第50話 元パーティーメンバー

「…………」


「…………」


 ここは冒険者ギルド、その待合室。

 時刻は午前一時を過ぎたところ。


 俺とアイラはテーブルを隔てて向かい合っている。


 お互い無言だ。

 カチ、カチ、と時計の針が時を刻む音がやけに大きく聞こえる。


 そんな中、アイラはジトっとした目で、俺を睨んでいる。


 深夜なので冒険者は俺たちしかいない。

 職員もちょうど交代の時間なのか、バックヤードに引っ込んでいる。


 気まずい空気だ。

 早く帰りたい。


 俺はやり場のない視線を、壁の時計に逃がした。




 ◇




 あのあとギルドに冒険者狩りどものを突き出したんだが……


 どうやら連中はまだ顔は知られていなかったものの、そこそこの賞金首だったらしい。


 所持品を検めたところ、ここ最近行方不明になっていた新米冒険者たちの所持品がゴロゴロ出てきたからな。


 連中はそれらの所持品をダンジョンで拾ったなどと言い訳をしていたが、ギルドもバカじゃない。

 どの冒険者がどのダンジョンに入ったのか。

 いつ帰還し、あるいは帰還しなかったのか。

 どんな素材を持ち帰り、いくらで買い取ったのか。

 ギルドにはそれらが全て記録されている。


 だから、冒険者狩りがギルドに捕縛された以上、誤魔化しは効かない。

 ちょっと尋問して、供述した内容とギルドの記録を突き合わせれば、それで終わりだ。


 案の定職員たちが連中を誘導尋問したらすぐにボロが出て、あとは芋づる式ってヤツだな。


 そんなわけで、退治した俺たちには結構な額の報奨金が出るとのことだった。


 で、俺たちはその手続きを待っている最中なのだが……

 なぜか俺たちと一緒に、アイラもギルドにとどまっている。


 彼女は被害者側だし、ギルドをとおして街の官憲に提出する調書を書き終えれば、ギルドに用はないはずなんだが。


「ねーライノー、このひとだれ?」


「む。ライノ。この金髪少女は誰。説明を求める」


 腹もこなれて、退屈なのだろう。

 興味津々といった様子で、両脇から俺の袖をくいくいと引っ張ってくる魔王の巫女たち。


 この気まずい空気を読もうぜ、二人とも……

 とはいえ、俺としてもこのまま無言を貫きとおすのはキツい。


 ……しかたないか。


「前に、俺がいたパーティーの仲間だよ。名前はアイラ。一応貴族の出だな。見た目はちんちくりんだが、それなりに優秀な治癒術師ヒーラーだ。あと(ゾンビ状態だと)勇者より足が速い」


「ち、ちんちく……!? ちょっとにい……ライノ! その紹介の仕方はなんなのかしら! というか足がサムリよりも速いですって? あれはにいさ……ライノが私をゾンビにしたせいでしょ! 意図的に前提を省かないでくれる!? あの一件のせいで、サムリとクラウスが私のことを影で『全力疾走ゾンビ』なんて二つ名で呼んでることに気づいたときの私の気持ちが分かる? ねえ分かる? ねえさまはねえさまで時々私のお腹あたりを見て『おぷっ』って口を押さえるし……」


 今までの沈黙を破り、目を吊り上げたアイラが一気にまくしたててくる。

 どうやら俺の紹介の仕方がお気に召さなかったらしい。

 ふわふわの金髪が逆立っているし、今にも噛みつかれそうだ。


 そうそう。

 思い出した。


 コイツは見た目は小柄で楚々としたロリっこだが、実際は血の気がかなり多い。

 腹黒いというわけではないが、言いたいことはズバズバ言うタイプだ。


 ちなみに俺はアイラの実兄ではない。

 彼女が勝手に俺のことを「にいさま」と呼んでいただけだ。

 たしか、きっかけがあったように覚えているんだが……それが何かは忘れてしまった。


 しかし、別に悪いことをいったつもりはないんだが……

 ここはひとつ、フォローを入れておこう。


「事実は事実だろ。それに足が速いのはいいことだ」


「女子に向かってその褒め言葉は絶対おかしいわ!」


「お前も女である前に冒険者だろ。ならば俊足は美徳に決まってるだろ。誇るべきだ」


 パレルモとビトラも俺の言葉にウンウンと頷いている。


「アイラは足が速いんだね! 私はかけっこ苦手だからうらやましいよー」


「む。ライノの言う通り。俊足は美徳」


「納得いかない! 納得いかないわ!」


 さらに目を吊り上げてテーブルをバンバンと叩き抗議してくるが、知ったことではないな。


 だいたいアイラも『治癒天使』とか言われてギルドの冒険者連中にはチヤホヤされているのを意識しているのか、儚げでか弱いキャラを作りすぎだ。


 そもそも高位の治癒術師の仕事は過酷だからな。


 低位の治癒魔術は効果範囲が広めのものが多いから、遠くから放つだけで楽なのだが、高位のものは魔力を一点集中させるせいか、効力を及ぼす範囲が極めて狭い。


 つまり高位治癒術を安全に行使するためには、魔物が襲い来る中、負傷した仲間を戦闘領域から速やかに離脱させる必要がある。


 もちろん治癒術師自身が、だ。


 それはなぜか?


 答えは簡単だ。 

 前衛は魔物との交戦で忙しいからだ。


 そもそも高位の治癒術を施す必要があるレベルの負傷とは、戦闘不能状態を意味する。だがそんな激しい戦闘のさなかに、前衛が負傷者を安全な場所まで退避させるヒマはない。

 そんなことをしていたら、あっという間に戦線が崩壊するからな。


 で、『戦闘不能状態』というのは、手足がちぎれたり、腹を切り裂かれ臓物が零れ落ちているような瀕死の状態を指す。


 治癒術師は、そんな死の淵であえぐ仲間を救うため、そいつの血やら体液やら、場合によっては臓物から溢れ出た汚物にまみれながら魔術を行使する必要があるのだ。


 職業柄前衛ほどの戦闘力は要らないが、代わりに前衛職を上回るクソ度胸が必要なのが、治癒術師という職業なのだ。


 アイラは小柄な身体に、そいつをこれでもかと詰め込んでいる。

 俺も、彼女のクソ度胸には何度も救われたか分からない。


 だから俺としては、アイラはもっとタフな女を気取ってもいいと思うんだが……

 

「だいたい、にいさまこそなんなの? 風のウワサでは、ダンジョンで行方不明になったって聞いたんだけど? それが、どういうわけだか知らないけれど女の子を二人も侍らせて! これじゃ心配した私がバカみたいじゃない……あっ、心配してたのは私だけじゃないから! ねえさまだってすごく心配してたのよ? 本当なんだからね? ね?」


 アイラは俺のことを『ライノ』と呼ぶのは諦め、『にいさま』に決めたようだ。

 間怠まだるっこしかったらしい。


「お、おう。まあ、俺はこのとおり無事だ」


「それは見れば分かるわ!」


 ならば、なぜそんなに不機嫌なのか。


「それよりそこの二人は誰! にいさま、紹介がまだだわ!」


 ビシ! とこっちを指さしてくるアイラ。

 自分で聞いてきたクセに理不尽な話の持って行き方だな!


 だがまあ、俺のことを根掘り葉掘り聞かれてもアレだしな。

 それに、まだ二人のことを紹介してなかった。

 

「ああ、そうだったな。こっちがパレルモ、もう片方がビトラ。二人とも……魔術師だな」


 いくら元仲間とはいえ、魔王の力うんぬんの話はしない方がいいだろう。


「パレルモだよ! よろしくだよー」


「む。ビトラという。以後見知りおきを」


「……ええと、こちらがパレルモさん、そちらがビトラさんね。さっきもにいさまから紹介してもらったけど、アイラよ。職業は治癒術師。以後、よろしくねっ!」


 といった感じで自己紹介を交わす三人。


 アイラはさっきのオーガみたいな形相とうって変わって、可憐な笑顔だ。

 これは完全に外向きの顔だな。


 つーか今さら愛想よくしても、意味がない気がするが……

 条件反射だろう。多分。


「アイラさんはひーらーなの? それってどんなお仕事?」


 パレルモはアイラに興味津々らしい。

 まあ見た目、歳が近いからな。


「ケガをした仲間を癒やす魔術を使う職業よ。知らない?」


「うーん。わたしもビトラも、すぐにケガ治っちゃうからねー」


「む。そもそも傷を負う事態に直面するほど私たちは弱くない。ライノならもっとそう」


「そ、そうなの? でも治癒魔術はきっと必要よ?」


「む。そんな機会があるとすれば、それはきっと他の魔王と対峙するとき。それも、ライノがいるなら私たちはきっと傷を負うことはない」


「まお……何?」


 魔王の巫女ズの無邪気さに、困惑気味な表情になるアイラ。


 ビトラが何故かふんすっ! しているが……この話はマズいな。

 ボロが出る前に別の話題を振ってしまおう。


 それに俺も、アイラに聞きたい事がある。


「つーかアイラ、なんであんな冒険者狩りなんて連中とパーティー組んでたんだ? 勇者様はどうした」


「それ、は…………」


 すると彼女は急に口を閉じ、うつむいてしまった。


「アイラ?」


 おっと?

 ずいぶん暗い顔をしているな。


 もしかして、俺みたいにサムリあたりに追放されたとか?

 アイラ、一度俺がゾンビ化しているし。


「……にいさま」


「お、おう」


 さっきのオーガ顔やパレルモたちに見せた朗らかな表情とはうって変わって思い詰めた顔だ。

 やっぱ、追放か? 追放なのか?


 と茶化してやりたいが、それが許される雰囲気ではなさそうだった。


「パーティーを抜けたにいさまにお願いするのは筋じゃないのは分かってるわ。でも、もう頼れる人がいないの」


「…………一応、話だけは聞いてやる」


 アイラはこくりと浅く頷いて、続けた。


「私がなぜ一人でここまでやってきたかって? あんな胡散臭い連中に頼ってまで」


 気がつけば、彼女の目の端には涙が溜まっていた。


「それだけ……切羽詰まってるの。逃げてきたの。ねえさまが逃がしてくれたの。あの悪夢みたいな……ダンジョンの奥から」


 涙はすぐに決壊して、アイラの頬を止めどなく伝ってゆく。


「お願い、にいさま。……ねえさまを助けて。お願い」


「…………」


 演技では、なさそうだった。

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