女学生と人面魚

第12話 アリアの新生活

 サッチマン貴族街はエルセイ王族領の中心地にある。

 エルセイリア王国は絶対王政ではない。

 貴族達が集まり、国の運営を考えて法律を決める。

 その為に建てられたのが貴族院である。

 

 ただ、貴族院は王族領キングスフィールドにある。

 その為、エルセイ王家は国の運営のため、その周囲の土地を無期限で貸し出した。


 貸し出した土地は、貴族院の近くの小高い丘であり、当時の内務大臣や外務大臣、財務大臣がそこに家を建てた。

 今考えれば、それが貴族街の始まりだった。

 国の運営は法律が変わる度に複雑になり、その度に新たな大臣が誕生した。

 そして新たな大臣も近くに家を建てる。


 二百年前に生まれた貴族街だが、当時王族の窓口になっていたのがサッチマン侯爵だった為、今日もサッチマン貴族街と呼ばている。


 因みにそれから200年後の今、13代目サッチマン侯爵は貴族院が所有する魔法学校の運営のみに専念している。


        □□□


「へぇ、これが制服なのね。服まで用意してくれるなんて本当にありがたい限りね。」


 アリアは学生寮の一室を無償で借りる権利を得た。

 そこで今、新生活の準備をしている。


『あぁ、ちょっと水が濁ってきたなぁ。ううう、俺を殺すつもりかぁぁ』


 段ボールの壁の向こうにある段ボールの壁のさらに奥の方から、男の声が聞こえる。


「今、着替えているの!メンマの性別はともかく、なんとなく男って感じがするから今はだーめ!」


 アレの性別は未だに不明だ。

 でも、どう考えても男な気がする。


『ううう、殺人鬼だぁぁ。あー、なんか寒くなってきたぁ。』

「だからー!今は……って、ほんとだ!ヒーターが切れてるし、水もすごく濁ってる。一体どうして……」


 金の髪が艶やかになったアリア。

 母親から色々と分けてもらったらしい。

 そんな彼女は実家と変わらない服装のまま、水槽を不思議そうに眺めていた。


『この部屋が埃まみれだからに決まってるだろ。まさかあのまま寮に連れていかれるとは思ってなかったからな。……んで、お前はヒーターのスイッチも入れず、何時間も制服を眺め続けていたからだっつーの。水の交換は後でいいから、とにかくヒーター入れてくれ。後、エアレーションもおかしいぞ。』

「え?そんなに時間経ってた?……うーん、でも新しい環境だから、色んなとこが気になっちゃって。実家から荷物が次々に運ばれてくるし。」


 ぶつぶつと考え事をしながらヒーターのスイッチをぐいぃっと捻る少女。

 確かに今、フィッシャーマン家は大変なことになっているだろう。

 長男マーベスは父と共に自領の改革をしなければならない。

 その為に一端、次男リーベスを就職活動から帰省させるらしい。

 今から自領全ての農地の土を掘り出し、それを別の地の土と入れ替える。

 更にはその期間や、新しい作物の収穫までの生活保護もしなければならない。

 その全ての費用を学校が受け持つとはいえ、まずはいくらかかるのか、どれだけ人手がいるのかを計算しなければならない。


『実家の要らないものが全部送られてきたんじゃないか? 多分、お前の部屋も無くなってるぞ。』

「えー!私、帰るところなくなっちゃったの!?なんで?」

『コンピューターもない時代だ。書類整理にどれだけの人数と、どれだけのスペースが必要だと思っている?今までが杜撰すぎたってことだよ。』

「そりゃ、その日暮らしみたいな貧乏領地だったんだもん。毎年の収穫も高が知れていたし。」


 もっとも簡単な方法は、ただ土を売るという選択だった。

 けれど、人面魚がした鳥のフンの話のせいで、彼女は最も難しい方針を打ち立ててしまった。


『全部お前のせいだぞ。あそこは完全にアリアのアドリブだからな。多分、今頃親父殿はやらなければならないことの多さに頭を抱えている筈だ。兄貴達も帰省させるって言っていたしな。』

「でも、それが普通だよ!領民の幸せを考えるのが領主の務めでしょ?」


 ぐう正である。

 だが、それを言った本人は学校側に取り込まれてしまった。

 無論、それ自体は人面魚の計算通りだが。


『にしても、制服ねぇ。確か、学校内では身分をどうのこうのと……』

「そうね。素晴らしい考えだわ。制服を統一することで、格差を無くすなんて!」

『はぁ……。そうそううまく行くものかね。ま、学年も同じ年齢層のお貴族様がいるところに編入させてもらえたわけだ。それに貴族街の中なら自由に移動して良いらしいし、バイトだって探せば出来るんじゃねぇの?』

「えぇ。メンマ、なんでそんなこと知っているの?も、もしかして学校の関係者?」


 その言葉に魚は、はぁと気泡を口から吐いた。そして視線をワザと落として見せる。


「け、契約書!?」


 そう。

 あの後、アリアは契約書にサインをした。

 おそらく何も考えずにサインをしたのだろう。

 そして、そのまま寮に案内されて、すぐに制服が届き、さらに時間差で貴族街にあるフィッシャーマン別邸から荷物が届けられた。

 さらには実家からも荷物が届けられて、水槽と契約書を残して、彼女は入り口で服をずーっと見ていた。


 これらがメンマ段ボール生き埋めに繋がった。

 彼女がずっと呼びかけに気付かないので、メンマは仕方なく契約書に目を通していた。

 勿論、メンマが目を通していた理由は、少女の為だけではない。

 キングスフィールドと呼ばれる王族領は全て結界で囲まれている。

 どれだけの魔力量が必要か、考えるだけでも途方もない。

 やはり王族が怪しいのだろうと思ってしまう。


『サインしたことにより、アリアの行動は貴族街に制限されているらしい。これが結界の成せる技のようだ。いやいや、俺は手がなくて良かったな。』

「あれって、冗談でもなんでもなく、あたしを監禁するってことだったの!?」

『冗談なわけないだろう。それに契約書を読んで分かったことがある。一応アリアにも年四回の帰省は認められている。つまりアリアの兄貴達も同じ契約書にサインしていた可能性がある。ここで問題になってくるのは、それがフィッシャーマンに限ったことか、男爵に限ったことか、それとも全ての貴族に当てはまるのかってとこだな。』


 メンマは説明しながら考えていた。

 そういえば聞いたことがない。

 メンマはそれを目的にしていたが、彼女には一つだけ矛盾している行動がある。

 だから、今後の方針として、確認しておかなければならなかった。

 

 人面魚はわざわざ彼女の視界に入るところまで泳いで行って、覗き込むようにして聞いてみた。


 『アリアはどうして魔法学校に行きたいと思っていたんだ?』

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