第14話
麻紀は車の免許を持っているのだが、またあんな夢を見るのは御免だ、夢を見ないほどくたくたに疲れたい、と買い物に出たその足で墓参りに行くことにした。
歩くには大変な距離だったが、この休みに誰に会う予定もないので、今日一日かけて行くことにした。
花と供え物が入った袋は、思いの外麻紀の体力を削った。
車通りの多い道は避けて日陰を選んで歩いても、八月半ばの気温は暑い。
日傘を持ってくればよかったと少し後悔した麻紀だったが、ないものは仕方ない、と夕方とはいえまだ痛いほどの日差しに当てられながら歩く。
途中、少し開けた田んぼ道に小洒落た東屋があったので、少しだけ休憩していくことにした。
腰を下ろした麻紀は、喉が渇いたので何か飲もうとして手を止めた。
歩いていくつもりだったので、できるだけ荷物は軽くしようとかばんの中には財布と携帯とハンカチ、線香とライター。
そして手元には花と供え物しか持っていなかった。
墓に供える花が枯れないようにするための水は、墓地の近くに水道が引かれていて困らないので、もちろん持ってきてはいない。
しかたがないと諦めて、再び歩くことにした。
麻紀は我慢強いとよく言われる。
幼い頃から転んでも滅多に泣きはしないし、卒業式などで泣いたこともなかった。
父親が死んだときも、母親が死んだときも泣きもしないし、何も言わなかった。大変だとも、疲れたとも。
そして今の会社に勤め始めて四年近くの月日が流れても、麻紀は欠勤したことがなかった。
本店の従業員の不手際で得意先に迷惑がかかり、なんとか事を済ませた社長に頭ごなしに罵られた次の日も、反抗的な目つきが気に入らないと社長夫人に突き飛ばされ、壁に頭をしたたかにぶつけた日も。
麻紀は決して欠勤も早退もしなかった。
まるで、あなたたちのしていることは私には何ともありませんと、半ば嫌がらせのようなつもりで、定休日以外毎日出勤していた。
あるとき、社長夫人に言われた。
「あんた、我慢強いな。私だったらあんなことされて毎日来ない。普通ならとうに辞めてるけど」
あんなこと、というのは社長夫人が麻紀にしている憂さ晴らしのことではなく、本店の従業員があれはどこにあるのか、これはどうしてこんなところにしまってあるのか、と二日に一回は電話がかかってくることを言う。
正直なところ、本店を離れて三年半になるのだから、もう麻紀には本店の中がどうなっているのか想像もつかない。
聞かれたところで、自分が居た時には、と答えるしかないのだが、それも本店の従業員にとっては気に入らないらしい。
「一人暮らしなもので」
と、答えになっているような、なっていないような返事をする麻紀に、社長夫人は鼻を鳴らしてパソコンにかかりきりになる。
麻紀から言わせてもらえば、自分のことを我慢強いと思っていない。
ただ諦めているだけなのだ。
この会社を辞めれば、生活していくためにまた面倒なことをしなくてはならない。
それにどうせ田舎の私立高校の出の自分では、貧乏暇なしになるのは目に見えている。
そして自分のような奴は、どこに行ったって就職した先のお局様のはけ口になるのだ。
どうだっていい。
麻紀にとっては生きることすべてが面倒で、うっとうしいのである。
それを毎日毎日繰り返しているのには、もはや何の感情も持っていないのだ。
ということにしてある。
麻紀にだって思うところはあるのだが、それを表に出してしまうと、いよいよ生活していけないと解っているのだ。
社長夫人からの言葉に、あんたが今すぐ居なくなればもっと楽なんだけどね、などと返せるものなら返したかった。
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