第26話 夏の夜の夢

「お、だいぶ魔法が使えるようになったんじゃねぇか?ま、エースの俺と一緒に特訓してんだ。お前ならやれると思ってたよ。」


 いつもの如く上から目線のちょっとだけ先輩のゼペ。

 彼の言葉を半眼になりながら聞くリューヘー。


 ……お前もまだ幼魚だろ。なんで幼魚なのにエースなんだよ。あれか?ここは子供も戦場に送る宇宙世紀ものの世界か?


 ただ、確かに今日の特訓は気合が入っていた。

 それはゼペだけではない。シュンもナスも同じだった。

 いや、この人面魚集団全員に言えることだった。


「魔法はパッション。正直、意味が分からないけどな。もっとこう……理論的な何かはないのか?」

「リューヘー、そういうのは無しって言ったろ?人間はあれやこれやと理屈をこねるらしいが、お前はそれと同じだな。あれだぞ、そういうのエアプって言うんだぜ。」


 ……言わねぇよ!俺がちょっと前に使った言葉を使いたかっただけだろ、こいつ。


「おし。そろそろ大魔法にも挑戦できそうだな。リューヘー、継続は力なりってな。毎日やってると変化に気付きにくいもんだが、結局一歩ずつ前に進むのが一番近道だってことだな。」


 ……確かに。最初は魔法のまの字も意味が分からなかったのに、今は魔法が使える。理屈じゃないってのもあながち間違いじゃないのか?


 魔法には小魔法、中魔法、大魔法、極大魔法というカテゴリーがあるらしい。

 そして小魔法から順番に練習していく。

 しかも稚魚のうちから練習する方が良いらしい。

 それも習うより慣れろと言っているようなものだ。


 ……つまり、言語野が影響している?——なんて考えるのも野暮なんだろうな。にしても、今日はみんな元気はつらつだな。笑顔も多いし、なんか良いことでもあったのか?


 ——そう。リューヘーはコロッと忘れていた。


 そして。


「しーっ!まだだ。まだ、兵隊イカがうろついている。」

「マジ、あいつか!?」


 因みに、基礎練の後は、行軍演習が入っていた。

 いつもよりかなり遠くまで行くのだという。


 幼魚だけで大丈夫なのだろうか——とリューヘーが思っていたら、足が生えた奴らも演習に参加してきた。


 ……ん?さらには手まで生え始めたやつ?——なるほど、今日のは全体演習だったのか。だから遠出をね。


「リューヘー、今だ!仲間を連れて地点Bまで進め!」

「お、おう。なんかさっきと違うやる気を感じるな。みんなやる時はやるって感じか。」


 いつかあのダイオウイカとも戦ってみたいが、あいつはマーメイド族の家来らしい。

 だから戦うということは、マーメイド側には攻撃の意志と受け止められるらしい。

 残念ながら、あの捨て台詞は要らなかったということだ。


「おし。ついたぞ!」

「よくやった。じゃ、俺達も行くぞ。」


 音に指向性を持たせる。そしてゼペの耳にだけ届かせる。

 これもずいぶん慣れたものだ。

 ゼペも真剣な顔で、まるで敵地に行くような顔で地点Aに進軍した。


 

 ——今日という日が、何の日か。同じような毎日が続きすぎて、彼は忘れていた。


 

 ————今日はリューヘーとゼペが出会ってちょうど三年なのだ。



 つまり、ゼペに言わせると、今日が『リューヘーの誕生日』らしい。


 本当は三ヶ月くらい彷徨っていたので、その日ではないのだが、流石にそこをツッコむのは無粋な気がした。


「誕生日に訓練……か。まぁ、いつ攻められるか分からないんだ。今は関係ないよな。」


 誕生日会イベントはない。

 でも、ゼペに「今日はお前の誕生日だぞ」と、言われただけでも嬉しかった。

 そんな感じで、ちょっとだけ感傷に耽るリューヘー


 だが、今は実戦訓練中————しかも掻い潜る相手はあの魔法が使える大イカだ。


 今日の訓練テーマは『隠密行動で敵のアジトを確保』するというもの。

 まるで特殊部隊のようだし、ちょっとカッコ良い。


 ……人間を仮想敵にしているんだ、確かにこれをやられたら堪らないな。海辺の街なんてあっという間に制圧できそうだ。


 そして、ゼペから特殊暗号のモールス信号が飛んでくる。


 『3分・で・すませ』


「……3分で済ませ、か。拠点制圧を三分以内にしろってか」


 ……なるほど確かに。制圧できるならスピーディにってことか。


 するとシュンがやってきて、こう言った。

 

「今日は記念すべき日ですよね。だから途中までは僕が先行しますが、最終地点にはリューヘーが一番乗りしてください。仲間もすぐに追いつきます。そしてみんなで必ず、3分、いや1分で済ませてみせます!」


 いつも温厚なシュンも今日はやる気をみなぎらせている。

 何か分からないが、リューヘーにも気合が入る。


 そして、ゼペの雄々しい触角オレノチン・ポーンがクイッと前に折れ曲がった。


 ——あれは、ゼペ司令官がゴーサインを出したということ


 (ゴーゴーゴーゴー!) 

 

 今日は海水の温度が高く、波も全くない。

 だから体もよく動く!


 リューヘーも本当の戦モードで疾走する。

 ブリーフィングで決められた地点Mに向かう。

 流線型ボディを使って高速で、しかも音を一切立てず、地点確保を達成した。

 完璧な移動だった。


 ……そか。今日は『凪の日』か。だから陽光が暖かいし、波もないから、皆の動きが良いのか。

 

 満月の日に本能的に攻撃的になる——なんて設定があるのかもしれない。


 ……いや、待てよ。確かに俺のとゼペがあった日も『凪の日』?


 ——そう、凪の日!


 ——リューヘーとゼペが出会ったあの日。



 そして……


 その先に広がっていた光景に、彼は目を剥いた。



 ——唖然である。



 ————いや、圧巻である。



 「つまりあの日と同じ。場所も同じ。マーメイドの入浴場……だと……!?」



 ……え、待て待て待て待て!ちょっと待て!ももももも、もしかして、今日、みんなの気合が入っていたのって、全てはこの為?


 考えるより先に、リューヘーは圧巻としか言えない光景に、目を剥いた。


 ——いつの間にか行軍に来ていた若者全員が、自分の周りに集結していたのだ。


 無論、海藻などに隠れてもいる。


 ————そして、


 一方向を見ながら、二本の雄々しい触覚オレノチン・ポーンが、まるで忍者の手のように動く。

 今から忍法なんとかの術!と言わんばかりに二本の触手が印を結ぶようにクネクネと動く。


 彼らの視線の先は勿論——マーメイドのお姉さんたちの入浴場


 リューヘーもつい、見入ってしまう。


 ————本当に美しい生物、マーメイド。


 ……そしてなぜか絶対に大切なところから離れないご都合主義の髪の毛。



 『————ゼペさん、俺、そろそろ○ケます!』


 ……おい、ちょっと待て。


 文字にできない言葉が、全員からほぼ同時に発せられた。


 まさにジャスト一分だった。


 ——そして、恍惚とした表情の人面魚たち。


 ————全員の雄々しい触覚から一斉に白い煙幕が噴射された


「リューヘー、おめでとう!」

「3歳のお誕生日、おめでとう!」

「おめでとう!」

「おめでとうな!」

「おめでとうございます!」

「リューヘー、俺からも言わせてくれ。おめでとう。サプライズしてくれたか?……ま、言わなくても分かる。感動で言葉を失ったって顔だな。因みに、これが俺たちマーマン流の誕生日祝いだぜ。」


 そう。

 これはまさに誕生日会でお友達がこっそりと用意して、祝われるべき者に向けて破裂させるクラッカー……


「——じゃねぇよ!何、俺にぶっかけてんだよ!!てか、俺を覗きに参加させるな!」

「リューヘー、照れんな。まだ任務は終わってない。この煙幕に紛れて撤退までが、本日のミッションだ。下手したら殺されるぞ!」


 そして人面魚達は、元気はつらつさを失った顔で——何かを悟り切った顔で、回避運動をしながら撤退を始めた。


「賢者モード入ってんなよ!ってか、



 ————こんな誕生日クラッカーは絶対に嫌だぁぁぁぁ!!」



        □□□


 『コンコン』

 『コンコン』

 『コンコン』


 連続して叩かれる音でメンマは目を覚ました。

 因みに最悪の目覚めだった。


「俺にかけるなぁ!!……ハッ!!よりにもよって、あの時の夢を見てたのかよ……。ま、あの中の半数は死んじまったんだけどな。」


 気持ち悪さと切なさが彼の心をキュッと締める。


「いや、気持ち悪さが勝つよな。今考えたら、触手忍法が使えない俺には、白子煙幕の術が使えねぇっつーの。俺以外が気持ち良いイベントってなんだよ!」


 『カチ、ガチャ!』


 その瞬間、メンマは夢の中の仲間達の表情、賢者モード人面魚のように表情を固まらせた。


 ……危ない、そうだった。先生が俺の餌やりに来るんだった。


 そして……


『アリアちゃん、もういないんだっけ。さて……、ミハエル様お気に入りの少女のお部屋、お邪魔しますね。』

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