第25話 夏休みの到来

 メンマは夏休みに家に帰られないらしい。

 元々、メンマの家ではないのだが、アリアの話によると、メンマが予想していた通り、フィッシャーマン家は彼女の部屋を事務作業部屋にしていたらしい。


「——というわけで、私は労働力として帰るの。全く、お兄ちゃんたち、頼りにならないんだから。」


 ……いや、そうするように仕向けたのはアリアなんだが。


 彼女があの場で決定したのは……


 1、領内の畑、及び魔素濃度が高い土を全て学校に渡すこと

 2、その代わり健全な土を運び入れること

 3、その作業および次の収穫までの間の領民の食生活の補償を学校から受け取ること。


 そして、それに付随して必要になるのは……


 4、領地の農耕面積を正確に計算すること

 5、領民に土壌の交換作業をさせる為、計画を立案して領民に説明すること

 6、数十年単位での気象記録を見直し、適切な野菜、もしくは穀物の苗を決めること

 7、漁が廃止されるため、小作人としての再教育をすること

 8、農業が主体となるため、治水工事を行い、水の管理はトラブル回避の為、領主が行うこと


 ざっと考えてもこれだけのことを同時に行う必要がある。

 しかもこの事業は侯爵が決定した為、マーベル・フィッシャーマンは男爵として、この責務を全うしなければならない。


『うーん。娘の発言とはいえ、俺なら逃げ出したいな。』

「でも、絶対にその方がいいでしょ?」

『若さ……だな。俺なら土だけ売って楽に暮らしていたかもな。ま、そのやり方だといつかどこかで破綻するんだけど。』

「今までがサボりすぎてただけなの。それがリセット出来るチャンスがあるだけ、ずっとマシよ。これもメンマのお陰なんだけど。——なのに、えっと」


 アリアは申し訳なさそうな顔をしている。

 ただ、流石にメンマは大人である。

 というより、無理やり連れ帰ってもらったとて、どうなるかが見えている。


『一ヶ月だろ、大丈夫だよ。家が足の踏み場も無くなってることくらい想像がつく。それに知らない人間を雇って作業をさせているだろうしな。出入りの激しくなったフィッシャーマン家の外に水槽を放置されて、来る人来る人に見られるとか、罰ゲームだしな。この部屋で寝てた方がマシだな。ちょうど夏だし、温度調整もあまり要らないだろうし。どこかに食べ物を置いといてくれたら——』


 その言葉をアリアはずっと待っていた。


「それがね!大丈夫なの!」


 ぱぁっと明るい顔になった少女。

 勿論、最近は話し相手が出来始めたらしく、前のように暗い顔にはなっていないのだが。


「私がどうしようかと悩んでいたらね、クレーベン先生が相談に乗ってくれたの!」


 アミエル・クレーベン。

 侯爵家の一人娘。

 アリアがどう考えているかは、分からないが間違いなくミハエルの息が掛かった人間だ。

 話を聞く限り、あまりにもアリアのことについて知りすぎている。


『アリア、まさか……』

「うん。先生ね、私が観賞魚を飼っていることもご存知だったの!それで夏休みの間、面倒を見てくれるって!だから、観賞魚のフリをしておかなきゃダメよ!」


 確かに、学校の先生は夏休みも何か色々としているイメージがあるし、クラスで飼っている観賞魚の餌やりもやるかもしれない。

 それに犬や猫なら懐く懐かないがあるかもしれないが、アクアリウムの管理。

 しかも、すぐに死ぬような個体でもないのだから、友達にお願いする場合もあるかもしれない。


 ……そういうことにしておくか。ただミハエルと繋がっている可能性がある限り、俺がマーマンの幼体だと気付かれてはならない。


 いや、誰であろうと気付かれてはならない。

 何度も言うが、マーマン、マーメイドは幼魚の存在をひた隠しにしていた。

 だから、マーマン、マーメイド以外、幼体の存在は知られていない。


『だが、俺の顔、どうするよ。ちゃんと人面魚って説明したのか?』

「大丈夫って。クレーベン先生には呪われた海域の魚だから見た目はキモいって伝えているから!」

『おい、キモい言うな。この流線型のボディはカッコ良いだろ。』


 メンマとしても、アリアが笑顔になってくれたことが一番だった。

 だから、ミハエルと繋がりがあるとはいえ、その教師に多少の恩を感じる。

 

『ま、餌やりと温度調節をしてくれたら……。んーー、俺のフン……、俺のフンをその先生に処理してもらうのは流石に……』

「まるで私だったら大丈夫みたいな言い方ね。なんか、今言われたことで、だんだん私も気持ち悪くなってきたじゃない。あんたは観賞魚!エンゼルフィッシュとかと同じなの!黙ってたら、ただの不気味な魚にしか思われないわよ!」


 ……確かに。考えてみたら、俺って自分のフンを中学生女子に処理してもらっていたのか。これは流石に背徳感がやばい。そんな趣味ないからね!?


『分かったよ。無表情を貫く。だから魚の餌じゃなくて、残飯的なものを食事には頼む。んで、実家の手伝いに行ってこい。』


 すると、少女は笑顔で応えた。


「うん!メンマ、また一ヶ月後に!!」


 

 そして、メンマにも孤独な夏休みが用意された。



 因みに、彼が実装中と何度も口にしていた意味をここで説明しておこう。

 彼はこの地キングスフィールドの構造に違和感を覚えていた。


 いや、彼にすれば、この違和感こそが人魚姫喰いの証拠だったのだが、この地には魔法にあまり頼らないインフラが存在しているのだ。

 しかも魔法に頼らないインフラを上書きするように魔法のインフラが存在する。

 ある瞬間から魔法文明が開花したような壮大な上書きである。

 つまりは300年前にそれが起きたと考えて良い。


 そして、メンマはその前のインフラを利用して情報を得ていた。

 実技試験の日、彼は下水道を使って移動していた。

 つまり地下に下水道がそのまま残されているのだ。

 300年前は魔法による浄化などに頼らず、技術力だけで生活を向上させていたということ。

 ある意味で退化した世界である。

 

 そこに水魔法を少量流し、水の音の伝播を利用して盗み聞きをする。

 つまり王都に張り巡らされた下水道網インターネットを用いて彼は情報をアップデートしていた。


 だから、この一ヶ月もそれをやる


 ————筈だった。



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