第29話 解けた誤解と運命の再会

 ボディスーツ着用の藍色の髪の人魚と人面魚が睨み合っていた。


 理由はメンマが中間体になったことを信じてもらえないからだ。


「次はどんな屁理屈を並べるのかしら?」


 元々、彼女だって人魚、人間の不可逆変化を可逆変化に変えているのだ。

 とやかく言われる筋合いはない。


「屁理屈というか、まず俺が水槽で飼われ始めた時期。それをどうにか調べてくれたら少なくとも俺が四年以上前からこの地にいることが分かる。」

「え、めんどくさいじゃない。今すぐ分かることにしなさいよ。それにその人面魚が今どこかに隠れ住んでいるマーマンで、あんたは関係ないかもしれない。」


 なるほど、確かによく分かった。

 マーマンとマーメイドは本能的に犬猿の仲なのだ。

 全然、相手を理解しようとしていない。


「んじゃあ、俺の知識はどうする?俺の記憶。例えばマーマン族の族長の名前とか。お前は五年前にマーメイド族が襲撃があったことは知っているよな。族長はその時、勇ましく戦って死んだ。だから俺が——」

「族長の名前くらい、普通に分かるでしょ。それにその時、私は既に王家と接触していたから、伝聞でしか知らないわ。」


 絶対に許さないレディになっている彼女をどう説得するか。


「んー。分かった。確かに族長の名前程度ではダメだな。有名すぎる。んじゃあ、これはどうだ。族長は自分のアレを大雷鉄ビッグサンダーマグナムと呼んでいた。そして同じく討ち死にされたゼパム隊長は自分のアレを火山大噴火ファイアーマウンテンと呼んでいた————って、痛っ!!」


 その瞬間、衝撃が走った。

 そして、メンマの体は水槽内をピンポン球のように跳ね回る。


 ……痛ぁ!本気の蹴りじゃん!ゼペの時は幼体だったから良かったけれども!


「あんたバカなの!?なんでその話が出てくんのよ!ほんっとエロガキね。しかもそれ、マーメイド界じゃ有名すぎるから。マーマンって大人になってもエロガキのやつがいるってね。」


 なるほど、有名だったらしい。

 いや、有名だからこそ、それが証拠だと思うのだが……

 ただ、今の蹴りで、実は自体は好転する。


 蹴られた衝撃と壁にぶつかった衝撃で、水中にキラキラとしたものが浮遊した。


「あ、これか。痛かったけれど、運が良ければ証明できるかも……。」


 メンマはヒリヒリする痛みを我慢して、なるべく水流を起こさないようにアミエルの前まで戻ってきた。

 彼女は怒り心頭状態である、がしかしここにキラキラと輝くもの。


 決して、それがロマンチックだからというわけではないが、これはメンマの鱗だ。


「今の衝撃で俺の鱗が剥がれたぞ。」

「そのようね、汚くて触れないわ。」

「汚くはねぇよ!ちゃんとアリアに洗ってもらってるし……」


 その言葉に何かを想像したアミエルは、半眼で人面魚を睨みつけた。

 だが、その先は言わせない。

 エロいかエロくないか論争になってしまうと、絶対にエロいが勝ってしまう。


「あの王子様がどこから見ていたのかは知らないが、デリンジャーって奴の爆破魔法を背中で受けた。だから、もしかしたらあの山に残っているかもしれない。この意味、分かるよな?」


 彼女が言った言葉を使って言い返す。

 プライドの高そうな彼女のことだ。

 流石に分からないとは言わない。


 マーマンの鱗の紋様は一人一人特有である。

 だから長はヨークサックが取れた時期に鱗を一枚採取する。

 後に何かあった時に、個人の証明になるからだ。

 特に戦死が絶えないマーマンにおいて、鱗は戦場のドッグタグのような使われ方がされる。


 ……もしくは形見。ゼペの鱗は今も大切に尾鰭の中にしまっている。


 因みに、ほとんど例がないが、犯行現場に鱗が落ちていたら、100%有罪が確定する。

 親子でも似ていることは似ているが、100%の一致はない。

 しかもマーマンの数は今現在、激減している。

 つまり偶然に偶然が重なっても、同じ鱗紋にはならない。

 

「そ、それは確かにそうだ。私たちもマーメイドも同じ。それに言っておくが、私たちも一応マーマン族に感謝をしないわけではない。私たちの為に死んでいったマーマンを弔う意志はある……。だから、マーマンの族長からマーメイドの族長アメリア様に手渡されている。そ、そういえば、風の噂でアメリア族長もお隠れになったと聞いた。それは本当か?」


 その言葉にメンマは力無く頷いた。

 首がないので体ごと傾けることになるが、水の中で良かったと思う。

 今でも悔し涙が止まらない。

 半数以上が助かったとはいえ、親友を失い、友を失い、族長をも失った『ゼバリアスの乱』


「あぁ。あいつだけは絶対に生かしておかない。だから俺はここに……」

「そう……か。私も罪悪感がないわけじゃないのよ。だから私は人間に匿ってもらえるようにミハエル様にお願いをしているの。」

「でも、王家は一枚岩じゃない……か。」


 なんとなく、しんみりしてしまった。

 いや、単純に日が傾いたからかもしれない。

 それにこの空気をなんとかしたいのもあった。


「あ、あのさ。多分山に行くと鱗が落ちてると思うから、それは明日ってことにして、とりあえず外に出てヒーター炊いてくれる?ちょっと冷えてきたからさ。」

「そうね。アリアちゃんに頼まれているものね。それに私は人間に戻ると目が悪くなるから、今から行っても探せないから、また明日かしら。……っていうか、まだ信用していないんだから、逃げないでよね。んじゃ、ここに『貴重なタンパク源』を置いとくからね。大好物でしょ?」


 そして、彼女は水槽から出ていった。


「ちょっとこっち見ないでくれる?衝立越しでも信用にならないわ。」

「ちょ、何がだよ!」

「いいからあっち向いて!」


 と、言われて後ろを向くと何やら後ろから光を照らされた。


 ……いや、多分あれ、変身シーン的な感じでチラッと裸が見えるやつだ。


 なんて、ポカーンと天井を見上げてみたら、そこに芋虫が数匹浮いていた。


「って、俺が求めているのはこれじゃない!ってか、ガチのシー○ンじゃねぇか!!」


 と、後ろを向いた時には既に彼女はいなかった。

 そしてメンマは仕方なく芋虫を食べるのだが、これがとても苦痛なのだ。

 何が苦痛か——それは涎が止まらないこと、さらには美味しく食べてしまうことだったりする。

  

 ……心は嫌がっているのに、体が幸せを感じてしまう。——……屈辱的だ。



 そしてメンマは当然逃げる理由もなく、次の日の朝を迎えた。

 実は『ゼバリアスの乱』の夢を見てしまったので、気分が大分重い。


「あんなの読めるかっつーんだよ。でも……、この幼体のままじゃ、俺は……」


 少しの間、呆けていようと思った。

 でも、想像以上の早さで部屋の鍵が開けられた。

 そして、想像以上の速さでアミエルが水槽に飛び込んできた。


「どういうことよ!本当に同じじゃない!!」

「……いや、だからそうだって言ってるし。っていうか、なんでこんなに早いんだよ。お前、視力をほとんど失ってんだろ?」

「どうもこうもないわよ。よく考えたらあの事件をもみ消したのってミハエル様だったのよ。だから当然、鱗が見つかっちゃいけないわけでしょ?ミハエル様に聞いたら普通に持ってたわよ。やはりミハエル様。さすミハね!」


 そこでハタとメンマも思い出した。

 アリアが自分達の痕跡が全くなかったと言っていたのだ。


「あ、そうか。さすミハは知らないけど、お前は侯爵家だから会えるわけか。ってことは男爵から侯爵に上る必要があるのか……」

「っていうか、貴方、何者なの?その年齢でも成長しない。しかもツノもない。ちゃんと見た目も聞いてきたわ。手も足も生えてて、尻尾はそのまま残ってたって。それってもうマーマンの最終段階よね?絶対にありえないわ。」


 最終段階まで来ていたらしい。

 自分の体を俯瞰できないので分からなかった。

 なら、腕や脚もしっかりと存在したのだろうし、骨もしっかりしていたということ。

 それ、何処行った?

 なんならアミエルの変化の方が簡単そうに思える。


「いや、俺もあり得ないとは思っているんだけど。……やっぱ俺って本当に呪われた人面魚なのかもしれない。」


 そういえば呪われた海で拾われたのだ。

 これはやはり……畜生道ということ。


 言われてみれば、その通りだ。

 どうして二足歩行の知的生命体に生まれ変われると思っていた?

 どうしてマーマンに転生したんだと後悔していた?

 

 ……よく考えたらマーマンってアミエルみたいな人魚とカップリングする存在じゃん!人魚最高じゃん!!


 ————つまりこれは本当の地獄道


 どれだけ欲情したって、雄々しい触角オレノチン・ポーンをどうこう出来ることもない。

 目の前にいるボディスーツを着た人魚を見て、その中身を想像して快楽物質を出す何かが出来るわけでもない!


 ————つまりこれは生殺し地獄道


「だ、大丈夫よ。その……、歯の生え変わりだって個人差あるし!」

「あ、あぁ。数年くらいな……、でも俺、厳密には三ヶ月以上彷徨ってるから、もしかしたら9年くらい、この体のままだったかもしれないけれど。これも個人差かなぁ?」


 普通は生後2年で中間体くらいになる。

 そもそも幼体のままで大海原は生き残れない。

 だから寿命に比べ、成人するのが早いのもマーマンの特徴なのだ。


「メンマ君、あれだよ!人にはそれぞれ不幸があるってだけだから!例えば、私!私がオス嫌いになったのは、今から8年半前、忘れもしない事件があったからなの。私、初めての温泉デビューの日に、ちびっこいオスマーマンに襲われそうになったの!それ以来、私は……」

「あぁ、そうか。確かにその頃から俺の不幸は始まっていた。そこで俺は……」


「悲鳴を上げて、気絶したのよ!」

「悲鳴を上げられて、気絶したんだ……」


(おやおや、どうやら二人とも同じことを考えていますね。そして偶然にも、同じ時期に似たような経験をしていたようですね。オスの人面魚とメスの人魚が今、会話をしています。何か起きるかもしれませんね。声をかけず、しばらく様子を見てみましょう。)


 メンマの脳内擬似ナレーションがそう告げた。


「ちちちち、違うんだぁ!あれは誤解なんだ!」

「あんたぁぁぁ!あんただったのねぇぇぇ!私の人生の一番のトラウマを作ったくせに、何が誤解よ!このど畜生野郎!!」

「痛い!痛い!痛い!鱗を毟らないで!!ここであの話が繋がるなんで思ってなかったんだよぉぉ!」


(せっかくキレイな人魚に出会えたのに、どうやらフられてしまったみたいですね。人面魚は完全変態生物なのですが、彼の行為も完全変態で間違いなさそうですね。自業自得です。)


 ……心のナレーションまでもが俺を追い詰めていく。

 

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