第16話 道標の人面魚

「俺の名前はゼペだ。お前の名前は?」「だから、マーマン差別はやめろっての。俺たちだって生きてるんだぞー」


 メンマがこの世界に来た時、やたらとお節介を焼くマーマンの幼魚がいた。

 彼がいなければ、そのままのたれ死んでいたかもしれない。


 メンマは水魔法を細かく練り上げながら、彼のことを思い出していた。


「分かってねぇなぁ。マーマンは——」


 彼の癖は雄々しい触覚オレノチンポーンでメンマの……いや、隆平の額を小突くことだった。

 それは本当に昨日のことのようなのに、ずっと昔のことなのだ。


      □□□


「は?突然何言ってんだ、お前!しかも変なモンを俺の顔につけるなよ!」

「す、すまない。そうだよなぁ。今のは無しだ。俺が悪いかった。お前の心を抉っちまった。」


 ……俺に雄々しい触覚がないことをやたらと気にしてたっけ。──いや、あれはなくて良かったけれども!ちなみに。


「これは幼魚の時の男のシンボルみたいなもんだ。お前の体はオスに間違いねぇ……と思う。分からねぇから捨てられちまったんだな、お前は。」


 ということらしい。

 そしてそれが、俺が暗闇で一人、彷徨っていた理由らしい。


「でも、お前はちゃんと一人でここまで這い上がってきたんだろ?マーマン人生を諦めたくないんだろ?」


 これが隆平の体に起きた真実だった。

 ──はぁ?

 という内容ではあったけれども。

 到底受け入れられるものではなかったけれど。


「俺、どんな見た目なんだ?いや、もしかしなくても……」

「またそれかよ。マーマンは見た目なんて気にするな。マーメイドのように美しくはない。でも大切なのは生き方なんだよ。」


 あの変態人面魚は、最初から『俺たち』と複数形で言っていた。

 だから気付こうと思えば気付けたのだ。

 そして、お節介な彼はついてこいと言わんばかりに上へと泳ぎ始めた。

 その日は月に一度の『凪の日』で、マーメイド達が陽光を浴びる為に集まる日だった。

 だから絶好の覗き日よりだった。

 それはマーメイドの日光浴を覗くマーマンにも言えることだし、空を飛ぶ生き物にも言えることだ。

 澄んだ海だから、海から空もよく見える——例えば魚を狙う鳥の姿とか。


「ちょ、上!上!危な——」

「いいかぁ? 俺たちゃ幼体でもマーマンだ。その辺の魚とは違うんだよ。自分の姿が見たいなら、海面を揺らさず一瞬で決めろ。まずは俺が手本を見せてやる!」


 それは見事な海面ジャンプだった。

 海面をほとんど揺らさない、全く無駄のないジャンプ。

 一つだけ円形の波紋が広がるだけのの美しい跳躍。

 そして、ソレを見事な滑空で空中キャッチするカモメさん。


 一瞬の出会い。

 人面魚はカモメのくちばしに捉えられて、短い生涯を終えた……、と思われた──だが。


氷菓アイスクリーム


 その声が聞こえた瞬間に海面が凍り、氷柱つららが逆向きに発生した。

 そしてカモメの胴体は氷柱に貫かれ、ゼペは何事もなかったかのように着水した。


        □□□


「その後、俺は安全にジャンプして、海面に写った俺の姿を見てしまったわけだが……。そして、あいつの言葉の意味を理解した。」


 『マーマンは捕食する側』だ。


 リュウヘイからメンマへと名を変えた人面魚。

 ソレは水の僅かな振動を感じた。

 この部屋に向かって歩いてくる体重の軽そうな誰かの足音。

 それが誰かなんて決まっている。


「さて、あいつの話を聞いてやるかな。その前に果たしてこの世界はなんなのか。せっかくだから纏めておこう。少なくとも今、分かっていることは……」


『夢の中で胡蝶としてひらひらと飛んでいた。そして、目が覚めたのだが、はたして自分は蝶になった夢をみていたのか、それとも今の自分は蝶が見ている夢なのか』


(誤)胡蝶、蝶

(正)人面魚、人面魚


『夢の中で人面魚としてスイスイと泳いでいた。そして、目が覚めたのだが、はたして自分は人面魚になった夢をみていたのか、それとも今の自分は人面魚が見ている夢なのか』


 ……俺が生きてきたあっちの現実は『人面魚の夢』だったのかもしれない。


 海面に写った自分の姿はゼペと同じ人面魚だった。

 そして、ゼペがヨークサックと呼んでいたモノは、そのままの意味、つまりは卵嚢ヨークサックだった。

 だから水の中でも呼吸ができ、飲まず食わずでも生きてることができた。


 少なくとも?

 いやいや相当不満である!


 『カチッ!ガチャガチャ!』


 少女が鍵を開け、ドアノブを捻っている。

 彼女がもうすぐ帰ってくる。


 ……つまり、人間が不慮の事故に遭い、そしてモンスターに転生した物語ってことかな。


「チートなんて贅沢は言わないから、せめて人間……いや、ゴブリンとかでも良かったと思うんだけど。まさかの人面魚シー○ン型。文字通り、俺には手も足も出ない世界。畜生道に落ちるとこうなると言うが、まさにそれだ。俺は親不孝者だったからな。」


 外はまだ明るいらしく、少女のシルエットしか見えない。

 ただ、そのシルエットが疲れ切っていることくらい分かる。


「……ただ……いま。」


 気がつけばもう夕方だった。

 そして、心優しきご令嬢がご帰還された。


『おう、お疲れさん。新しい環境ってのは全然慣れないだろ?』


 すると少女は「はぁ……」と溜め息を吐いた。

 そしてブレザーのジャケットを皺にならないようにハンガーに掛けた。

 彼女のその目はやはり半眼で、少々不機嫌なご様子だった。


「聞いてよ。同じ学年なのに、みんな違う色だったの。」

『裸になっちまえば、上とか下とか分からねぇからな。だから着物や装飾で区別させるのが手っ取り早いっつーことだな。』


 今の喋り方はリュウヘイのモノではない。これはゼペの喋り方がうつっている。


 少女が新たな世界に旅立ったのだ。

 ならば、自分がそうしてもらったように、今度は彼女を新世界へと導こう。


「あのお爺ちゃん、良い人そうだったのに嘘ついてたの。それに……」

『契約書の縛りだな。アリアの兄貴達は話せない状態だった。でも、まだ始まったばかりだ。アリアの本領が発揮されるのはこれから……。あ!そういえば……』

「え?……そういえば?」

『今日のヒーター、温度高すぎだぞ。俺を煮殺す気か。』

「ちょっと、気になる言い方しないでよ。……あ、でもほんとだ。よく死ななかったわね。」


 少女には語っていないことが多すぎる。

 それにメンマも考えなければならないことが多すぎる。

 どれもこれも、この偏ってしまった世界のせい。


「うーん、実家の電力とこっちの電力って全然違うのね。だから同じメモリでも温度が違ってたのか。あ、そうそう。教科書の厚みも全然違うの!これって酷くない?」


 少女はブラウス姿でせっせと水槽の管理をしている。

 こんな不気味な生物を本当の家族のように接してくれる。


『前にも言ったろ。世界の富の99%はたった1%が独占しているんだとさ。そして、1%の人間は末長く1%で在り続ける為に、世界に越えられない壁を作っている。それを徹底的に教え込むための学校ってことかもしれないぜ。』

「ふーん。メンマはどうしてそんなに詳しいの?」

『それはまだ実装していない。次のアップデートに期待してくれ。』

「何それ。ま、いいわ。あたしは頑張るしかないし。」

『ま、頑張れよ。今日は水の交換はいいから、ゆっくり休め。』


 水槽にいる人面魚と会話をする可憐な少女。



 ……つまり、ここからが物語の始まりだ。


 この異世界転生物語のタイトルももう少し捻るべきだろう。

 というより文字制限で致し方なかった。


 だからもう一度タイトルコールをするべきかもしれない。


『底辺貴族令嬢の部屋の水槽の中にいる人面魚って実は俺なんですがこれって畜生道に落ちたってこと?ただ、その貴族令嬢はとても可愛くて良い子なので、喜んで悩み相談を引き受けます!』


 これがこの異世界転生物語のタイトル、これで決まりだろう。

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