第13話 少女の夢と胡蝶の夢
メンマは少女の行動の矛盾に気がついていた。
いや、誰の目から見ても明らかだっただろう。
ただ、彼女の周りの人物にとって、ソレは当たり前の考え方だったから、誰からも聞かれないし、気付かれない矛盾。
「学校に行くことが私の夢。それは前も話したと思うけど。」
少女は埃を払いながら、段ボールの中身を整理しながら、そう語った。
因みに、水槽の水もポンプで汲み取って、掃除をして新しい水に変えておく。
真水で大丈夫?と聞いたら、人面魚は大丈夫と答えた。
そして、アクアリウムと言えば、石を並べたり水中に草を用意したりと、海や川の中のジオラマを作って楽しむものだ。
アリアはそれをボトボトと落とすだけ、それを怪魚が口で咥えて、ソレ好みに配置をしていく。
『……えっと、念願の学校に入ったわけだけど、夢の続きはあるのか?」
小石や偽物の海藻の配置に満足したのか、それを自慢げに見せながら魚は、少女の夢の続きを催促した。
少女はその真意を計りかねてはいたが、彼の質問に答える。
「全ての乙女の憧れだと思うのだけれど。やっぱり、王子様との禁断の愛よね。家族の反対、貴族の反対を押し切って、男爵家の娘が王子様と結ばれるの。こんなシンデレラストーリー、女の子ならみんな、憧れるわよ!」
そう言って彼女は制服を自分の体に当てて見せた。黄土色のブレザーという微妙な配色だが、改めて『彼』は思った。
……うん。かわいい。やはり美少女。でも12歳なんだよな。俺の知っている12歳よりずいぶん上に見えるけど。いや、だがしかし。流石に12歳はまずい!!
と、心の中の男の部分が露呈しそうになるが、それを抑えて魚は言った。
『アリア、その——』
「うん分かってる、ちゃんとゴミ掃除して燃えるゴミはちゃんと燃やすね。」
そして少女は真面目に丁寧に部屋の掃除を行った。
三日後、彼女は転入生イベントを迎える。
前向きで真面目な彼女が、果たして学園生活に馴染めるのか——それはさておき人面魚は彼女の夢の続きを聞いて、水槽に漏れないほどの声で呟いた。
「なるほど、アリアらしいな。ま、俺としては彼女の恋路を応援しないといけないのか。いや、だがしかし12歳!!」
□□□
アリアの編入が明日に迫る中、人面魚は深い眠りについていた。
本来、魚には瞼がないが、ソレの顔は人間であるので当然目を瞑る。
そしていつもと同じ夢を見ていた。
アリアの夢を聞いたから、というわけでもなく、眠る時に見る夢の話。
————これはメンマと名乗る人面魚が見ている夢の中の話。
『夢の中で胡蝶としてひらひらと飛んでいた。そして、目が覚めたのだが、はたして自分は蝶になった夢をみていたのか、それとも今の自分は蝶が見ている夢なのか』
美しい話。
——いわゆる、『胡蝶の夢』だ。
そして俺は今、どっちなんだろう。
いや、多分だけどね?ううん、絶対だけど。こっちが絶対に夢のはずだ!!
だって俺、数日前に両親の葬儀の喪主をしたのだ。
両親以外に家族がいない、そして友達もいなかった俺は、突然やってきた孤独に耐えきれなかった。
そして、あまりのショックに街を彷徨って、気がついたら橋から夕日を眺めてて……
……俺、橋から落ちて溺れた?——だからこんな夢を見ているのか!
————でも、俺はなんで夢から覚めないんだ?
得体の知れない暗闇でここ数ヶ月ずっと彷徨ってた。
しかもどこからどう見ても海の中——だがしかし、確証はある。
何故か俺は腹が空かない——つまりこれは夢!
それにしても困る、夢なのに体感では三ヶ月くらいずっと目が覚めていない。
……何が嫌かって?
……人生に絶望していたのに?
理由は簡単だ。
何故か、ずっと金縛り状態なのだ、手とか足とかほとんど動かせない。
首も動かせないし、何なら手足の感覚さえない。
それなのに、海中をやたらと速く動けるのは謎ではある。
因みに、空腹の話より、よほど明確な夢という証拠もある。
『俺はどうして水の中で呼吸ができるのか』
目覚めて良いことはない……とは思う。
けど、この金縛りだけは勘弁してほしい。
……あれだろ?明晰夢とかだろう?それならもっと楽しい夢にしてくれ。
もしくは早く目を覚まして、これからの人生を見つめ直さないと!
でも、どうやったらどうやったら目が覚めるのか。
いつもはどうやって目を覚ましていたのか。
目の覚まし方が分からない。
「あれ……?これってタチの悪い悪夢ってこと?都市伝説的な?」
————メンマは今、夢の中、そして魚が汗をかくというのなら、寝汗をかいている。
寒気がする暗闇で始まった悪夢のような三ヶ月だった。
何かを感じて、——いや、今考えれば水の流れを感じて、いきなり巨大な何かに食われそうになった。
「巨大魚? いや、巨大魚ならまだありふれている……」
巨大なカニの化け物、それにヤドカリの化け物、とにかく甲殻類がめちゃくちゃ怖かった。
ほんのりと明かりが灯っている、と思って近づいたら巨大イソギンチャクの森があり、そこで化け物達が連携プレイをとりながら、あの手この手で食おうとする。
「金縛りは夢の続き、なんていうけど、やっぱり恐怖の対象は深海魚だよなぁ。なんであんなにグロテスクな見た目をしてんだろう。」
光に誘われて、ふわふわ浮かんでいると巨大も巨大、極大の竜のような深海魚に食われそうになった。
しかも三ヶ月間も。
おかげで逃げ足だけは鍛えられたらしい、——逃げ足?
「足っていうか、体幹で泳ぐというか。化け物が次第に小さくなり始めた。いや、夢だから有り得るのか。俺が恐怖を克服したという暗示かな。目が覚めた時、俺は深海魚が怖くないというスキル持ちに……って、全然役に立たないスキル!!」
……でも、本当に夢なのだろうか。
俺はあの時本当は——
今、もしかしたら死の間際にいて、病院のベッドで昏睡状態、いや、脳死待ちなのかもしれない。
『絶望感』しかない
ただその時、空が明るくなり始め、太陽の光が海中を照らし始めた。
……そして、美しい珊瑚礁の森が目の前に広がったのだ。
三ヶ月間飲まず食わずの彼は、本能的に陸を目指していたのかもしれない。
そして絶望に支配されていた彼は、その景色に声を失った。
そこで思い出したのが、あの言葉だ。
「胡蝶の夢……か。もしかしたら、ここは悪夢じゃないのかもしれない。俺の冴えなかった人間時代こそが夢……、いや、それはないとは分かっているけど。でも、それなら蝶のままでいるのもありかもしれない。」
目が覚めたとて、どうする? 父も母もいない。
突然、二人とも事故で死んでしまった。
バイトくらいはしていたけれど、いつか正社員になるからと、両親に甘えきっていた。
未来を考えるのが怖かった。
昔、孫と遊ぶのが夢と語った両親の夢は結局叶えてあげられなかった。
そして、ついにはバイトも不景気の煽りを受けて、辞めさせられた。
「あっちの方が悪夢だったってことにしよう。だったらこの夢はずっと覚めなくていい。俺はこの広大な海の中で自由気ままに生きるんだ。」
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