第18話 怪魚からのアドバイス
ゼペは海の中を軽快に泳いでいく。
そして、その姿を見失わないように隆平は懸命に泳ぐ。
しぼみかけているヨークサックがビロビロとしていて、泳ぎにくいことこの上ない。
「なぁ、もうちょっとゆっくり泳いでくれないか?」
「そうしたいのはやまやまだけどなあ。あまりに長く同じ場所に居すぎちまった。早いとこ離脱した方がいい。さっきは捕食側なんて言っちまったけどな。結局俺らは幼体にすぎない、残念ながら今は捕食される側なんだよ。」
確かに幼体なんて普通は捕食される側だ。
そして鳥を打ち落とせたのは、あの鳥が普通の野生の鳥だったからだ。
ただの鳥、それはこの世界の食物連鎖では下位に位置するのかも知れない。
そもそもマーマンやマーメイドがいる以上、他のモンスター型生物がいてもおかしくない。
ゼペの
「うう、なんだか寒気が……」
「リューヘー、絶対に後ろを振り返るんじゃあないぞ。そのまま全力で泳ぎきれ。」
ゼペが前を向いたまま、速度を上げたので隆平も懸命に泳ぐ。
……でも、今の言葉は流石にズルい。
それは振り向けと言っているような前振り。
押すな押すなと言っているようなモノ。
——ちょっとだけなら構わんだろ
隆平がそう思った時点で死亡フラグなのだが、彼の身体的特徴のせいで、それが確定演出へと変わる。
つい人間の頃の癖で首だけ後ろに向けるつもりだった。
だが、人面魚である彼に首はない。
そのまま体ごと後ろの何者かと対面してしまった。
「な……、ダイオウイカ?」
隆平の前には巨大な黒い影があった。
そして10本の長い足なのか触手なのかをヒラヒラさせている。
つまり、追跡していたのは巨大なイカだったらしい。
そしてそのイカが、振り向いた人面魚に気が付いたのかニヤリと笑った……気がした。
【
海中でもっとも頼りになる情報は何か。
——それは当然、『音』である。
人間とは可聴域が違うだろうが、イルカやクジラ、他の魚類も音でコミュニケーションをとっている。
だからといって、イカが喋って良い訳ではない。
でも、そう聞こえたのだから仕方がない。
「つまり、こいつも魔法が使えるのかよ!」
隆平がそのイカがモンスターだと気がついた時には遅かった。
イカだからスミを吐く、なんて必要はなかったらしい。
狩りをするのにわざわざ煙幕を張る必要はない。
水分が氷の針となって海中を突き進む。
水の抵抗を抑えるためか、かなり流線型の形をしている。
ただ、隆平もまた海洋生物である。海の中では俊敏に動くことができる。
だから、飛来する無数の氷の針を両腕や肩で迅速に対処した。
——とはいえ、それは無意識下で行っており、飛んできたから本能的に急所を庇おうとしただけ。
しかも腕や肩など存在しない。
だから結局、ただ横を向いただけ。
「——しまった!つい、人間の時の癖がでた」
右腕を前に出そうとしただけなのに体全体が動いてしまう。
けれども、起きた現実は彼の予想していたモノではなかった。
『パンッ』という衝撃と共に黄色の煙幕が彼の体から発生した。
それは、今だけ起こせる偶然。
それはそれで致命的かもしれないが、彼のしぼみかけた
しかも氷の針で破け、一瞬だけ自分の周りに煙幕のように黄色い栄養分が辺り一帯に広がった。
「なんだかよく分からないけど、この隙に逃げよう。」
そして、彼は身を翻してその場を一気に離脱した。
巨大イカも簡単に仕留められると思って油断をしていたのだろう。
足が止まっていたので、彼のオハコの離脱方法、『スミを吐く』を稚魚にしてやられた形となった。
ただ、煙幕を抜ければ再び視界に捉えられる。
なので、頭に血が上った巨大イカは再び魔法を放つ。
「しつこいなぁ。ま、ちょうどバランス悪いって思ってたから丁度いいか。」
今度は狙って左腕で魔法攻撃を受け止める仕草をした。
すると当然左の腹を見せる形となり、反対側のヨークサックが一度だけの盾兼煙幕となる。
二度のヨークサック煙幕により相当の距離を稼げた。
さらに袋が潰れてくれたおかげで、隆平の体もほぼ流線型となる。
その後、三度目の魔法攻撃が行われたのだが、そこで隆平は一つの事実に気がついた。
「……あ、俺の急所って顔か。だからゼペは振り向くなって言ったのか。」
そもそも魚の鱗はかなり硬い。
元々鎧を纏っているようなもの。
超長距離になってしまった巨大イカの魔法攻撃など、流線形ボディと鱗が弾いてくれる。
ただ、やっぱり背を向けて逃げ出すのは、ちょっとだけ癪に触る。
だから隆平は捨て台詞を吐いて敗走した。
「逃げたからって俺は卑怯者じゃない!!捕食する側になったら相手してやるっつーだけだ!」
□□□
少女は半眼で人面魚を見つめていた。
「それ。単純に手も足も出ず、親友も助けてくれなかったって残念エピソードじゃない?」
怪魚はいくつかの情報を伏せながら、少女に生まれたての頃に実際にあったエピソードを話した。
けれど、少女はジト目をやめない。
『おい。それは人面魚差別だぞ。手も足も出ないのは当たり前だっての。』
「そーゆー意味じゃないから!っていうか、そこまで太々しい態度を取られたら差別とかどうでも良くなってくるんだけど!」
ただ、実際今の話を聞く限り、彼は生まれた頃から死と隣り合わせだったことは理解できる。
問題は、それを今話す必要があったかということだ。
試験は明日である。
どんな助言をしてくれるのかと思ったら、彼は己が敗走した話を武勇伝のように話しただけだった。
『ま、ここまで差別が常態化しちまう世界だとそうなるか。差別と区別の違いも分からなくなった世界だってあるんだけどな。』
……また、訳の分からない事を。
「もういいわよ。明日、盛大に恥をかけば済むってことよね。」
寧ろ、それが目的なのは分かっている。
友人もいないのだから、それを恥と呼べるのかどうか。
『おいおい。最後まで話を聞けっての。俺たち人面魚は人の頭を持ってるだろ?だから人面魚、なんて呼ばれてるんだけどな。んで、ダイオウイカは人間の頭を持っていないだろ。……ん、これは差別か?いや、区別か。とにかくイカの頭でも中学部レベルの魔法が使えるんだ。この意味、分かるだろ?』
……んー、確かに。
「それ、魔物だから使えるんじゃなくて?」
『それこそ意味が分からないだろ。つまり魔法はパッションだ!そして必要なのはたった一つ。視覚的にイメージが持てるかどうかだ。つーか、前にも言ったろ?お前は世界の仕組みを調べるために学校に入ったわけじゃないだろ。』
「……つまり、それって?」
そして怪魚はここであっさりとこんな事を言ってきた。
『つまり魔法は感情論だ。それからその実践テスト、気合い入れとけよ。絶対に手を抜くな。』
「え?それはそのつもりだけど……」
『他の
少女は言葉を失った。
そして、心の底から恐怖を感じた。
——12歳の少女が恐怖する言葉なんて簡単だ
『……最悪、殺されるぞ』
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