第12話
面接時に本店を訪れた際には、嫌悪をむき出しにして出迎えた社長夫人が、直後にしおらしい顔をして社長室にお茶を運んできたのを見て、辞退しようかと思った。
しかし、背に腹は代えられなかったのだ。
入社してすぐは、社長夫人と社長とお局様の旦那がいる本店で、研修期間を過ごすことになったのだが、基本的に客は来ない。
たまにあれやこれやを差し入れにくるご近所さんが来る程度で、暇な時間が多かった、はずだった。
入社二時間にして、社長夫人の騒音は始まったのだ。
まだ右も左もわからない麻紀に宗派を尋ねた社長夫人は、葬式を二度もしたのにどうして宗派が分からないのかと捲し立てた。
そこから麻紀を立たせたまま自分はパソコンの前にどかりと腰を据え、無神経だの非常識だのどうかしているだの、小一時間好き勝手に述べた。
確かに二度葬式をしたが、宗派が何だのどこの檀家だのということは、麻紀には分らなかった。
ほとんど全てを葬儀屋に任せてしまっていたからだ。
正直なことを言うと、親戚もほとんど参列しない家族葬だったので、香典返しやら何やらに手間をかけずに済んだのだが、この会社に関わることになっていたらと思うとぞっとした。
入社初日に三度のお説教を賜った麻紀は、そのまま二度と出社せまいと思ったのだが、それではまた仕事を探して、嫌いな面接を受けて入社して研修を受けて、と面倒事しか待っていなかったので、取りあえず次の日も出社した。
そしてまた、今度は一回二時間というお説教を二度賜って、ようやく昼休憩となったとき、麻紀は持参した弁当を食べながら一人、泣いてしまっていた。
ふと目を開けた。
どうやら暑さで目が覚めたようだ。
麻紀は状況を呑み込めず、しばらくベッドの上でぼーっとしていたが、目を擦ったときに目じりに涙が渇いていることに気づいてため息を吐いた。
ベッドから降りて顔を洗い、朝食を諦めて簡単な身支度をした。
その間も四年前の入社したての頃の夢を思い返していた。
今日からお盆休みなので、麻紀は墓参りに行く予定でいる。
しかしまだ日があるうちは暑くて動きたくないので、麻紀は午前中をだらだらと過ごすことにした。
自室のパソコンを起動して動画を見たり、携帯をいじったりしているうちに昼になった。
昼食をどうしようかと考えていると、昼時にお腹が空いたのはいったい何年ぶりだろうかと、頭を巡らせる。
普段から休みの日でも、昼過ぎに起きるために昼食を食べようと思うことはなく、会社にいる時は、昼休憩になったから食べたくもないのに、無理やり口に詰め込む作業をする時間となってしまっている。
午前中の説教や騒音で精神が削られているので、食事をする気になれない。
だから片手に収まるほどの弁当箱に、少しだけ入れられたご飯やおかずも、半分も食べずに捨ててしまうのである。
麻紀が勤めている会社に明確な昼休憩はない。
正午を過ぎて社長夫人に指名されるままに、店の奥の休憩室にて食事をとる時間が与えられる。
時間は決まっていない。
だが客が一度に何人も来たり、電話が鳴ったり、その他の用事で呼ばれると例え昼休憩の途中であっても、もし口に食べ物が入っていたとしても対応しなければならない。
二十分も休憩室に居れば、遅いと言われるようなところだ。
恐らく一時間も昼休憩を取れば、二度と来るなと言われるだろう。
麻紀が食事と呼べるだけの量を食べることができるのは、退勤した後かどうにも胃が痛くて我慢できなくなった、日曜日の夕食だけである。
実質一日一食の状態であるが、それでも麻紀はひもじい思いをしたことがない。おおよそ空腹だと感じることがないのだ。
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