第21話 人面魚の覚悟
アリアは、モンスターの体液まみれになった、自身の体を見下ろしていた。
……気持ち悪い
ブレザーの中には包丁が仕込まれていた。
日常なら有り得ない悪戯だ、神経を疑うレベルである。
でも、それは悪戯ではなく、アリアを守るためのモノだった。
アレはこういう事態を想定していたのだ。
けれど相手が誰なのか分かるだけ。
具体的な方法は皆目見当もつかない。
——さらに言えば、この山の中で、どうしてアレの声が聞こえてきたのかさえ、彼女には分からない。
……たぶん、山に入る前には包丁なんて持ってなかった。だから、その道中で包丁を入れられた。もしかしたら膝をついて四つん這いになった時?確かにあの時、メンマの声が聞こえた気がしたから地面に両手をついた。
『お前ってさ、毎日その服着てるよな。まぁ、つまりお金がないってのは辛いよな。だから、まずは服を脱げ。これから血塗れの制服でも良いっつーなら別にいいけど。』
と、信じられない言葉が地面から聞こえてきた。
この間、ゲス男伯爵が何かを言っていたが、ゲスな声など耳に入らなかった。
まさかこんなところで自分から半裸になるなんて……そのことで頭がいっぱいだった。
『アリア、俺も色々調べてみたが、やはりお前の怪力は常軌を逸している。今まで比べる相手がいなかったから分からなかったけど、おそらくそれは血統魔法。父親は水槽を運ぶ時、めちゃくちゃ重そうだったしな。多分母親の血統なんだと思う。実家の名前ゴリラとかじゃなかったか?ま、その辺はまだ、データが実装されてないからはっきりとは言えないけどな。』
データが実装とか、いつもながら意味の分からない表現方法をする。
でも、これがこの声がメンマであるという証拠でもある。
『アリア、お前、ずっと小さな頃から一人で水槽の管理をしてたろ。それでおかしいと思ってたんだよ。……男二人で汗だくになる作業なのにだぞ。』
確かに父とトーマスは水槽を運びを手伝ってくれたが、かなり大変そうだった。
……それって私は馬鹿力ゴリラ女ってことですか!?
そしてメンマは極め付けにこんなことを言った。
『あと、お前が毎日ヘトヘトになってたのは、精神から来るモノだ。なのにお前はほとんど毎日、ぼーっとしながら水槽の管理をしてくれた。それはこっちに来ても変わらなかったろ?……つまり血統魔法はキングスフィールドの縛りを受けない。契約書も確認したがそれらしき記述は載っていなかった。お前、ちゃんと説明書は読んどけよ。分かったら、躊躇はするな。お前の馬鹿力ならその程度のモンスター、どうにでもなる!』
……その結果、どうにかなってしまった。私、本当にゴリラだった。オークの頭をかち割るとか、どう考えても乙女の所業じゃない!!
だがしかし。
「なるほど。学校も通わず野生的な生活をすると人間はこんなふうになってしまうのか。全く……、文化的とは程遠いな。」
デリンジャー伯爵は目の前で六匹のモンスターがやられたというのに、顔色ひとつ変えていなかった。
考えてみれば当たり前の話。
彼の方がモンスターよりも遥かに強いから使役できたのだ。
——そも、この世界は魔法至上主義である。
【
デリンジャーは両手を左右に広げ、魔法を唱えた。
少女が持つ教科書には載っていない魔法。
意表はつけると安易に考えて、少女が放とうとした魔法。
その瞬間、アリアは後ろに飛び上がった。
すると、轟音を立てて、彼女が立っていた場所に落雷が発生する。
そしてその土が黒焦げになり、黒煙を上げている。
アリアの長い髪の先も焦げ臭い。
……やっぱり、魔法を使われたらどうにもできない
「おやおや。私は使えましたね。やはりこれが伯爵と男爵の娘の差……。埋められる筈もない圧倒的な差。」
階級が違うだけなのに、実際にも越えられない壁が存在する。
……それに
「本当にくだらない。モンスターを倒されても問題ないだよ。後からモンスターを連れてくれば良いだけなんだよ。それにしても汚い姿だ。そのままだと興醒めだな。」
【
空気中から水の刃が無数に発生する魔法。
アリアはそれくらい知っている。
これを如何に避けるか、そう思った彼女は単に体勢を低く構えた。
「なるほど、目も良いと。流石は野生児だ。でも、これで少しは見れるようになったな。」
彼奴の狙いはアリアの体についた血を洗い流すこと。
だから彼女は身を屈めるだけで、避けることができた。
無論、その後、上から水が降ってくる訳だが。
【
そしてさらに続く。
今度は体を乾かしてくれるらしい。
その目的を考えると、反吐が出る。
「さぁ。おじさんが暖めてあげようね。おじさんはシャワーを浴びていないけど、それはそれで良いだろう?」
……死ね、このエロ親父!
心の中で悪態を吐く。
ただ、それ以外のことは何もできない。
——しかしながら、アリアは本当に何もできない訳ではない。
問題は彼が学校の教諭であり、自分よりも遥か上の貴族ということだ。
もしも何かがあれば、自分だけじゃない、——家族が罰せられるかもしれない。
……つまり私にできることなんて何もない!だったら
□□□
人面魚メンマは歯を食いしばっていた。
今回明らかになったキングスフィールド結界の制約。
『爵位による魔法の制限』
魔法を使用すると管理者にバレると、釘を刺されていた為、今まで試すことができなかった。
メンマはアリアに護身用ナイフを持たせた、というより現場で潜ませた。
彼女の身体能力に関しては、流石に最初から気が付いていた。
勿論、他の貴族の同年代と比べる機会が少なかった為、確信を持ったのは最近だ。
ただ、それはメンマの中途半端な気持ちがそのまま再現されたものだ。
──メンマは、彼女が入学した瞬間から詰んでことに気が付いていた。
そしていつか、この時が来ることも分かっていた。
さらには前日に「明日は行くな」と敢えて言わなかった。
全ては自分の目的の為、もしくは我が身の安全の為。
あれこれ文句を言うくせに、結局中学1年生の女の子を盾にして、一匹だけ安全圏にいる。
……俺はアリアを見殺しにするのか?
……俺はまた家族を見殺しにするの?
メンマの正体は絶対に知られてはならない。
マーマンとマーメイドの習性が起こした奇跡を無駄にしてしまう。
マーマン、マーメイドの稚魚が人面魚ということはほとんど知られていない。
……でも、俺のせいで公になるかもしれない。ひどい拷問をされるかもしれない。仲間の居場所を言ってしまうかもしれない。単に解剖されて突き止められるかもしれない。
畜生道に落ちた俺は、本当に……どうしょうもなくて……
──でも、その時聞こえてしまった。
「メンマ、助けて……」
地下の下水道にしたメンマの心臓が『ドクン』と脈打った。
アリアの位置は分かる。
海洋生物は耳が命だ。
メンマの行動は世界を混沌に陥れる行為かもしれない。
けれど、逃げながら助けを求める少女を見捨てるなんて、
【
□□□
まだ青い果実の少女はなんと逃げ出してしまった。
だから立場を分からせなければならない。
【
水の刃でもっと綺麗にしてあげよう。
なんなら足が切れても良い。
男爵の娘は伯爵から逃げてはならない。
「メンマ、助けて……」
「助けて?お前を助けてくれる者など……」
「痛!!」
少女の足首が切れる。
ただ、目の前に突然現れた土の壁のせいで、威力が半減されてしまった。
出血はしているが、筋には至っていない。
「なんだ?まだ抵抗するのか。まぁ、いい。段々興奮してき……。──はぁ!?」
伯爵もビックリだろう。
土の中からバケモノが現れたのだ。
「なんか、複雑な気分だな。俺も小魔法しか使えないっつーことは俺は家族ってことじゃねえか。」
水魔法を真上に放って、その水流に乗って彼が、バケモノが姿を現した。
そして、その声に一番に反応したのは中学1年生の美少女だった。
背を向けて逃げ出していた少女は、笑顔で振り返って、こう言った。
「メンマ!……あれ?メンマじゃない?……っていうか、バケモノ!?」
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