第2話 友達

 俺は翌日も同じ崖の下の洞窟へと行った。


 ただ、昨日とは違って飛び降りるというわけではなく、5分くらい歩くと下に降りられる場所があったのでそこから行くことにした。


「おはよう」


 女の子は昨日と同じ見た目であいさあつをしてきた。


 俺もそれに対しておはようと返した。


 そして、それから1、2時間は昨日と同じでブローチを探す。


 その後は2人で少し大きな岩にでちょこんと座ってお互いのことを話した。




 こんなやり取りを俺たちは10日くらい続けた。





 ただ、この時間は永遠には続かない。


 気が付くと、俺がこの島に居られるのはあと3日になっていた。


 この10日間は今までにないくらい幸せでたくさんの色に溢れた日々だった。


 友達と一緒に遊んだりすることがこんなにも楽しいことだったなんてこの女の子に出会わなければ知らなかっただろう。 


 しかし、心の底から今の状況を楽しめているかというとそういうわけでは無い。


 理由は簡単。


 ブローチの件があるからだ。


 本当なら、ブローチがあるのは洞窟ではなく俺のポケットだと言って、次の日にすぐにでも素直に謝って返すべきだったんだろう。


 しかし、一日、一日と彼女と話をしていくうちにお互いのことを知ることができるようになれたことがうれしくてごめんの一言をいつものどの先っちょで踏みとどまっていた。



 でも、いつかは本当のことを言わないといけない。


 俺は言葉では表現できない複雑な心とブローチを持って家を出た。













 俺たちは、いつものようにブローチを探してて一通り終わった後で洞窟の体温のように感じられるひんやりとした岩に2人でぺたっと座って話をした。


「昨日は、俺が帰ったあとは何していたの?」


「えっと……」


 少しの沈黙がその場を包んだ。


「いや、何でそこで悩むの⁉」


「ねえ、君はこの島で洞窟以外にどっかに行ったことがある?」


「俺の話の答えは⁉」


「まあ、そんな細かいことはいいの。それよりどうなの?どっか行ったことある?」


「うーん。特にないかな。お母さんと近くの八百屋さんに行くぐらいだよ」


「そうなんだ。そんなのもったいないよ!」


「そうかな」


「そうだよ。せっかくの夏休みだからもっとどっか行ってみようよ」


「そうだ。明日、この近くにある町に行ってみようよ」


「あ、ごめん。明日は用事があるんだ」


「そうなんだ。なら、今から行こう‼」


 唐突な誘いだった。

 

 俺は今まで一緒に友達と遊ぶということをしてこなかったため、反応に困ったが彼女の表情を見ているとただ笑顔でうなずけばいいんだよと教えられた。


 俺と女の子は崖から出ると、1人でぼんやりと歩いていた時と同じなはずの道は全く形を変えてまるで南国の中を彼女と歩いているような気分になった。


 そして、女の子は会うたびに全く変わらないいつもの淡い青色の服の風でなびかせながら俺の手を引いて、少し俺よりも小さな歩幅と歩きなれたような少し早いスピードで俺を前へと導いてくれた。

 




 町へは歩いて30分ぐらいで着いた。


 見たところいかにも田舎の商店街という感じでむしろ閉店をしている店の方が多いくらいだった。


 また、空いている店の中にもお金を入れる場所だけがあって人がいないというところもいくつかあった。


 加えて、防犯カメラのようなものも見渡す限りないことから、村社会ということがひしひしと伝わってきた。


 一通り町を見ると、俺たち近くにあった駄菓子屋に行くことにした。


 たまには駄菓子屋もいいな。


 そこは、奥におばちゃんが1人座っているだけのとてもこぢんまりとした、いかにも小さな町の駄菓子屋という感じのお店だった。


「ねえ、何にする?」


「俺はポテチとか食べたいかな」


「私はね、チョコレートが食べたい!」


「そうなんだ」


 女の子はじっとこっちを見ている。


 その目は一瞬のすきも作らせない職人技そのものだった。


 そして、女の子は満面の笑みで俺にチョコレートを渡してきた。


「お金は?」


「ありがとう」


 女の子はそう言いながら自分のポケットをパンパンと2回叩いた。


 服と服が擦れる音だけが虚しく聞こえる。


「持ってないの⁉」


 確かに俺もこの子に会ってから財布らしきものは見てはいない。


 本当ならチョコレートの1つでもかっこよくおごってあげた方が男らしいのだろうが、あいにく俺はそんなにたくさんの持ち合わせは無かった。


「じゃあ、俺と一緒にポテチ食べるか?」


「チョコレートがいい」


 そこは譲らないのかよ。


「分かったよ。1つ買って2人で分けよう」


 ここまで清々しくおごって欲しいとお願いされると断る気持ちも失せてきた。


 おばあちゃんにお金を払うと、俺たちは近くの公園のベンチで座ってチョコレートを食べることにした。


 さっき買ったチョコは板状のもので真ん中に力を入れるとぱっきと気持ちよく割ることができた。


 俺は半分を渡すとがぶっとさっき割った端の方からかみ砕くようにして食べた。一方、この女の子は対照的で一枚ずつ丁寧に割って食べていった。


 その様子がなんだかおかしくて笑ってしまった。


「何かおかしかった⁉」


 女の子はさも不満げな様子でこちらを見てむすっとしてきた。


 そしたら、なんだか全てがどうでもいいように見えてふいに笑いがこみあげてきた。


 そして、笑顔と一緒にふと伝え忘れていた大切なことにも気が付いた。


 ここに着くまでは覚えていたのに。


 俺は少しだけの勇気をもって女の子にその内容を伝えた。


「俺、3日後の朝に帰るから今日を入れてあと2日しか会うことはできないんだ。」


「そうなんだ」


 女の子は俺の必死の発言を軽くきって取った。


 きっとこの子は泣くまでは無くても少ししょんぼりとした感じになってくれるだろうなという期待はあまり持たないようにしていた。


 ただ、こうもあっさりとした対応をされると少し寂しさも出てくる。


「驚かないの?」


「まあ、島の人じゃないことは何となく分かっていたしね」


「そう……」



 俺は、少しは仲良くできたように思えていたんだけどな。


 やっぱり、現実なんてこんなもんなのか。


 結局、俺と友達になってくれる人間なんていない。


 きっと毎日来る俺に無理に合わせていただけなんだろう。


 俺はふと腕時計を見た。


 これは崖から落ちた時に壊れた時計を直したものだ。


 長針はすでに門限の5時を回っている。


 俺は、女の子にそろそろ帰る時間だからと言って一言挨拶をするとそのまま振り向くことなく帰った。


 前と違って帰り道に向けた足はとても軽く動き出しやすかった。


 ふと空を見上げるとそこにはまだオレンジ色で明るいのにお月様が見えている。


 そして、そのお月様は満月には程遠く、半月とも呼べないくらいの形だったが俺はそれにすがるように帰り道を歩きだした。




 後ろに追いかけてくる影はない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る