第20話 結界とアリアの力
アリアは今年、13歳になる。
つまりは思春期、つまりは多感な時期。
体は第二次性徴期を迎え、精神的にも大人と子供の狭間で不安定な時期。
そのことと、今回のことが結びつくかはさておき、そんな時期の少女が
『もうすぐ殺される』
と言われれば、どう思うか。
——それはもう、圧倒的な恐怖でしかない。
「なんで……?なんでモンスターがいるの?二百年間、国内でモンスターが現れたことは一度もない。メンマを見るまで、モンスターなんて、凶暴な動物か、何かの影を見間違えた、としか思っていなかった。でも、私が知っている限り、王国内にはモンスターはいない……」
目の前にいるのだから、その事実が間違っていたか、この男が用意したか。
ただ、もしかしたらどちらでもないのかもしれない。
「君に知る権利はないよ。というより、早くどうにかしたらどうだい?私としても担当するクラスに死人が出るのは心苦しいんだ。」
……この男、よく言う。6体のモンスター
『流石に地上のモンスターはほとんど見たことがないんだけど、一般的にゴブリンは————、コボルトは————、オークは————、ジャイアントは————、リザードマンは————』
メンマは事前に知識をくれていた。
その外見的特徴を鑑みるに、ゴブリン、コボルト、オークが2体ずつ。
——そしてメンマは続けて言った。
『もしも遭遇したら、火か何かを森に放って逃げろ』
——さらに続けて
『逃げられないと悟った時は、諦めてとにかく出せる魔法を全て駆使しろ。頭を総動員して、どうすれば倒せるか、威圧できるかを考えろ』
……デリンジャーが使役しているし、囲まれている。つまりこの場合は後者、か。それじゃ、一気に!
「
アリアは両手を左右に広げ、魔法を唱えた。
彼女が持つ教科書には載っていない魔法。
まず、これだけでデリンジャーの意表はつける——そう考えて唱えた魔法、だが。
「おやおや。まだ習ってもいない魔法ですよね、それ。」
何故か魔法が出ない。
——いや、そんなはずは。
「
「そんなの使えないんだよなぁ。使えない魔法を唱えるなんて、どれだけホラ吹きなんだよぉ!ていうか、お前。立場を考えんやつだな!せっかく見た目は可愛いのに台無しだ。無論、お前は偶然現れたモンスターに食い殺されるのだから、見た目もクソもないがなぁ。」
喋り方に品も理性も感じられなくなってきた。
これがこの男の正体なのだろう。
——そしてその言葉でようやく気がつく。
「つまり……、契約。男爵家の人間は魔法が封じられている?」
【
すると彼女の前に小さな炎が出た。
これは分かっていた。
なにせ焚き火をつけるために使った魔法だからだ。
つまり生活必需魔法
知覚向上の魔法は使えたが、あれは攻撃魔法ではないし、簡単な魔法の組み合わせ技に過ぎない。
実際にあんな魔法が、教科書に載っているかは分からない。
……でも、考えてみれば当然ね。リーベス兄さんは子爵家の側仕えを志願していたもの。
決して上の者に逆らえないように教育を受ける。
そして実際に使えないのだから、教えても意味がない。
学校の仕組みがだんだんと見えてきた。
「因みに、ここは王家の森。神聖な木だ。そんな火種程度では燃え広がらないぞ。どうだ、怖いだろう!ほらほらほら!泣け!喚け!命乞いをしろ!」
「命乞いをしたら許してもらえるの?」
デリンジャーの頭には血が上っている。
理由はアリアの目である。
恐怖の色は見える。
けれど、目が死んでいない。
今からモンスターに食われるというのにだ。
「ふん。許すわけがない。……そうか。分かった。まずは食われる前にゴブリンに別の意味で食ってもらおうか?」
あくどい顔。
この男はゲスの極みであった。
「な……、ひ、卑劣な……」
「そうだ。その恐怖の顔だ。でも、私は優しすぎるな。たったゴブリン二体だけで襲わせるなんてな。ふん。命令さえなければ、死んだことにして私が囲ってやることもできるんだけどなぁ。くそ。それくらいおまけしてくれてもいいじゃないか。」
ゲス野郎に成り果ててしまった男、殺してやりたい。
でも、アリアの魔法は伯爵位になんて届くはずがない。
それにあの男の言葉は、正しい。
アリアも流石にそれだけはやめてほしいと思ってしまう。
勿論、その後で殺されるのだから、結果は同じなのかもしれないが。
——足がすくんでしまう。
「先生……」
そのまま膝を突き、彼女は四つん這いになった。
それを良いことにゴブリン二体がゆっくりと背後から忍び寄る。
その仕草があまりにも人のようだった。
つまり今のゴブリンはデリンジャー伯爵が操っている。
「ふふふ。良い格好だ。そうだ。それでいいんだ。……いや、待てよ。この後ゴブリンが犯すのだからバレないか……。ふふ、貴族の12歳の少女か。なるほどなるほど……。よし、お前を助けてやろう。だからまず、服を脱げ。」
アリアは目を剥いた。
そして四つん這いのまま、ブレザーのボタンを外す。
「何をしている。ブラウスが残っているぞ。」
「え……。ブラウスも?……分かった。」
身を伏せたまま、ブラウスのボタンを一つずつ外していく。
ゴブリンはお預けを食らったので、よだれをだらだらと地面に垂れ流している。
「す、スカートも……?えっと……」
「ほう?やっと最底辺貴族の娘の心構えが身に付いてきたらしいな。」
スルスルっとタータンチェックのスカートを脱ぎ、衣服をぎゅーっと丸めていく。
「おい。まだ肝心な部分が見えていないぞ。早く下着も脱げ。寒いだろうが、大丈夫だ。すぐに暖めてやる。」
ゲスな男の言葉。
「本当に……それで……助かるの?」
当然、嘘だ。彼女の殺害こそがデリンジャーの使命。
だが、どうせ死ぬのだ。
最期ぐらい、人間らしい、いや、動物らしい行動をとっても良いだろう。
あとは骨まで食わせれば問題ない——だが。
——アリアは下着姿のまま、脱いだ衣服をポーンと遠くに放り投げた。
そして……
「後で説明してよね!メンマ!」
彼女はくるっと後ろを振り向き、ゴブリンの喉を『包丁』で切り裂いた。
「な!お前、何をしている!それに……、そんなものは準備しろと言っていない!」
「うるさい。私も知らなかったわよ。……いつのまに、あいつ。で、どうしたらいいの!?」
少女の体はゴブリンの緑色の血でべったりと汚れている。
「——はぁ?それ……だけ?それだけでいいの!?」
そして今度は木を蹴って、犬の化け物の懐に入り込む。
心臓を一突き、喉を一突き。
ついでにもう一体も同様に絶命させる。
今、モンスターはデリンジャーの支配下にある。
だから本当に簡単なお仕事だった。
「くそ!こんな小娘に騙されたなんて認めない!オーク、手足をもいでしまえ!」
そしてようやくオーク二体が動き始める。
そんなオークに向かってアリアは包丁を持ち替えて、峰で殴りつける。
オークはそれを片手で軽々と受け止めようとした——だが。
「グオォォォォォン!!
どうやら言葉は発しないらしいが、その腕ごと少女はへし折った。
「血統魔法!?……ちょっとどういうつもりよ。私、ゴリラ女じゃないからね!!」
そしてオークは訳もわからず、脳漿をぶち撒けて絶命した。
もう一方はというと……
「グォグォグォ!」
おそらくは命乞いをしている。
「バカか、相手は小娘だぞ!リーチを考えろ!何のために槍を持たせてある!」
使役者には逆らえないのか、目を赤く染めてオークが槍を振り回す——だがそれも。
『パシッ』
「え!?受け止められちゃった!!まぁ、いいわ。全力で戦えばいいのよね!メンマ!」
そして、最後の一体はガラ空きの喉を切りつけ、それでも足りないと思って、包丁の柄の部分で何度も何度も頭部を叩き続けた。
——少女はモンスターの体液まみれになった我が身を見て、溜め息を吐いた。
「ほんと……、私はゴリラ娘だったのかもしれない。あ……、お母さんの実家、ゴリルゴリラってそういうこと!?」
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