戻っている。
レッテルが貼られたのはデリンジャー元伯爵の死に方について、侍女達が、と言っても大半は男爵の娘か子爵の娘であるが、彼女達があることないことを言いふらしたことが原因だ。
だから今、この豪邸を買い取るものはいない。
今が底値ということで、現在はクレーベン家が買い取っている。
そして、底値のままで、数年か十数年後かにフィッシャーマン家に売ることが決まっている。
どうしてそこまでしてくれるかというと、ミハエルの遊びだからだ。
不老不死の体を手にした今、数年とか十数年とか、あってないようなものだ。
そしてアリアの居住地は呪われた海の街から、一度、学校の監獄を経て、最終的に貴族街の一等地にある呪われた家に辿り着いたことになる。
『お金の話か?それとも実の子ではないということにか?』
「お金は問題ないわ。侯爵と伯爵ではそれほどに格が違うの。それに実の子でないことも問題ないと思っているの。あんたには言っていいと思うから言うけど、私の母は随分前に人間になった元人魚よ。あんたの言う、不可逆変化で人間になった。ずっと前の話らしいけどね。そして母が失ったのものが生殖能力だったということ。だから子供がずっとできないわけよね。でも、命の恐怖を感じなくて済むのだから、母は気にしていない。それに父は母にベタ惚れなわけで、やることはやっているから、幸せそうよ。そしてその後、名目上は公爵家からの養子として私がクレーベン家にやってきた。来た時の私は人間でいう8歳くらいだったけど、それでも歓迎されたわ。それに私もすごく幸せ。」
アミエルには働かせられないと、アリアは一人で掃除をしている。
勿論、身体能力もお化けなので、みるみる部屋がきれいになっていく。
そして、その分、水槽に埃が落ちてくるのだが……
『ん。それじゃあ、何も問題ないじゃん。その感じだと、アミエルの母さんはかなり前に人間になったって感じだし、人魚の美貌で旦那さんはメロメロ。そして子ができないと嘆いていたところに、良いところの可愛らしい女の子がやってきた。旦那さん、最高じゃねぇか。』
「なんであんたはうちのパパ目線なのよ。問題は親戚よ。どこかの誰かさんのせいで、私は男アレルギーになってるの!ま、トラウマの追い討ちはシマ・エヨから出る白いモヤモヤだから、その点だけは許してあげる。」
実際、彼の行動は『おぎゃりたい』、つまりは彼女の胸の先端で吸啜行動をしたいと考えていたのだから、その点に関して、メンマには弁解の余地が残されていない。
しかもあろうことか人間の見た目でいう8歳の女児に突進したことになる。
だからおそらくは彼女の近くにいた人魚に突進したのだから、彼女はただ悲鳴を上げただけ。
いや、そもそも女湯に突進したのだから、大問題ではある。
という感じで、言い訳すればするほどドツボにハマるので、これ以上の抵抗はしない。
『でも、お前はミハエル————』
「はい、禁則事項!私のことは良いから、あんたは私の言う通り行動するのよ。それでようやくチャラなんだからね。」
『へいへい』
「あの……、先生とメンマって、なんか仲、良いですよね?」
どうやらアリアの掃除も終わったらしい。
そして気を使いながら、上目遣いで先生にお伺いを立てている——だが。
「仲良いわけないでしょ!男は全員死ねば良いのよ!」
「仲良いわけないだろ。俺、一ヶ月間、殺され掛けたんだぞ!」
とは言うが、アリアはちょっぴり複雑な気分だった。
ただそれは、「飼い犬が別の人に懐いてしまった」的な感情に過ぎない。
流石に人面魚と恋に落ちるほど、アリアのストライクゾーンは広くない。
メンマを恋愛のストライクゾーンに入れるには、広大な宇宙レベルの広さのストライクゾーンが必要だろう。
——そして、地獄のお茶会劇が始まる。
□□□
これから始まるクラスメイトとの交流を前に、一つの前提条件を説明する必要がある。
この惑星は九割が海で出来ている。
しかも陸地と呼べるものの大半は岩山である。
だから人間が生活できる面積が非常に少ない。
エルセイラム王国は、地球レベルで考えると小さな島国でしかない。
ただ、それ以上に大きな大陸がないのだから、ここがこの惑星最大の大陸である。
勿論、他種族が文明を築いている世界なので、国はここ以外にもあるが、今は必要のない情報だろう。
重要なのは領地がかなり少ないということだ。
だから貴族法では多産を禁止しているし、第二、第三夫人など、一夫多妻制も禁止している。
因みに、爵位は原則男性のみ与えられるものであるため、婿養子を取ることが多い。
これらは侯爵以下の貴族院で決定したものであり、王族や公爵家は関与していない。
自己の保身に走った結果、生まれた縛りであり、一般的な貴族の家庭では、子供は多くて四人くらいである。
無論、デリンジャーなどは平民落ちする子をたくさん産ませたかもしれないが、一般的には皆、貴族法に従っている。
子供を多く作って、多くの貴族と姻戚関係を結ぶ、ハプスブルグ家のような貴族はいない。
——というのが、エルセイラム王国の貴族学校が一学年に一クラスしかない理由である。
□□□
緑の髪の少女は一人、手土産を持って佇んでいた。
彼女の名前はリリル・グラスホッパー、——アリアの右隣の少女である。
リリル・グラスホッパーはワロス・グラスホッパー子爵の娘で、グラスポッパー子爵家は、直近で言えば、フィロルド伯爵の親戚である。
さらに二百年以上前を遡れば、クレーベン家まで辿り着く。
ある意味で、由緒正しい彼女がクレーベン家の娘のアミエル、さらには担任に逆らえる筈もない。
だから今、不気味な洋館の前に立っている。
「デリンジャー大罪人はフィロルド様の従兄弟、だから一度だけ来たことはあるけれど……」
あの時でさえ嫌だったのだ。
伯爵は耐え難いほどの女好きだった。
だから一度しか訪ねなかったのだろうと、今ならば分かる。
そして、ただでさえそんな過去がある洋館が、今では呪われた館と言われるようになった。
尾鰭が付いた話だとは思うが、彼によって自殺に追い込まれた女達が、亡霊となってモンスターを暴走させたと言われている。
本来なら庭師が手入れするはずの庭園も伸び放題で、枝葉が人の手に見える。
ただ、今は自分の席の左隣の少女がここを借りているらしい。
男爵の娘なのに、大豪邸なんて羨ましい。
——でも、この家は羨ましくない。
「あと……、ちゃんと謝らないと。私、伯爵が怖くてずっと無視し続けてきた……」
敷地の門扉に鍵はかかっていなかった。
ただ、そこに
『本日のお客様——リリル・グラスホッパー様はどうぞお入りください。』
と書かれていた。
人手が足りないのと、雇うお金がないのだろうけれど、何故か足を踏み入れるのが怖い。
まるで、タチの悪いホラー映画のようだった。
そして……
「リリルさん!ようこそ!」
と、扉が開き、明るい笑顔の少女が出迎えてくれた。
そして彼女の後を追い、応接室へ通される。
すると……
「こんにちはリリルちゃん。今日の私はメイド役だから、無礼講でいいですよ?」
……え?せ、先生がメイド役?……ど、ど、ど、どうしよう。私、そんなの聞いていないけど
「では、お茶とお菓子をご準備いたしますので、リリルちゃんはそこで観賞魚でも見ながら、ゆっくりとくつろいでくださいね。」
そして先生と生徒はいなくなった。
だだっぴろい部屋。
もしかしたら壁を破ったのかもしれない。
それくらい家の大きさと比べてバランスの悪い応接室。
でも、その理由は分かる。
そうしなければ、この巨大なアクアリウムを置けなかったからだ。
そのアクアリウムは不気味な色で照らされており、殺風景な空間がただ広がっているように思えた。
だから、アクアリウムと呼ぶよりは、巨大なただの水槽と呼ぶ方が正しいのかもしれない。
——そこでリリルは信じられないものを見た。
ぬるりと大きな魚がおまけ程度の岩の裏から現れたのだ。
見た目も不気味そのもの——これが世に聞く人面魚。
呪われた海で死んだ人面魚が大量に網にひっかかったこともあると聞いたことがある。
噂では海で溺れ死んだ人の怨念が、魚に宿って……
けれどそれだけ。
本来ならば、それだけの筈だ。
——だが
『よう。お前は……女……だな。名前はなんて言うんだ?』
そして、緑髪の少女は目を剥いて、こう言った。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ、お、お化けぇぇぇぇぇ!!」
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