第51話 勇者パーティー 前編

「とりあえず、話してみろ。俺がどうするかは、そのあとだ」


 泣きじゃくるアイラに、とりあえず先を促す。


 俺を追放した張本人たるサムリのアホはどうでもいい。

 クラウスは……脳筋だし馬が合わなかったせいか、あまり話す機会がなかった。


 だが、アイラの姉のイリナにはそれなりに世話になった。

 パーティーを抜けたあとに、アイラを助けた礼をわざわざ言いに来たのも彼女だったしな。

 だから話次第では、義理を果たすのもやぶさかでない。

 

「わかったわ……。グス。にいさまはヘケリス地方で最近新しく発見されたダンジョン……ヘケリス第五遺跡のことは知ってるかしら」


「……いいや」


 俺は首をふった。


「最近はダンジョン探索系の依頼は受けてないからな」


 もちろん、ヘケリス地方は知っている。

 ヘズヴィンの南西にある高山に囲まれた盆地で、そのほとんどが鬱蒼と生い茂った木々に覆われた樹海地帯だ。


 当然、人の手はほとんど入っていない。

 住み着いているのは木こりや開拓民程度。

 それも、樹海の外周部のみだ。


「最近、そのヘケリスの樹海に寺院や冒険者ギルドの有志からなる調査隊が入ったの。その結果として、樹海の奥にいくつか遺跡型ダンジョンが発見されたわ。第五遺跡も、そのなかのひとつ」


 そういえば、数ヶ月前にギルドに張られた依頼書を見たような気がするな。

 ちょうどパーティーを抜けたころだったかな?

 正直そのあとにいろいろありすぎて、あまり覚えていないからな。


「私たちは、ギルドからの依頼を受けて、その第五遺跡の探索に入ったまま消息を絶った調査隊を捜索していたの」


 アイラは目を赤く腫らしたまま、とつ々と話し出した。




 ◇




「ねえサムリ。一応聞くけど、本当にここから降りるの?」


 アイラは勇者サムリの隣に立って、遺跡の真ん中にぽっかりと開いた大穴を覗き込んだ。


 直径は、十五歩ほど。

 経年劣化により、地下の天井が崩落してできたのだろう。

 穴のふちは、土ではなく、レンガや小さく切り出した岩でできている。


 大きな穴だが、深さ自体はそれほどでもない。

 建物でいえば二階くらい。

 アイラでも、なんとか頑張れば飛び降りることができそうな高さだ。

 もちろん、未知のダンジョンでそんな迂闊なマネをするつもりはないが。


 アイラは穴の対岸を見やる。

 そこには、太いロープが穴の底まで垂れ下がっていた。

 ダンジョン探索を生業にする冒険者たちならば誰しもが準備している、ありふれたロープだ。


 行方不明になった調査隊は、これを伝って降りていったらしい。


「ああ。依頼書によれば、調査隊はここからダンジョンに侵入したみたいだ。すぐ脇に野営の跡もあった。それに近辺を調べてみたけど、結局ダンジョンの開口部は見つからなかったろ。他にあるなら、教えてくれよ。アイラは最近、ダンジョン探索用の魔術も覚えているんだろう?」


「さすがに治癒術師ヒーラーの私では限界があるわ。……やっぱり、盗賊職シーフを仲間にした方がよかったんじゃない?」


「その職業を、僕の前で出さないでくれと言ったろ、アイラ」


 サムリが不機嫌そうな声を出した。


「それはもしかして、アイツをクビにした僕への当てつけか?」


 まただわ、とアイラは思った。


 サムリがライノをクビにしてからというもの、盗賊職という単語が会話に上がるたび、サムリはこうして敏感に反応してくる。


「盗賊職がダンジョン探索特化の職業だということは、サムリだって知ってるでしょ」


「それなら、別に狩人ハンター猟兵職レンジャーでもいいはずだ。それらだってダンジョン探索に向いた職業だよ。わざわざ盗賊職なんて胡散臭い職業を出すことなんてなかっただろ」


「だから、最適な職業を言ったまででしょ。サムリは気にしすぎよ」


「なんだって! 僕はあんなヤツのことなんて気にしたことはないぞ! だいたい僕はライノなんかよりもずっと強いんだ!」


「今ライノの話なんてしてないでしょ」


「いーやしてたね!」


「してないわよ」


「してたって!」


「二人とも、そこまでだ」


 そこに女騎士イリナが間に割って入ってきた。


「ねえさま! 私は別に……」


「アイラ。私から見れば、お前もサムリと同じだ。私たちはこの遺跡の奥で遭難した調査隊を助けにきたのだろう? それなのに、その助けに来たパーティーがギスギスした空気をしていたら、救助を待っていた人たちはどう思う? きっとがっかりされてしまうぞ」


「そうだぞサムリ。女性には優しくしねーとだ。前の男と比較された? そんなの気にするな。笑って構えろ。タフでモテる男になりたいなら、な」


 クラウスの大きな図体も、ずずいっ、と割り込んできた。

 ガシッ! とサムリの肩に腕を回し、言い聞かすように語りかける。


「クラウスはちょっと黙っててくれないか! 旅に出るその直前まで屋敷の侍女をとっかえひっかえしてたようなお前の恋愛観なんて聞きたくない! だいたい僕は別にそういうつもりじゃ……」


 抗議するサムリ。

 みるみるうちに耳が真っ赤になる。バレバレだ。


 だいたいサムリはことあるごとにこちらにチラチラと視線を向けてきたり、魔物を倒したあとにこっちに向かってドヤ顔をしたり、今回みたいに何かとアイラに突っかかってきたりする。

 特にパーティーを去ったライノに近い話題になると、途端にムキになる。


 サムリが自分に対してどういう気持ちを抱いているか?


 そんなの、火を見るより明らかだ。


 もっとも、アイラとしてはその気持ちに応えるつもりは毛頭ない。

 そもそもこんな悪い意味で子供っぽいのは、いくら最強の勇者だとしても圏外も圏外だ。


 アイラの好みは、もっと泰然と構えた大人の男なのだ。 

 もっとも、その中に脳筋は含まれないが。


 とはいえ、アイラにとってサムリが大事な仲間であることには変わりない。

 なんだかんだで、物心ついた頃からずっと一緒の幼なじみだったのだから。

 

 そういう意味では、ここは自分が大人になるべきだ。

 アイラはそう結論づけた。


「ごめん、サムリ。私もちょっと言い過ぎたかも」


 そう言うと、サムリもバツの悪そうな顔になった。


「いや……僕も悪かったよ。言い過ぎたと思う。うん、大丈夫。この先何があっても、きっとアイラを護って見せるから。ミノタウロスだろうがゾンビだろうが、僕が蹴散らしてやる」


「そ……そう。まあ、そのときはお願い」


 決意に満ちた目をするサムリ。

 アイラは、すんでのところでサムリに言い返したい気持ちを飲み込んだ。


 (……それじゃ私、退治されちゃうじゃない)


「ん? アイラ、何か言ったかい?」


「んーん、何も! サムリは強いから、きっと私を守ってくれるんだろうな、って思っただけ」


 サムリがイマイチ空気を読めないのは、今に始まったことじゃない。

 アイラは努めて気にしないようにした。


「ああ、もちろんだ! 約束するよ。さあ、襲い来る魔物を蹴散らしてダンジョンの奥で助けを待っている冒険者たちを救いに行くぞ!」


「おおサムリ、その意気だ。男はやっぱタフじゃねーとな! よしサムリ! 俺とお前でどっちが魔物を多く倒せるか競争しよーぜ! お前が勝ったら、アイラに告白する権利をくれてやろう! 剣の師匠である俺の許可だ! 嬉しいだろう?」


「ふん。今や勇者である僕に勝てるとでも? って待てよクラウス! なんでアイラにここ、こく……するためにお前の許可が必要なんだ! というか僕はそんなつもりじゃ……」


「そんなん実戦じゃ分からねーぜ……? おっと隙ありだ! ……お先っ!」


 クラウスがいい笑顔で穴に飛び降りた。


「うおおおぉぉ! 魔物! 魔物はどこだああぁぁぁ!」


 魔素灯も出さずに、そのままダンジョンの奥に駆けてゆく。


「あぁっ!? ずるいぞクラウス! ――《魔力光マジック・ライト》!」


 続いてサムリも穴から飛び降りていった。


「…………」


「…………」


 アイラとイリナはそんな様子をしらけた目で追いつつ、穴の底に降り立った。


「……はあ。あの脳筋剣術バカめ。どうしてあやつは勝手な行動ばかりするのか。それに流されるサムリ殿もサムリ殿だ。ともあれ、私たちも急いで追いつかなければな」


「そうですね。でもねえさま、少しだけ待って」


「む。また、あれか? 早くしないと、はぐれてしまうぞ」


「すぐ済むわ」


 アイラは周囲を注意深く見渡しながら、言った。


 鳥や獣の声で騒がしい地上とはうって変わり、遺跡内はひっそりとしている。

 だがこの先に待つのは、無害な鳥獣の楽園ではなく、魔物の蠢く闇の領域だ。

 油断が即、死につながる。


 アイラは周囲の警戒をしつつも肩掛け鞄の口を開け、手際よく中身をチェックしてゆく。


「魔素灯、よし。回復薬に解毒剤、行動食も、よし。魔力回復剤も……よし」


 さらにアイラは鞄の奥底から、非常用の小型松明も取り出して確かめた。

 油脂も十分塗り込んであるし、湿気てもいない。万全だ。


「うん、準備完了。――《魔力光マジック・ライト》」


 アイラが魔術を発動すると、彼女の頭上に光球が出現した。

 魔力灯も松明も、あくまで『予備』だ。


 だが、その備えが生死を分けることもある。


 今はこの場にいない、アイラの命の恩人の言葉だ。

 もっともその恩人の言葉を行動の指針にし始めたのは、彼がパーティーを抜けてからのことだが。


 アイラは、なんとはなしに上を見上げてみた。

 今度は闇の中に円形に開いた吹き抜けから、柔らかな陽光が降り注いでくる。


 (この光を次に見られるのは、いつになるのかな)


 視線を地下に戻す。


 《魔力光》が届かない闇の奥からは、埃っぽい冷気に混じって、獣臭のような、死臭のような重苦しい空気が流れてくる。


「ねえさま。私たちは慎重に進みましょう。急いで進んで罠にかかったり、魔物の不意打ちを食うのはイヤですから」


「そうだな。……しかしアイラ、お前はなんだか言動がライノに似てきたな」


「そ、そんなことないわ!」


「そうか? さっきの鞄の再確認、やっていたのはライノだけだったろう」


「ねえさまもやって下さい! ねえさまがいくら強くても、ダンジョンはいつ命を落とすか分からない危険な場所なんですよ!?」


「ハハハ、この言葉、ますますライノだな!」


「ねえさま! それ以上は怒りますよ!」


 アイラとイリナは、お互い小突き会いながらもダンジョンの奥へと歩を進めた。

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