第11話 学長との交渉
つまり呪われていた大地という表現は、そのまま正解だった。
そしてその残滓は三百年経った今でも海中に残っていることになる。
あの人面魚はそれを目の当たりにした、アリアはそう考えている。
「それで冥府の土……か。お嬢さん、そこまで言うからには、この土の使い道を知っているのじゃな?」
「はい。
この回答は流石の侯爵様も目を剥いた。
まさか即答されるとは思っていなかった、それもある。
だが、田舎の男爵の娘が斯様な知識を何故知っているのか——もしもこれが全ての貴族に当てはまるなら大変な事態である。
が、因みにこれも人面魚さんの入れ知恵である。
「なるほど。マーブル、この娘さんはよく勉強しているようじゃな。じゃが、勉強させすぎにも思うぞ。」
「は、はい。真面目な良い子なので、勉強しすぎてしまったのかもしれません。」
なんて言っているが、マーベルには意味が分かっていない。
褒められているのか、責められているかも判断ができていない。
元々、彼はただ単に貴重な土だから、交渉するべきとしか聞かされていない。
だから、先の伯爵くらいが来て、お小遣い程度の取引が出来れば大満足だった。
「で、いくらで買い取って欲しいと?」
「それはここでは決められません。魔法草の肥料は魔法研究を盛んにされている貴族様なら皆欲しがるかと……」
アリアとメンマのターンは続く。
アリアは本当に真面目な努力家なのだ、そしてメンマは彼女の音読をずっと聞いていた。
さらにメンマはここから遠い地で生まれた存在。
そしてあの時何が起きたかを知っている存在。
当然、アリアが話す歴史が虫食いだらけだと気付ける存在である。
「なるほど。この交渉自体が罠だったわけじゃな。肝の座ったお嬢さんだ。」
そしてメンマは人間がどのように動くのか、もっと大きな社会の知識も持っている。
無論、それは彼が生まれた地とは別の異世界の知識だが。
だがしかし、メンマもアリアの度胸に舌を巻いている。
メンマも正直、ここまで彼女が演じきるとは思っていなかった。
——とすればやはり、フィッシャーマンの一族の本来の役割は。
「競売にかけられようものなら、これだけの魔素腐葉土が世に知れ渡る……か。1kg10
ついに値段が提示された。
ちなみに人面魚さんはこの国全体の物価が分からない。
だから、ここからはアリアに丸投げするしかない。
鳥のフンの国は当時、医療費は無料、税金もほとんどないという、理想国家を一時的にだが作った。
後は、彼女次第だ、お互いが妥協出来る金額を探り、如何に領民を金持ちにするか。
アリアは自領についてかなり詳しい。
ずっとあの地に封じられていたのだ。
ここで一発逆転を……
——ただ、少女は笑顔でこう言った。
「つまり買ってくださると。そうであれば、父と交渉してください。私は多く望みません。」
「——え、私が?」
突然、話題が振られて父マーベルは戸惑っている。
けれど少女はしっかりと考えて、その結論に至ったのだ。
ただ、父と自分の考えが違ってはいけないので、どういう金額設定にするのかを彼の説明する。
「私は鳥のフンの国を望みません。私の希望は領地の畑の土を全て健全な土へと入れ替え、農耕生活が定着するまでの食べ物の支援が出来ればそれで良いと考えています。いつか尽きるかもしれない金の土よりも、地に根を張った緩やかな生活を望みます。」
人面魚は息を、いや水を飲んだ。
あれだけの土地の土があれば、当面の間は土彫りをしていれば良い。
なんなら人を雇い、自領民は遊んで暮らしても問題ないかもしれない。
そもそも、底曳き網漁を再開すれば、再び魔素を多く含んだ腐葉土が作れるかもしれない。
鳥のフンの国の再来とはならないかもしれない。
「金の土をただの土に変えるのみ……か。無欲というか、分別を弁えているというか。ワシの方が大人気ない気分にさせられるのぉ。なぁ、マーベルや。」
「そ、そ、そうです……ね。じ、自慢の娘……なんです。」
父親は既に考える力を剥ぎ取られたらしい。
そして、この反応を見るに、アリアの出した条件でそのまま進んでしまうだろう。
学長の雰囲気はどちらかと言えば『安堵』である。
つまり、アリアは学長が一番受け入れやすい条件を示したのだ。
大陸の地図から察するに、この地ほど英傑の残滓を含んだ土地はない。
もしもそれが知られれば、それぞれの貴族が動き始める。
そこまで少女が考えていたのかは分からない、単に無欲なだけ、鳥のフンの話を信じただけかもしれない。
……確かに、それが一番平和かもしれない。でも、アリア。俺はそれだけじゃ不満だ。だから、これだけは言わせてもらう。
『もう一つ、ワシからも条件がある。この女アリアを特待生として迎え入れろ。無論、卒業するまで学生寮を無料で貸し出すのも忘れるな。』
「え!?」
アリアの口からメンマの声が出ているという設定だった筈なのに、彼女は驚いて声を発してしまう。
ただ……
「ふむ。それが良いかもしれぬな。マーベル、アリアという少女。彼女は逸材やもしれぬ。ワシが推薦状を書こう。」
「え、本当にいいんですか? えと自分で要求してアレですけど……」
その少女の戸惑いに学長は老獪に笑い、人面魚はほくそ笑んだ。
「アリア君。君がどこまで知っているのかは憶測でしか分からん。じゃが、放っておいて良い存在ではない。学校という籠の中に入れておくに限る。悪いが、これは侯爵としての命令じゃ。」
そう、ここまで話した以上、アリアに選択肢はない。
アリアが話したことになっている話は虫食い前の歴史の一端。
虫食いにしたのは誰が見ても明らか、王族である。
——ただ、貴族学校に通うのはアリアの夢でもある。
だから、その夢を叶えさせたいが為に人面魚は、このシナリオを描いた。
……というのは、大嘘だ。メンマも魔法学校に興味があった。そして魔法学校と取引がしたいという彼女の気持ちを利用した。
敢えて触れてはならない話を持ち出した。
敢えて大したことのない男を追い返した。
無論、危険は承知していたが、どうにかする自信はあった。
言ってみれば、自領という牢獄から、学校という牢獄に移送されただけ。
でも、きっと彼女は許してくれる——アリアとはそういう人間なのだ。
「特待生ってことは、授業料払わなくて良いってこと!寮もただってすごい!お父さん!私、学生になってもいい?」
サッチマン侯爵に脅されたにも関わらず、彼女は嬉しそうにそう言った。
「良いも何も、命令だ。私に拒否権はない。それに私は自領の改革をしなければならない。マーベスとリーベスも呼び戻す必要がある。これから大忙しだよ。とにかく、夢が叶ってよかったな。アリア。」
————そして、彼女の新たな人生が始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます