第3話 君は…


 島から帰るまであと2日。


 今日もいつもの時間に崖に行こうとすると、母親に呼び止められた。


 どうやら親戚の家に挨拶に行くから俺も一緒に出かけなければいけないらしい。


 一昨日までの俺なら駄々をこねていただろうけど、昨日のことがあってからまあ、いいかという気分になった。


 まあ、親戚の家から帰った後でも少しくらいは時間があるだろう。


 出かける準備ができると、俺と両親は車で2時間ぐらいゆられた。体感では島の裏側まで来たようだった。


 そして、俺と両親は車から降りると少し大きめの門があるいかにも格式がありそうな家の中へと入っていった。


 こういうところではは使用人が出迎えてくれるのだろうか。


 門を開けて庭を進んで玄関の扉を開けると、そこには1人の女性が出迎えていた。

 これが噂の使用人というやつなのか。


 ただ、有希さんという言葉が俺の母親から聞こえてきた。


 どうやら違うようだ。


 この人が今日俺と両親が会いに来た人のようだ。


 どことなく目の形や顔の輪郭があの女の子に似ているなとふと思った。


 ただ、俺がそんな些細なことを考えていると、有希さんという人に客室まで案内された。





 俺と両親が座ると、有希さんは穏やかな目で今日来てくれたことに対してお礼を言ってくれた。


 俺はお礼に対して軽い会釈をすると、目の前にある深い緑色のお茶を頂いた。


 そして、母さんと父さんは有希さんとしばらくの間談笑を始めた。


 時計の針がゆっくりと動くのを眺めながら俺は1人でぼうっと反対側にある2人の男女の子供が仲良く手を繋いでいる高級そうな掛け軸を眺めていた。


 とてもきれいだったが、年代もののせいか女の子の方は色がとても薄かったのが少しばかりの残念だった。


 しばらくすると、俺の両親を含めた3人の会話は終わったようでそろそろ帰ろうかという話になって両親は立ち上がったので、俺は痺それにつられて足をゆっくりと延ばして同じように立ち上がった。


「最後に仏壇にだけお参りしてもらってもいいですか」


 最後に有希さんからそういわれたので、俺と両親と有希さんの4人で仏壇がある小さな部屋まで行った。


 廊下を歩きながら両親に聞いてみたが、どうやら俺は今から仏壇にお参りする人には会ったことが無いらしい。


 まあ、俺の家はこういう親戚づきあいは多いほうだったので、知らない人の仏壇や墓でお参りすることも珍しくない。


 仏壇がある部屋はここからあまり離れているというわけではなかったためすぐに着くことができた。


 そして、俺は仏壇の写真で顔を確認しお線香を取ろうとしだ。





 ただ、今の俺にはそれができなかった。


 でも、写真を見た瞬間からここが現実のものではないように見えている。

お線香に手を伸ばすことができない。


 無意識のうちに体がそれを拒否している。


 こんなことはあり得ない。


 そんなことがあっていいはずがない。


 だって、


 だって……

 


 だって、その写真には昨日まで遊んでいたやつの顔がそこにはあったから。

 

 

 俺は必至に自分の記憶と照らし合わせながら写真を何度も見直した。


 母さんが心配そうにどうしたのと言う声すらも聞こえないほどに。


 でも、残酷にも結果は変わらなかった。


 昨日のあの後に亡くなったのか。


 いや、それにしてはここにいる全員が落ち着き過ぎている。


 なら、この写真に写っているのは誰だ。


 昨日まで遊んでいたのは誰だ。


 あの女の子は……誰だ?


 自問自答が続く。


 でも、どこを探しても答えが出るような問題では無かった。


 そして、残酷にもこれは現実だと言わんばかりにいつも俺が見ていた淡い青色のワンピースがそこにははっきりと写っていた。


そして、横には『蒼』という名前が書いてあった。


 母さんが不思議そうな顔で俺を見てくる。


 本当なら昨日まで写真に写っている女の子と遊んでいたと言いたかったがそれを言ってしまうと全てが無かったことになってしまいそうな気がしてできなかった。


 そして、しばらく頭の中で考えをまとめようとしたが結局それらしい結論は出せず、お焼香を上げる前に席を立ってしばらくの間トイレにこもっていた。


 その様子を見て両親はさすがにおかしいと思ったようだが俺がトイレから戻ってきた後は何も聞かずに車まで連れて行ってくれた。


 そして、車でもと来た道をゆっくりと帰ったが、その道は行くときのものとは大きく違っているように見えた。


 その後、家に戻ると俺は畳の上に横になった。


 そこで全ての考えをシャットアウトするように目を閉じると、ふわっとした気持ちになってしばらく今の世界から頭を離すことができた。



 俺はしばらくの間、目を閉じていることしかできなかった。


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