第19話 試験に隠された、あからさまな罠

「では、中学部一年第一期の実技試験を行う。各自、準備を整えて山に入るように!」


 少女は震えていた。

 人面魚からの言葉を受けて——それもある。

 でも、単に生理現象としても震えていた。


 ……今は夏だよね。それなのになんでここはこんなに寒いの?


 今日は朝から北へ向かった。

 けれど、そんなに歩いたわけではない。

 ただ単にいつも学校から見えていた裏山に集合しただけ。

 北極に行ったわけでも、標高の高すぎる山に登ったわけでもない。


「寒……」


 氷点下には至らない。けれど10℃は下回っているくらいの寒さ。

 外にいるのに、太陽が出ているのに何故か寒い。


 ——それに。


「見て!見て!あの子、服装を間違えているわ。」

「しー。学校では平等にでしょう?貧乏だから仕方がないのよ。」

「そうそう。貧乏だから泣きついて学校に入れてもらったって話よ。」

「泣きついて?抱きついてに決まっているじゃない。」


 失笑が脳髄に染み付いているのかと疑うレベルで、クラスメイト三十人はすぐにクスクスと笑う。

 最初の三つは正解だが、最後の一つは流石にイラッとくる。


「どういう思考回路しているのかしら。アレでさえ、そんな言葉は使わないのに。」


 アリアは敢えて聞こえるように、声に出した。

 彼曰く、ここで臆したら負けだそうだ。


 ——彼曰く、『気合いだ!』


 ……気合いだ!ん、気合い?でも、この山に入って、紙に書かれた素材を集めるだけよね。やっぱり考えすぎじゃないの?だから問題はこの寒さってことかな。


 アリアを合わせて三十一人の生徒。

 でも、アリアの周りには誰もいない。

 これはいつものことだから、彼女は気にしない。

 メンマが言ったことが本当ならば、誰もアリアには近づけない。


 『アリアと繋がっている=反政府貴族』


 完全に少女のせいではないのだけれど……

 確かに学校に行く為には、あの言葉は必要だったけれど……


 【炎小魔法ファイ


 まずは寒さを緩和させる。

 木ならたくさんあるので、焚き火作りは用意だった。


「それにしても三十人と教官一人はどこに行ったのかしら。」


 各々、違う場所から入山したとはいえ、あの程度の山でどうして誰にも出会わないのか。

 ただ、メンマのあの言葉は、誰も信用してはいけないという意味でもある。


知覚拡張魔法ハイパーセンス


 昨日、メンマに教わった魔法。

 彼曰く、水魔法と雷魔法と風魔法の応用らしい。

 仕組みはどうでも良いから、イメージを膨らませろと言われた魔法。

 そして今回の試験では、間違いなく必要な魔法らしい。


 早速彼女はその意味を理解した。

 ——そして早速鳥肌が立つ……これは寒さからではない。ここまでやるかという恐怖から。


「何……これ。解毒草に見せかけた絶叫妖華マンドラゴラ?」


 噂にしか聞いたことのない妖華だが、抜くと身体に異常を来たし、最悪死に至るとされる草。

 強制的にSAN値正気度を変動させて、神経原性ショックを引き起こす魔草。


「全く……。メンマの言った通りね。それにしてもどうしてこの近くには誰もいないの?」


 知覚拡張により、解毒草の罠は見破ったが、ついでに分かったのは近くに誰もいないという事実。


 そして……


 『パキ』


 『パキ』『パキ』『パキ』『パキ』『パキ』『パキ』


 知覚拡張により、数倍遠くの音が拾える。

 何者かが地面に落ちた枝を踏んだ音。

 しかも、少なくとも七つの音。


 ただ、一つはなんとなく分かった。

 一つだけ人間の足音だった。


「いやいやいや。思ったよりも早くこの機会が訪れたものだよ。」


 その人間の声が聞こえる。

 アリアは身を潜め、聴覚だけに神経を集中させた。


 ……重い足音、それから歩幅が小さな足音。それから少し小柄な足音で、それからそれから


「大丈夫さ。ここが王族領キングスフィールドである限り、定めに従っていれば問題ない。君自身が例えここで、偶然現れた魔物に襲われたとしても、それは不運な事故でしかない。」


 ……どうしてこの男は執拗と私を狙ってくるのか。理由があるとすれば、彼も脅されているか、もしくは見返りがあるから。


「先生は手を貸してはくださらないのですか?」


 時間稼ぎ。

 何かあれば時間を稼げと言われた。


「アリア君。忘れたのですか?私は試験官。手を貸せるわけがないですよ。致し方ないのです。君が男爵位ではなく、もっと高貴な生まれだったら、この程度の試験、と君も思った筈ですから。」

 

 無事、生きて帰ることが出来たなら、珍妙な家族に報告が出来そうだ。

 やはりキングスフィールドは、そして契約は、階級に応じて役割を変える。


 ——きっと彼の探している真実に近づける情報だ。


 ……だから、私は全力で生き延びてみせる!



        □□□


 人面魚は焦っていた。


「最初からそこまでやるか?——俺の……、いや、マーマンの予想通りにはなっていない?」


 リューへーは全く違うシナリオを考えていた。

 王族と公爵が表に出ないこと、歴史上にも存在しないこと。

 そして、300年前から人間達の中で内乱までいかなくとも、貴族同士の争いが起きていないこと。

 

「いや。ここまでは間違っていない。でも……」


 人面魚は水温がおかしい、酸素がない時に見せる焦りの顔よりもさらに険しい顔をしていた。


「一宿一飯の恩があるとはいえ、アリアに加担しすぎたか……。実際、俺が彼女に加担する理由はない。……それでも。」


 水槽の中で、ソレは瞑目した。

 自分の中にあった計画と、少女の笑顔。

 リューへーとして海にいた頃にマーマン族は襲われ、マーメイドも襲われた。


 そして……その時、親友が死んだ。


「全ての始まりは300年前に遡る。そして世界の99%がたった1%……、いや、もっと酷い比率かもしれない。その歪みのせいでゼペは死んだ。俺にもっと力があったら……。せめて今くらい成長していたら……」


 人面魚はうっすらと目を開けた。


「ゼペ、マーマンのみんな。悪い。俺の勘がこうしろって言っている。だから……」



 ————許して欲しい



 そして、メンマは溜め息を一つ。


「いや、ゼペならそんなこと、気にしないか。だってあいつはまんまシー○ンみたいな奴だったからな。お節介で、どこか達観して……」


 ……だから、俺を信じて欲しい。


 人面魚は親友を思い出しながら、水の中である魔法名を綴っていた。

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