第10話 霊媒体質ごっこ

『若輩者のお主では話にならないな』


 アリアは水槽からの来た合図に動き始めていた。

 ——といっても、うろんな目を相手様貴族に向けるだけ。


「おい、お前の娘……、どんな教育をしている!」


 それはそれはデリンジャー伯爵もお怒りのことだろう。

 父など、青ざめて気絶寸前と言ったところだ。

 ——そしてそれはアリアも同じである。


『この娘は霊媒体質、そんなことも気づけぬ愚か者よ。そも、何故なにゆえ彼の地が呪いの地と呼ばれておるかも知らぬのではないか?』


 アリアも気絶寸前である。伯爵様を愚か者呼ばわりなど、悪い夢だと思いたい。

 口パクをしていれば良いと言われていただけ。

 そんな発言をするとは知らされていない。


 ……でも、今の私は英霊様、今の私は英霊様!!


 メンマは恩を返すと言った。

 仇を返すとは言っていない。——だから今は信じるしかない。


「霊媒体質だと?……そんな稚児の言い訳が通用すると思ったか!?たかが、男爵の娘風情が。お前の人生なぞ、せいぜいが男を喜ばせることくらいしかできぬとるに足らないもの。だから自分の将来に絶望し頭がおかしくなったか?」


 否定できない立場にいることは分かっている。

 けれども、流石にアリアもカチンと来た。

 だから口パクではなく、手を鷹揚にかざしたりしてみる。

 うろんな目を睨みつける目に変える。


『笑わせる。伯しか持たない男が何を申すか。そもそもお主、頭の方も弱いのではないか?そも、お主が言う通り、この娘がただ狂っておったとして、では何故、ワシらはここに呼ばれた?お主はあれじゃな。この生娘よりも思考が単純のようじゃな。これは笑っては失礼というやつか?そも、お主はまだワシの質問に答えてもいない。早よせぬか、くせぬか!そこまで悪態をついたのじゃ。知らぬとは言わせぬぞ!?』


 その言葉に目を剥くデリンジャー伯爵。

 だが、彼女の言葉は事実である。

 それにこの声はどう考えても男のものだし、隣で顔を青くしている男爵はただガタガタ震えているだけ。

 本当に英霊が乗り移ったのではないかと、思い始める。

 

 ……いったい何のだ!私はただ本物か偽物か、見てこいと言われただけだ。


「ま、待て。私はその土を鑑定しに来ただけだ。その土に触れられぬというのなら……」

『ワシの名はガボン・マーマン。覚えておらぬか?お主らヒト族の裏切りによって殺された魚人の長じゃ。全く、失礼な奴め。全くの無知蒙昧、何処の馬の骨とも分からぬヒト如きに、我らの体は触らせぬ。たとえ塵芥ちりあくたになっておったとしてもな!』


 そこでアリアも背筋から嫌な汗が流れ出る。

 ……ガボン・マーマン? 誰?呪われた海って、もしかしてそういうこと?それになんとなく分かる。メンマは適当なことを言っている訳じゃない。多分、これは本当の話。


「だ・か・ら!私は土を確認に来たのだ!知るか、全く……。フィッシャーマン男爵、この始末————」


 『コンコン』


 デリンジャー伯爵はブチギレていた。

 ここまで言われ放題され続ければ、それが英霊だとかどうでも良くなってくる。

 だから、貴族法の則り、男爵とその娘の行動を然るべき場所に報告するべきだ。

 全く、これだから平民風情は……、まで考えていたところにノックの音がした。


「失礼します。伯父様はもう帰って良いそうですよ!」


 そこに現れたのは廊下で待っている筈の青年だった。


「な……、ミハエル……?何故?」

「何故も何も、サッチマン侯爵様からのご命令ですから。伯爵様は早めに退出された方が良いですよ。どうも、侯爵様、お怒りのようですからね。伯父様に!」


 その瞬間、デリンジャー伯爵の顔が青ざめる。

 そしてそそくさと退室してしまった。


 ——アリアは唖然とした、勿論マーベルも。


 どうして、あの少年の方が伯爵よりも立場が上に思えてしまうのか。


「はい。伯父様いなくなりました。サッチマン様が今から来ますから、御二人ともソファでお寛ぎくださいね。それでは失礼します。」


 あどけなさを残す銀髪の青年、すこしだけそばかすのある青年はそう言って再び廊下に戻ってしまった。



 とりあえず第一関門は突破。

 アリアはそう考えているが、隣に座る父は気が気ではない。


「ア、アリア。今の御方は……いったい……」


 ちゃんと父親も騙せていたらしいと、少しだけ微笑んでいるアリア。


 ——そしてそのアリアの肝っ玉の大きさに舌を巻くメンマ


 勿論、アリアは何も知らない。

 そこまでは教えていない。

 ただ、あそこで過去に大きな戦争があったことしか伝えていないし、メンマ自身も伝え聞いただけの話だ。


 だが、今の突飛な演技が『賭け』ではないことをメンマは知っている。


 ……なにせ、事実だからな。



 結局、マーベルは終始アワアワとしていたが、数分後にガチャリと扉が開いた。

 ただ、ここは流石男爵様。音とともにソファから立ち上がった。

 ついでに娘も立ち上がらせようとしたが、今は御方が憑依しているのかもしれないと、躊躇して触れなかった。


「マーベル、立ち上がらずとも良い。久方ぶりじゃな。息子は元気にやっておるか?」


 老年の男性が立ち上がったマーベルを片手だけで制して見せた。

 これが本物の圧と言わんばかりの老人。


「娘さんとは初対面じゃったな。ゲデュー・サッチマン。侯爵位は賜っておるが、ただのジジイじゃ。あれ以上は話されては事じゃからな。慌てて駆けつけた。ローマスは教員として、まだまだじゃな。あれほど学校では身分を考えるなと言っておるのに……」


 スーツではなく、ローブ姿の老人。彼も銀髪だが、あれは年齢によるものだろう。

 柔らかい物腰ではあるが、隙というものを感じさせない男だった。


『本当じゃな。そも、フィッシャーマン家は貴族とは別の枠組みで存在しておったのだろう?』

「如何にも。ただ、それを知る者はほとんどおらんがな。そろそろ演技をやめてくれぬか。ワシはお主らを騙したりはせんよ。それにこれ以上話されてはならないのは、紛れもなく事実じゃからな。」

『よかろう。では普段のアリアモードに戻るとする。』


 ……アリアモードってなによ!


 というアリアの心のツッコミはさておき、人面魚は喋るのをやめた。

 これ以上は酸欠になってしまう。

 因みに、学長が現れる数分の間にアリアが必死になってポンプを踏んでくれた。

 あとは鰓に酸素を取り込ませるだけだ。


「マーベル、その土を見せてはくれまいか?」


 その声にフィッシャーマン男爵は一度、娘を一瞥した。

 そして娘が首肯するのを確かめてから、土の入った袋を差し出した。

 それを受け取った老人は、いつの間にか老眼鏡を外しており、奇妙なルーペを片目につけていた。


「なるほど、三百年も経てば土がこのように変化をするのか。」


 その言葉を聞いたアリアが即座に反応する。


「三百年前の海での大戦の残滓が海風に乗り、我が領土に降り続けました。つまり、何百年も間違った苗を植え続けていたことになります。逆に言えば三百年、その残滓を肥料として土を耕し続けたとも言えます。」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る