第30話 アリア、学校に戻る

 金髪の少女は夏休みだというのに全く日に焼けていなかった。

 人生で、ここまで頭を使ったのは初めてだった、それは間違いない。

 家に帰ると父と母、そして兄二人が本当に頭を抱えていた。

 メンマが教えてくれた『ひっ算』や『円周率を使った計算』や『面積、体積の計算』、さらには各地の特産物と土地の特色の情報がなければ、何も始まらなかっただろう。

 さらに水源の確保が有耶無耶になっていたことも驚きだった。


「それに領民を班ごとに分けて、連帯責任にさせるかぁ……、私には思いつかないかも。なんでお魚さんなのに、そこまで詳しいのかな。実装してる情報はどこから実装したんだろ。」


 何より実家に戻ったことで魔法が使えたことも大きい。

 キングスフィールドを抜けたことで、パッションで魔法を使うという意味がなんとなく理解できた。

 土魔法、水魔法を応用することで治水事業も円滑に行えた。

 治水事業で、何より重宝したのが『数百年前の治水事業跡地』の情報だった。

 メンマは「過去の国民の方が真面目に大地と向き合っていた」と言っていたが、まさにその通りだった。

 それを掘り出すだけであっという間に理想的な区画整理が行えた。

 埋め立てられていた理由は禁則事項に触れるらしく、住民に説明することが出来なかった。

 これが二人の兄が受けていた制約というヤツだろう。


「分からなかったことといえば、メンマが成長し損ねた時の気持ちくらいかな。家に誰もいなかった時に私が突然リーベス兄さんの部屋を開けた時のお兄さんの気持ち……。何回聞いても、開ける時は絶対にノックをしてくれ、としか答えてくれなかったし。」


 可憐な少女にそんなことを吹き込む『ど畜生』、彼が待つ学生寮へとアリアは向かう。

 実はまだ一週間も休みが残っているのだが、『侯爵様の娘にペットの飼育を任せたこと』をうっかり口にしてしまい、家族から強制送還を命じられている。


 あれだけ計算しろ計算しろと頼んできたクセに追い出すようにして馬車に乗せられたのだ。

 しかもお返しできる物が何もないことから、『一週間、侯爵令嬢様の頼みをなんでも聞け』と言われている。


「さて、トーマスさんも帰ってくれたことだし、久々のメンマとの対面かな。えと、鍵は……、あれ、開いてる。アミエル先生、来ているのかな。先せ……い?」


 少女が見た者は残念ながら、人魚になった教師ではなく……人間の姿の狂師だった。


「お帰り、アリアちゃん。今ね、楽しい遊びをやっているの!私、アリアちゃんに世話を頼まれていたでしょ?……豚の。」


 ——ん?


 メンマが見たこともないような鋭い歯を持つ魚から必死で逃げ回っていた。


「この豚、運動不足だったでしょう?だからね、遊ばせてるの。ほらほら、楽しそうに泳いでるでしょ?」


 ——え?


 楽しそうには、——全然見えない。


「アリア!良いところに!早く、この女を止めてくれ!」


 ——は?


 今、喋った?


「メ、メンマ?……えと、なんで?」

「この女は大丈夫な奴だ!ほら、ミハエルと繋がっているってことはそういうことだ!」

「アリアちゃん、豚が鳴いているわね。楽しい、楽しいって言ってるのよね?」


 ——ま?


 新任の教師が見たこともないソファに座り、ワイングラスを片手に魚を投げ入れている。

 そしてピンポン玉の如く逃げ回る人面魚。


「アリア!マジで、マジで!この女をなんとかしてくれ!」

「ほら、飼い主さんに良いとこ見せなさい、メンマ。」


 実家は実家で地獄のような環境だったが、こっちはこっちで地獄絵図だった。


「あの、あの、先生?」

「なぁに?アリアちゃん。これは彼の為でもあるのよ?進化しない彼の為の特訓なのだから。」


 その言葉でついにアリアは目を剥いた。


「言ったろ!こいつは大丈夫だけど、めっちゃキレられてんの!」

「それは貴方のせいでしょ?」


 ただ、アリアはとても良い子なので……


「メンマ、ごめん!あたし、家族から一週間、クレーベン先生の頼みを全部聞けって言われているの!」

「あら!アリアちゃんは本当に良い子ね。ちゃんと飼い主に似なきゃダメじゃない、メンマ。」


 一応、状況を説明しておくと、あの件以来、この騒ぎは続いている。

 そして魚人族はとにかく耳が良い。

 だから、こんな大騒ぎの中でもアリアが帰ってくる音にも気が付いていた。

 

 ──そして喧嘩中にも関わらず、暗黙の了解で、アミエルが人魚ということは伏せている。


 アミエルも実はミハエルにさえ、人面魚が魚人の幼魚ということだけは言っていない。


 それこそが立場は違えども魚人の未来を守りたいという、二人の願いだった。


「そういえば、アリアちゃん?私、考えたの!彼が大人になれなかったのは、引き籠もってたからなんじゃない?」


 と申されましても……というアリア。

 だからアミエルは更に続ける。


「私が校長には説明しておくから、もっと大きな家に住みなさい。そして、もっと他の生徒達と交流を持つの。貴女ならきっと気に入られるわ。そうすればフィッシャーマン家の爵位を上げる近道になる筈。」


 その藍色髪の美女の後頭部には人面魚のジト目が突き刺さっている。

 何を企んでいる、と?──いや、こいつもっと大きな水槽で泳ぎたいだけだろと?──いやいや、もっと壮大なことを考えてやがるなと半眼で睨んでいる。


「で、でも私のお父さんの家は……」

「大丈夫よ。少し前に空き家が出来たから。伯爵の家がちょうど空いているの!一週間、私の頼みを聞いてくれるのでしょう?なら、その一週間で伯爵の大邸宅にお引っ越ししましょ!」


 つまりこれから先、アリアは他の貴族と交流を持つ。

 いや、侯爵の力で無理やり持たされる。

 そして、そこにいるのは人面魚だ。


 ……こいつ!俺が進化できないのを良いことに、人面魚と魚人が別個体だとアピールするつもりか!?ってことは、俺はますますロールプレイが求められることに!


 そしてアリアは二人の魚人の策略で、貴族街道を歩くことになった。

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