第23話 半魚人と人魚姫喰いの青年

        □□□


「これからお前はどうなりたいんだ?」


 ゼペは雄々しい触角がないことをえらく気にしていた。

 ただリューヘーは愚問だと即答した。


「マーメイドの上半身は人間の女性のソレだ。だから俺はマーメイドと仲良くなりたい。雄々しい触角を持たない俺にもできることがある。つまり俺はマーメイドさんをおぎゃり————」


 『パシュッ!!』


 そんな音が聞こえた。

 空気を切り裂く音ならぬ水を切り裂く音。

 そして視界が揺れて、星のような残像が見える。

 マーメイドの温泉を覗いた時とは違う、それは間違いなく物理攻撃だった。


「バカヤロー!大声で言っていいことと、悪いことがあんだよ! お前、そんなこと言ってると確実に殺されるぞ。」


 物凄い剣幕で隆平を見下すゼペの顔。

 魚に痛覚があることにも驚いたが、何故蹴られたのかも分からなかった。


「おいおいおいおい。親父にもたれたことねぇって顔すんな。ま、実際に打たれたことはないのかも知れないけどヨォ。こればかりは譲れねぇ。リューヘーのためにもな。」

「やはり、こっちの世界でもそれはダメなのか……」

「マーマンの掟だ。……っていうか、こっちの世界とか妙な言葉も含めて、お前は怪しすぎるんだよ。だから、悪いことは言わねぇ。俺たちみたいに覗きだけで済ますんだぞ。今から里に連れてってやる。そこで常識を一から教わるんだぞ。」


 ——済ますとは?雄々しい触角もないのに?そしてやはりこっちでも痴漢、いや犯罪行為なのか


 そしてその後、マーマンの長のところに連れて行かれた。


「長老のユンボじゃ。お前さんのその辺りの事情は村の者を通して聞いておる。……それにしてもツノ無しか。神のいたずらかのぉ。今のマーマン族を象徴しているような存在じゃな。」


 ツノ無し——とはいえ、触角は幼体のみの器官と聞いた。


「どうして雄々しい触角オレノチン・ポーンが俺にはないのか、という顔をしておるな。まぁ、気持ちは分かる。じゃが、今やワシの大雷鉄ビッグサンダーマグナムも、その機能を失うておる。」


 ……は?は?はぁぁぁ!?全然違うんですけど? ってか俺はそんな顔はしてないからね!? ってか、爺さんのソレは単純にご高齢になられたからなんですけど!?雄々しい触角の次は大雷鉄ビッグサンダーマグナム?成熟体の男性器も尊大な名前がついているんですね!!


「ご冗談を。俺の親父の火山大噴火ファイアーマウンテンも未だ噴火を止めてないっすよ。母ちゃんが恋しいってずーっと噴火しっぱなしっすよ。」


 ……って、バカ!ゼペまで初対面の俺の前でなんて会話してんだよ!こいつらバカなのかな? マーマンって、股間の沽券が大切なのかな!?


 と、ツッコミたいがツッコメない。

 それよりも、もっと重要な話を聞かされたからだ。


「今、マーマン族とマーメイド族の関係は最悪じゃ。マーマンとはマーメイドの守り手。それが出来ぬマーマンはマーメイドに近づくことあたわず。」


 つまりマーメイドを守ることがマーマンの使命ということだ。

 やはり気になるのは……


「マーメイドが狙われている。つまり人魚の肉を食べると不老不死になるとか、そういう話……?」


 つい、その言葉が口の戸を突いて出た。

 すると長老は静かに首を横に振った。


「全てのマーメイドがではない。伝承ではマーメイドの姫の肉と言われておる。ワシらにとっては迷惑極まりない伝承じゃがな。そして300年前、ついにそれが起きた。しかも当時共闘しておった人間族の裏切りによってな。」

「だから、俺たちは人間族を憎んでいるんだよ。でも、個体数が違いすぎるからな。実際は遠くに逃げて恨んでいるだけだ。……ついでに言っとくが、『姫』と呼ばれる個体じゃなくとも、マーメイドは特殊な力を持っているのは確かだぜ。俺たちとは違うんだ。」


 長老の言葉に付け加えるように、ゼペが色々と説明してくれた。

 

「今のワシらには生き残ったマーメイド族を守り抜く使命がある。そも、マーメイドがいなければワシらマーマン族も滅んでしまう。じゃが、ワシらの数も相当少ない。一匹でも多く魚材じんざいは確保したいからの。角なしでも構わぬ。里で生きたくば、強くなれ!それからゼペ、お主が指導をしてやれ。それがマーメイド覗きの罰と————」



        □□□


「なるほど。やはり人魚姫の肉を食った人間はまだ生きていたのか。そして、フィッシャーマン領の海の向こうで起きた大厄災を知っていたから、すんなり学校側に許可を出させた。校長も同じ側の人間か?」


 青年はどこまでも爽やかな顔をしている。

 人魚、人間ではないとしても、上半身は人間の女性のソレだ。

 異常者、カニバリズム、いくらでも表現出来るが、王族とはそんなものだろうと思えてしまう。


「アレは違う。でも、僕たち『神』の血を多少は分けてやってるから、普通の人間とは違うね。……んー。僕からも質問いいかな?君はあの時の復讐のために送られてきたマーマン族の斥候でいいんだよね?」


 違う。 

 あの時の会話から数年後、再び里は襲われた——そこで、長老もゼペと同様、死んでしまった。

 生き残ったマーマンとマーメイドは更に海の奥地へと住処を移した。


 ……そして俺はあの戦いで吹き飛ばされて、ここに漂着した。


「神だと?まぁ、いい。不老不死。皇帝や王なら望むだろう。そしてそれは俺にとっては知ったことじゃない。神を自称するなら、何故、再びマーマンを襲う必要があった?」


 ……こいつらのせいで、小さいながらも頑張っていた幼魚も死んだ——俺の目の前で。


 だから、強い弱いは関係ない。

 そしてマーマンは人間族を憎んでいる。

 仲間の顔がチラつく。

 リューヘーの顔が憤怒に染まる。


「ちょっとタイムタイム!それは僕とは関係ない。でも、気持ちは分かるな。だって不老不死ってめちゃくちゃ暇なんだよ?」


 イラッと来た。


「盗人猛々しいな。勝手に不老不死になっても文句かよ。確かにお前一人が特別とは思えない。どうにも公爵以上は二百年の歴史には登場しない。」

「いやいや、なるほど。立派な間者じゃないか。でも、残念だけどお喋りはここまでのようだね。僕も暇じゃないんだよ。それにここでネタバラシするのは楽しくない。」


 【氷菓アイスクリーム


 地面や空気中の水分が凝固し、氷柱となって攻撃をする魔法。

 ゼペの得意魔法の一つ。

 リューヘーは不意打ち上等と、攻撃魔法を放つ。


 だが、ミハエルの目の前で氷柱が崩れ落ちた。

 魔法は出た。

 けれど、何故か攻撃が通らなかった。


「いいねぇ!やっぱ、君いいよ!僕に攻撃を仕掛けるなんて何年振り?絶対に百年以上も前だよ!でも、まだまだだね。ちなみに、もうすぐこの山は元の山に戻る。結界がそろそろ限界って感じだ。もしもそうなったら、君たちも困るだろう?このままじゃ、伯爵殺しの汚名を着させられる。」


 今の攻撃が通らなかったのはキングスフィールドの影響なのか、それとも……

 考えながらも次の攻撃を考えていたリューヘーの手が急に引っ張られた。


「メンマ!あの人の言う通りだよ!私たち、逃げなきゃ!」

「……ちっ。ミハエル、お前は貴族街のどこにいる?」

「タイムって。えっと。まずはモンスターを呼び出して、食べてもらって……、うんうん。これは事故ってことにしよう。」


 タイムと言った瞬間、リューヘーの体は金縛りにあったように動かなくなった。


「僕はエルセイリア王国で遊びたいからね。だから君とはもう会ってあげない。でも、君とアリアちゃんはセットなんだよね。だったら僕と話が出来る立場まで、彼女をエスコートして来なよ。君のことは黙っててあげるからさ。———それじゃ、いつか、王城で会おう!僕にとっては瞬き程度の時間だけどね。」


 そして青年は惨殺遺体とともに消えた。

 どうやったのかは知らないが、血のついていない土壁だけが残されている。

 

 ちなみにリューヘー自身は人間族に恨みを持っていない。

 彼が経験したあの戦いの裏にいた人間を恨んでいるだけだ。

 でなければ、水槽で飼われたりなどしない。


 ただ、もう水槽では生きられないし、生きる必要もない。

 かといって、ミハエルは放っておけない。

 だから、どこかに隠れ家を探さなければならない。


「メンマ、行こ!」


 ……もうメンマじゃないし、アリアと一緒にも住めないか。そろそろ本当の名前を教えるか。


「あのさ、アリア。俺はもうメンマ……」


 今まで張り詰めていた空気が一気に緩やかなものへと変わっていく。

 そして人魚姫喰いをした自称神のミハエルとの対峙も終わった。


 だから、彼を責めることはできない。


 緊張感が失われ、肩の力が抜けたっておかしくはない。



 『べちゃ!!』



「は!?……っていうか、呼……吸……」

「メンマが戻った!……っていうか、白目剥いてパクパクしてる!!」



 そして、彼女は血統魔法の力に身を任せ、猛ダッシュで自宅に帰り、人面魚を水槽に放り投げた。

 

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