第13話
麻紀は夏になる度に、社長や店長から痩せたかと聞かれる。
何度、お前らのせいだよと返しそうになったか分からないほど、毎年何度も聞かれるくらいには実際に痩せていた。
のそのそと台所に行った麻紀は、前日に炊いたお米と、まだ辛うじて一つ残っている納豆で簡単に昼食を済ませると、片付けもそこそこに居間に行き、ごろんと床に寝そべった。
何時ごろから出掛けようかと、窓からさんさんと降りそそぐ太陽を眺めて考える。
外を眺めながら特に何の考えも浮かばずぼーっとしていると、ふと時計を見た。そこで五という数字が目に入ったので、麻紀は身体を起こしてテレビを点けた。
見るでもなく、聞くでもなく、ただぼーっと眺めながら、麻紀は騒音のない時間を楽しんでいた。
麻紀にとって、エンジンをふかすバイクの音など騒音のうちに入らない。
五時を回って少し薄暗くなり始めたころ、もたもたと身支度をして、徒歩で近所のスーパーに向かう。
花と簡単な供え物を買うつもりだ。
スーパーに向かう途中、駐車場にチェーンをした会社の横を通り過ぎるとき、誰も見ていないのを素早く確認した麻紀は、会社に向って中指を立てた。
麻紀はその中指の、まだ癒えきっていない傷を見て舌打ちをした。
梅雨時のある日、まだたくさん店頭に並んでいるおりんに対して、この時期はたくさん売れるのだから、これでは少なすぎると文句を言う社長夫人に、麻紀は新品のおりんに穴を開けて台とりん布団のセットを作る作業を命じられた。
おりんは仏壇に置いてある、棒で叩くと高く澄んだ音の出るお椀型の仏具だ。
騒音は騒音でも社長夫人の声ではなく、本当の機械の騒音の方がましだと、麻紀は快く従った。
一般的におりんは、りん台、りん布団、りん、と個別に売っているものだが、この会社では結局のところ一式買う客が多いので、いっそうのこと一つに固定しようという売り方をしている。
おりんに穴を開けてねじで固定しておけば、落下防止にもなって一石二鳥だということらしい。
この日、麻紀の手よりも大きいおりんをうつぶせにしてドリルで穴を開ける際、ドリルの勢いに負けて手が滑り、手袋ごと巻き込まれた。
麻紀がとっさに手を引き電源を切ったので、手袋がずたずたに破れて手の皮が剥け、少し肉がえぐれた程度で済んだ。
完全に労災に値するだろうが、怪我をしたと振る舞っていては、また説教が始まって時間の無駄なので、麻紀は指をティッシュで巻いてセロテープで止めた。
幸いにも怪我をしたのは利き手ではないので、そのまま何も言われることなく過ごすことができた。
数日後、墓石の拭き掃除をする際に雑巾がうまく絞れず、のろいと説教されるのはまた別の話である。
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