底辺貴族の出世道

第24話 変わり始める環境

「皆様ごきげんよう。本日付で皆様の教官に任ぜられましたアミエル・クレーベンと申します。」


 夏休み前の課題実習は、うやむやになったまま全員解散になっていた。

 王族領で、モンスターを使った罪で、デリンジャー伯爵に厳罰が処せられることになったのだ。

 しかも当人はそのモンスターを使役しきれずに死亡、さらには未来ある若者を危険な環境で放置した罪も重く、伯爵家の取り潰しが決定している。

 つまりは試験どころではなかったという話。


 ……本当に私とメンマの話が消えている。彼……良い人?


 などと、アリアは呑気に考えているが、伯爵家がまるまる一つなくなったことで、周辺領への領地の分配が行われたり、子爵の一名を伯爵に格上げするのか、それとも伯爵位を一つ減らすのか、議会は大論戦になっている。

 デリンジャー家の者は、二百年の伝統を全て捨てて平民に落ちるかもしれない。

 彼らも気が気ではないだろう。


 ……それにしても、すごく綺麗な人。でも、女の先生で良かったな。あんなエロクソ男だったら最悪だもん。


 アミエル・クレーベン。

 四大侯爵家の一つ、ロドリゲス・クレーベンの一人娘である。

 しかもクレーベン家は子供に恵まれず、生まれた子供は彼女一人だけ。

 つまり彼女は高貴な生まれとともに、逆玉まで掻っ攫えるという類稀なる存在である。

 無論、それは貴族の男性のみが思えることだが。


「私は悲しく思います。ゲイル・デリンジャーが貴族の面を汚してしまったこと、そして未来ある若者を、扱いきれないモンスターのいる山に放置していたこと。やはり男というものは、この世から消えてなくなれば良いと思います!!」


 ちなみに、大の男嫌いである。

 今までどれほどの男に言い寄られたことか。

 想像するだけで寒気がする。


「あ……。でも、ミハエル王子だけは……別……かな?」


 なんて乙女な部分も持ち合わせた彼女。


「それはそれ、これはこれよね。うんうん。コホン。諸君には最初に告げておかなければならないことがある。」


 ……なんだろ、この先生。心の声がダダ漏れているんだけど。それとも貴族令嬢って、みんなこんな感じなのかなぁ。


「サッチマン校長は侯爵位とはいえ、私の父も侯爵位。さらに私は王子様に3回も声を掛けられたことがある身。つまりは校長よりも私の方が魅力的で偉いということです。」


 ……いや、そうはならないでしょ。


 心のツッコミが止まらないアリアではあったが、この後の彼女の発言に目を剥くことになる。


「本来の学校の精神に則り、この学年のみ、全員同じ色のブレザーとする!……んー。そうね、窓の彼女。えっと、そう君!」

「あ、あたし?」

「君のブレザーの色に合わせよう。全員、黄土色のブレザーを明日までに用意するように。」


 その発言はアリアだけが目を剥くものではなかった。

 彼女の色は最下位貴族のモノ。

 それを強要させられるのだから、たまったモノではない。


 だがしかし、このクラスの誰もが彼女より立場は下である。

 つまり逆らえないということだ。


「尚、先日の試験は全員合格とする。皆、この週が終われば一ヶ月間、帰省するが良い。」

「え……。私もいいんですか?」


 つい、口にしてしまった。

 サッチマンは未だに校長の座にいる。

 だから、閉じ込められている現実は変わらない筈……


「アリア君か。どうして君だけ不合格なのだ?私が調べた限り、君は授業態度も真面目だし、使える基礎魔法も全て平均以上だった筈だ。皆も彼女を見習うように!」


 ここでまたクラスメイトがザワつき始める。

 どうして新担任がそこまで言うのか。

 けれど、階級が絶対の社会である。

 だから一番驚いたのはアリアだったりする。

 勿論、教諭の発言もそうだが、今の一言でクラス全員からの無視の視線がなくなったことの方が驚きだった。


「アリアちゃん!わ、私もアリアちゃんのことすごいって思ってたの!教科書が制限されているのに、私が知らないことも知っているし!」


 と、今まで一度も会話をしてこなかった、右隣の女の子、リリル・グラスホッパーが突然話をしてきたり……


「あ、俺も思ってた!お前、途中から入って来たのにすげぇなって!」


 と、アレだけのことを言われたのに、6年間の努力が無駄になる的な雰囲気をだしていた前の席の彼。

 全身全霊をかけて振り向く男子、男爵の息子、カシム・バードウォッチ。

 それ以外にも、皆が突然興味津々と、今、顔に書きましたという視線を送ってくる。

 きっと彼らの手首は回転式なのだろう。

 アリアはこれほど、貴族って大変なのね、と感じた瞬間はない。


 ……そっか。私をいじめようとしていた流れを産んだのは、あの伯爵先生だったからか。


 彼は国を挙げての犯罪者になってしまった。

 きっと生きていれば公開処刑されていただろう。

 そんな彼の教えを引き継ぐような真似はできないというのが、彼らの本音だろう。


        □□□


「っていうことで、私、夏休み貰っちゃいました!」


 いつもよりもずっと元気な声で、アリアは水槽にいる奇妙奇天烈な生命体に話しかけた。


『ふーん。よ、良かったじゃん……』


 けれどあの後からメンマの様子がおかしい。


「わ、私は気にしてないから。えっとアレはその、マーマン特有の進化だったんだよね?」

『その筈だ。でも、なんで俺は人面魚に戻ってんだよ。アレは不可逆性の成長だった筈だ。』


 なかなかの生命力で、会話するまでは回復した人面魚。

 ただ、先週末の一瞬だけ、アレに手足が生えていた。


「あの、今だから言えるけど、あの状態気持ち悪かったから、私は今の方がシンプルで好き……よ?」

『いや、今だからじゃなくて、あの時も言ってたから。……それに好きとか、簡単に言うなし……』


 そう。

 アリアに気付かせまいとしているが、この男!

 ついに自分が男だと気がついたのだ。

 よってその場合、メンマという男の人面魚は、女子中学生、しかも美少女の部屋で飼われていることになる。

 しかも、一般的に女子の方が第二次性徴期は早い。

 つまりはデリンジャー伯爵症候群に罹患しても、もしくはデリンジャー現象的な何かになってもおかしくはない。

 雄々しい触角オレノチンポーンがなくて良かったのか、悪かったのか。


 勿論、アリアは彼の声を聞いた時点で『男』と認識している。

 だから易々と目の前で着替えたりはしない。

 だが、下着姿の彼女に抱えられた記憶は、わずかに残っている。

 服は持って帰ってきていた彼女は、あまりにも心配しすぎて服を着ずに、水槽の外から彼をずっと見つめ続けていた。


 ……き、気まずい。中学生女子の下着姿に見惚れて、気絶しているフリを続けていたなんて、絶対に言えない。 


 メンマは今更になって、自身の置かれた立場を再認識させられたのだ。

 無論、種族が違うので男女の関係にはなれない。

 だがしかし、マーメイドの上半身は人間の女性のソレと変わらない。


 メンマの男スイッチを押すには十分な状況である。


「あれがマーマンの姿……なんだよね?えと、メンマが言っていたマーマンさんは、あんな感じだったんだ……」

『違うって。あれは大人になる一歩手前、つまり今のアリア……、いや、なんでもない……』


 いつものメンマなら何も考えずに言ったセリフも今は言えない。

 そんなもどかしい様子の怪魚にアリアは半眼で睨みつける。


「何よ。それってつまりメンマが男だったってことでしょ?だって、人魚ってあの人魚よね? あれは人魚とは認めないから。」

『おい、それはマーマン差別……。いや、その。俺、性別としてはオスだったらしい。』

「知ってたっつーの!どこをどう見たって男の人の顔だし、声だって男の人のモノ。まぁ、いいじゃねぇか。それが人生ってもんだ。ま、俺の場合は人面魚だけどな。」


 アリアにモノマネをされる始末。

 ただ、一つだけメンマにも物申したいことがあった。


『アリア。俺、あの時中魔法クラスの魔法が使えた。その前はアリアと同様に小魔法しか使えなかったのに……だ。それって……』

「え!……えと。それってつまり……」

『そうだよ。男爵の縛りは俺にも適用されていた。それが使えるようになったということは……。お前、あの時俺を捨てようと思っただろ!もう、うちでは飼えないから、可哀想だけど海に放流しようって思っただろ!』

「おおお、思って……ないし……。それじゃあ、もしも仮に私がそう思っていたとして、メンマが大人の階段を登れなかったのは、独り立ちが怖かったからじゃないの?」


 いや……、そんなことは……

 断じて?

 前世は子供部屋おじさんだったのに?


『そ、それこそ勘違いだ。お、お、お、俺は独り立ちできるし?実際、仲間とはぐれた後は……、一人で……』


 この舌戦は圧倒的にメンマがフリである。

 メンマの体はほぼ頭である。

 神経のほとんどが頭に集中している。

 そして表情を隠すための髪も手もない。

 なんなら、全裸である。


「もういいわよ。確かにあの大きさになっちゃったら、絶対に見つかるもん。今の姿でさえ、観賞魚としては無理があるんだし……」


 突き放されるメンマ——と思ったが。

 少女は、少し吊り上がった眉を柔和に変化させた。


「でも、私は元に戻って良かったって思ってる。やっぱり……この先、私だけじゃなんだかんだ不安だし。それにあの時、メンマがいなかったら私、どうなっていたか……。——でも、本当になんで戻っちゃったのかな?——えっと、じゃなくて、なんで急に成長しかけたのかな?メンマ、前に自分は成長しないかもって言ってたじゃない?そのオレノチ——」

『だー!それは言わなくていいから!ってか、アリアが言っちゃ、絶対にダメなワードだから!うーん、俺のイメージだとな————』


 メンマ、リューヘーは、あの時の感覚を彼女に伝えた。

 すると彼女は「うーん」と首を傾げるだけだった。

 だから別の提案をしたのだが、その時彼女はこう言った。



「あ、そだ。私、夏休みメンマを連れて帰れないの!」

「へ?マジ?」

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