第77話 パンに肉を挟んで喰らう。これ全にして一なり

 昼飯は、旦那が店番をする必要があるということもあり、一階の事務所で取ることになった。


 俺は二階に引き返すと、用意していた料理の前で爛々と目と口元を光らせ牽制し合っていた二人をどうどう、と引き離し、料理を持って一階に戻った。


「お待ちどおさん。人数分あると思うが、足りなかったら言ってくれ。パレルモとビトラも、待たせたな。ここで一緒に食べよう。ペトラさん、俺の連れも一緒しても構わんか?」


「……ええ、構いませんよ。食事は、大勢で囲んで食べる方が美味しいですから。可愛らしいお嬢さんが増えるのでしたらむしろ大歓迎ですよ」


 にこりと、二人に笑顔を振りまくペトラさん。


「ならよかった」


 取り急ぎペトラさんにパレルモとビトラを簡単に紹介し、事務所のテーブルに料理を並べてゆく。


「ほおーい。や、やっと食べられるよ……」


「む。この瞬間ときを待ちわびていた」


 黄昏れたような表情で、魂が漏れ出てきそうな声を絞り出す巫女さま二人。

 どんだけ必死に食欲に耐えていたんだこいつらは……


「ほおー、これは……牛ステーキと野菜をパンに挟んだのか。屋台なんかじゃ、よくあるヤツだが……」


 旦那が待ちかねたように料理を一つ手にとり、まじまじと眺め……ばくりと食らいついた。


「……はぐっ。おほー、ほふっ、たまらんっ! この分厚く切ってあるのに中までほどよく火が通った牛肉……それに、柔らけえっ! ……ほう、これはバターと塩胡椒以外に……ふわりと香るのはクローブにナツメグ、それにコリアンダーか。ガーリックも香る。どれも肉の旨味を引き立てる香辛料だ。さらには……ほう、パンの裏にはバターと共にごく少量のビネガーを塗っているなッ!? おまけにパリパリの生野菜が食感のコントラストが生まれてッ! 口の中に楽しさが溢れてくるぜッ!! ライノお前、よーく分かってるじゃねーか!」


 旦那は口にあるヤツを全部飲み込んでから食レポしようか!

 グッ! と親指を上に向けて俺を称えるのはいいが、そのうち舌噛むぞ。


 ちなみにオバチャンの買ってきたフィレ肉ブロックは全部使った。

 旦那、許せ。


 一方、巫女さま二人といえば……


「もうがまんしなくていいよね……わたし、『ごーる』してもいいんだよね……」


「む。パレルモはとても頑張った。だから、先に食べる資格がある。でも……私もすぐにパレルモの後を追う」


 謎の茶番を演じていた。

 腹減っている割には余裕じゃねーか。

 いいからさっさと食え。


 そんな俺の気持ちが伝わったのか伝わらなかったのかは分からないが、パレルモとビトラがパクッと一口料理を囓った。


「うん、ありがとう……もぐ……おいしい……」


「む。もぐ……美味……」


 二人とも同時にじんわりとした顔になった。

 美味かったらしい。

 まあ、そこまで美味しそうに食べてくれるならば、作る甲斐があるというものだ。


「なるほど……このように具材をパンに挟み込めば、食事の時間も短縮できますし、手も汚れませんね。野外で食事をすることが多い冒険者ならではの知恵、ということでしょうか」


 一方ペトラさんはキリッとした顔で料理を手にとり、まじまじと眺めている。

 やはりその道のプロらしく、俺なんかの料理にも何かと見るべきところがあるらしい。

 なんだか、照れるな。


 とはいえ、この手の料理は普通に屋台とかで売っているし、なんならそのへんの宿屋などでも朝食としては定番の料理だ。

 もちろん冒険者の専売というわけではない。


 ……なるほど。

 彼女はプロだからこそ、あえて当然のことを再確認しているのかもしれない。

 その辺りの深い考えについては、俺も彼女を計りきれないところがあるようだ。

 なにしろ、隠れ名店の店主だからな。きっとそうに違いない。


 ペトラさんはしばらく真剣な表情で料理を眺めたあと、ぱくっとかぶりついた。


「……にゃっ、おいしっ」


 金色の目を大きく見開き、そうぽつりと呟く。


 ……んん?


 彼女のクールな見た目からかけ離れた、ずいぶんと可愛らしい声が聞こえた気がするが、気のせいだろうか。


 思わずペトラさんの顔を見る。

 相変わらず、凜とした美しい顔立ちである。

 美味いものを食べたとしても、クールに「……ふむ」とか言いそうな顔だ。


 やはりさっきのは、俺の空耳だったのかも知れない。

 最近いろいろあったからな。

 日頃の疲れがどっと出たとかそういう感じなのだろう。

 自覚はないが、きっとそうだ。


 さて、俺も腹が減っている。

 せっかく自分で作った料理を食べられないのは悲しいからな。


 ちなみにパレルモとビトラはよく食べるので、きちんと二人用にたくさん盛った皿を用意して隔離してあるから大丈夫だ。


 料理を一つ手に取る。

 牛肉は厚切りにしただけあって、パン越しにもずっしりとした量感が手に伝わってくる。

 息を吸い込むと、ほどよく火の通った厚めのステーキ肉や香辛料、それにパンの裏に塗ったバターの芳醇な香りが渾然一体となって鼻腔を吹き抜けてゆく。


 ……うむ。


 大きく口を開き、がぶりと一口。


 豪快に咀嚼すると、たっぷりとした肉の厚みが生み出す贅沢な噛み応えが否応なく俺の満足感を高めてゆく。


 噛めば噛むほど染み出す肉の滋味。

 口の中で弾ける、鮮烈な香辛料の香り。

 バターの芳醇で暖かみのある舌触り。

 シャキシャキとした歯ごたえとの葉野菜の爽やかな噛み心地。

 それらが複雑に絡み合い、多層的な味と食感のコントラストを生み出してゆく。


 美味い。

 旦那の食レポは的確だったようだ。


 『貪食』の力がある限り魔物肉を摂取することは止められないが、これからは普通の食材のみで調理する機会を増やしてもいいかもしれないな。




 ◇




「ふー。ご馳走様でした」


 最後の一欠片をごくりと飲み込んだペトラさんが、満足そうな顔で息を吐いた。


「気に入ってもらえたようで、なによりだ」


「いえいえ、本当に美味しかったです。それにしても、ハーバートさんはやはり凄いですね。これほどの腕前の料理人とお知り合いだったなんて……」


「ま、まあな! 実のところ、俺も想像以上の美味さに驚いているところでな。ライノ、まさかお前がここまで『やる』思わなかったぞ」


 ハーバートの旦那が腕組みをしながら、なにやらウンウンと頷いている。

 つーか旦那、そういえば無駄にカッコイイ名前だった。

 完全に忘れてたが。


 そんな香辛料屋の主ことハーバートさんが話を続ける。


「確かに、料理自体に特別なところはねえ。ウチのやつが出す肉料理に比べて倍は分厚い肉ではあったが……それだけだ。だが、本質はそこじゃねえ」


「ええ、確かにあの厚みには冒険者の矜持プライドが宿っていました」


 ペトラさんもウンウンと深く賛同している。

 特に冒険者の矜持なるものは込めた覚えはないが、それは言わぬが花だ。


 さらに旦那が続ける。


「あの絶妙な肉の火の通り具合に旨味と風味を殺さないギリギリの綱渡りみてーなスパイス使い……一体どこで体得したんだ? 依頼の合間に料理番をただこなすだけの冒険者じゃ、ここまでレベルの高い料理を作れるわけがねえ!」


「そうですね。私にも是非教えて欲しいくらいです」


「お、おう?」


 興奮気味に語り出す旦那とこくこくと大きく何度も頷くペトラさん。


 正直そこまでベタ褒めだと、かなり気恥ずかしいぞ。

 さきほど作ったのは、本当にありふれたパン料理なのだ。

 特別なところなんて、何もないのだ。


 もちろん肉の火の通り具合や塩、香辛料などは俺なりに食材にとってベストな状態を見極めたうえで調節しているつもりではある。

 だが、それは料理を作る者ならば当然のことじゃないのか?


 強いて俺が他の連中より秀でていそうな点を上げるとすれば……

 それは魔物料理だろうか。


 俺には、ダンジョンの奥底でクソ不味い魔物肉をどうにかするためにあらゆる調理法を試した経験値がある。

 あの悪戦苦闘は、間違いなく俺の血肉となっているのだろう。


 正直、パレルモとビトラは俺が作るものなら何でも喜んで食べてくれるから、特段料理スキルが高いとか、そういう実感がなかったからな。


 もちろん彼女たち以外の連中に食わせた時も美味いと言ってくれはした。

 だがそれは、依頼で山を歩きづめのクタクタのグダグダ状態で何を口に入れても「ウマい」以外のセリフが出てこない状況であったり、比較対象がダンジョン内で食べる行動食だったりとイマイチ客観的と言い切れる状況ではなかったからな。


 そういう意味では、二人は食のプロだ。

 だからまあ、多少は良い気分になっても構わないだろう。


 ……そう思うことにする。


「で、だ。ライノ、ものは相談なんだが……」


 ひとしきり俺を称えまくったハーバートこと旦那が、急に真剣な顔になって話を切り出してきた。


「実は、『彷徨える黒猫亭』の先代のへルッコ爺とはウチとは長年の付き合いでな。ヤツとはよく酒を飲み交わす仲……だった」


 そう言うと、旦那が暗い顔になった。


「まあ早い話、ここにいるペトラちゃんは、爺の孫娘でな。つい最近店を引き継いだばかりなんだわ。一応彼女は小さい頃から店を手伝っていただけあって、接客や店の経営についてはまずまずうまく回っている。だが、料理の方は爺が全部仕切っていてな。要するに、今のペトラちゃんは料理の素人同然なんだわ。爺の孫だけあって、筋は悪くねえんだがな」


「……残念ですが、ハーバートさんのおっしゃる通りです」


 ペトラさんもそう言って目を伏せ、深いため息を吐いた。

 確かに反応がその道の人間らしくない感じがしたが、料理人見習いだったとは。


「で、なんだ? 相談っつーのは」


 ここまでお膳立てされていて察しが付くも付かないもあったものではないのだが、あえてそう聞くのは……まあ、お約束というものだ。


「ライノ。お前の料理の腕を見込んで、頼みがある。『彷徨える黒猫亭』で料理人をやってくれないか? だまし討ちみたいな形で悪いとは思ってはいるんだが……代わりが見つかるまでの間だけでもいい。もう、頼めるのがお前しかいねえんだ」

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