第49話 路地裏
「く、くるしい……ライノー、口直しのスープ……買って……」
「む、むむ……苦しい……パ、パレルモには負け……ない。……うぷ」
俺の足下には、二匹の子豚が苦しそうに腹をさすりながら、コロコロと転がっている。
が、その顔には至福の笑みが浮かんでいる。
「金ならもうないぞ。お前ら食い過ぎだ」
サイフを逆さにふって見せてやる。
まあ、もしものときの小銭は懐に隠してあるがな。
とはいえ二人も、もう何かを腹に入れる余裕はなさそうだ。
俺は手近なイスを引き、どかっと腰掛けた。
心地よい満腹感に包まれながら、大きく息を吐く。
「……ふう」
俺も結構食べたからな。
少し休んでおきたい。
すでにピークの時間は過ぎている。
周りを見渡してみれば、さきほどまでは満席だったテーブルも、今や俺たちと数組の冒険者たちが残っているのみだ。
奥の方の屋台はちらほら店じまいに入っているな。
……あまり長居をすると、邪魔になるか。
「パレルモ、ビトラ、そろそろ帰るぞ」
「……はーい」
「……む。了解」
のそのそと二人が立ち上がった。
満腹感のせいか、まだ二人は苦しげだな。
俺は二人の歩調に合わせてゆっくりと通りを歩いてゆく。
しばらく進んで大通りから外れると、急に暗くなった。
この辺りはすでに頭上に吊った照明の明かりは落としてある。
街灯もまばらで、ところどころ足下が見づらい箇所があるな。
パレルモもビトラもちゃんと付いてきてはいるが、満腹で眠いのか、フラフラとしている。
俺は夜目が利くからいいが、二人が心配だな。
「おい二人とも、ちゃんと歩かないと転ぶぞ」
「大丈夫だよー。魔王の巫女の目は暗闇も見通せるんだよー」
「そうなのか」
それは初耳だ。
とはいえ、パレルモの足どりはフラフラとしているが、不思議と危なげなところはない。
一応言うだけのことはあるようだ。
「む。私も問題ない。眷属に先を探らせている」
ビトラには暗視能力はないようだ。
その代わりに、《繁茂》と《植物操作》 で足下を確かめながら進んでいるらしい。
ずいぶん便利な魔術だな、それ。
そうして歩くことしばし。
「……ん?」
明かりの消えた路地裏で、誰かが言い争う声が聞こえた。
「――っ! ――さいっ! やめ……!!」
「大人しくしやがれッ! こんな場所に助けなんて来やしねーよ! オラッ!」
「キャッ!」
バシッ! と何かをはたく音が聞こえ、続けて女の悲鳴が聞こえた。
「ライノー」
「分かってる」
あー、面倒だな。
もう数ブロックほど歩けば、俺たちの館がある区域までたどり着くんだが……
この辺は商業区で夜は人通りがほとんどないからな。
しかもこっちは当然、全員丸腰だ。
だが、聞こえてしまったものは仕方がない。
「…………」
街灯の光がわずかに差し込む路地をそっと覗き込むと、そこには三人の男がたむろしていた。
さらにその奥に、十代半ばほどの金髪少女が倒れている。
四人とも冒険者のようだが……仲間割れか?
「そこでなにをしている?」
俺が声をかけると、その四人が一斉にこちらを向いた。
「ああ? なんだてめぇ」
取り巻きっぽい男の一人が肩をいからせ、こちらを睨み付けてくる。
リーダー格はその奥でふんぞり返っているな。
「……! そこのひとっ! 逃げて! この人たちはただの冒険者じゃ……」
「るせーって言ってんだろ! オメーは黙ってろや!」
「キャッ!」
バシッ! と頬を殴られ、倒れ伏す少女。
そのまま動かなくなる。
どうやら気絶してしまったようだ。
少女はこっちに逃げろと言ったが、暴行の現場に出くわしてしまった以上、さすがにそういうわけにはいかない。
さて、どうしたものか。
「……なんだ兄ちゃん。よく見りゃ女連れじゃねーか。ここは使用中だぜ? お楽しみなら、隣の路地でやってくんねーか?」
リーダー格がそんなことを言う。
「女二人連れたあ、豪勢なこったなァ? 一人くらい俺らに回してくれや」
「ギャハハ! 二人ともだろ! そうすりゃ全員余らねえで済むぜ!」
「オメー頭いいな! おい兄ちゃん、そこの女を置いて消えねーと……死ぬぜ? まあ、置いていっても死ぬけどな! ギャハハ!」
下卑た笑い声をあげつつ、取り巻きの二人がぬらりと剣を抜いた。
……ほう。
ゲスなセリフを吐く割に、物腰に隙がない。
ただのチンピラ冒険者だと思っていたが、多少はやるようだ。
Cランク……もしかするとBランク相当の実力はあるかもしれない。
……そういえば聞いたことがある。
裏社会では、冒険者を専門に狩る連中がいるらしい。
何食わぬ顔でソロ冒険者などに近づきパーティーを組んだあと、人目のつかないダンジョンで殺して身ぐるみを剥いだり、女冒険者などは手込めにしたあと娼館に売り払ったりと、なかなかタチが悪いヤツらだ。
少し前に、ギルドでも注意喚起していたのを覚えている。
そいつらが、そうらしい。
「おいおいお前ら、さすがに街中で殺しはマズいぜ? 今度とっ捕まったら縛り首だからなァ。だがまァ、全員バラしてダンジョンに撒いちまえば済む話だ」
リーダー格も、二人を止めるつもりはないらしい。
腕を組みながら、ニヤニヤと笑いながらそれを眺めている。
しかし、こんなガラの悪い連中は久しぶりだな。
見ない顔だし、この街のヤツらではなさそうだ。
「ライノー、このオヤジたちなんだかムカくつよー。やっつけていいー?」
「む。かつて私に挑んできた挑戦者ですら、まだ礼節をわきまえていた。……このような不埒者など、ここで朽ち果てるのがお似合い」
二人が俺の両脇で、戦闘態勢を取った。
おっと。
二人が完全に真顔だ。
というか、さっきまでのへにゃ顔はどこにいった。
体型も元に戻っているぞ。
魔王の巫女、神秘!
……いやいや、そういう問題じゃない!
今パレルモとビトラが手加減なしでコイツらと戦うと、間違いなくこの周囲が消し飛ぶ。
さすがにそれはシャレにならん。
まだ俺はこの街を追い出されるワケにはいかんからな。
館も手に入れたばかりだし。
「二人は下がってろ。ここは俺がなんとかする」
「んー、ライノがそういうならいーけど」
「む。仕方ない」
パレルモとビトラは大人しく引き下がってくれた。
「ヒューッ! 兄ちゃんカッコイイーっ!」
「おう兄ちゃん、そこの女に良いとこ見せなきゃなァ!」
取り巻き二人が囃し立てるが、命拾いしたのはお前らだからな?
コイツらはクソだが、俺もさすがに街中で人死にが出るようなマネはしたくない。
いちいち街の衛兵に届け出たり書類を何枚も書きたくないからな。
多少の手加減はしてやるつもりだ。
そんでもって、冒険者狩りの現行犯としてギルドに連行だな。
まあ、死なない程度に……だが。
「そんじゃあ、遊ぼーぜェ。……ハハァッ!」
取り巻きその一が剣を振りかぶり、一瞬で距離を詰めてきた。
「うらァッ!」
気合いとともに、剣が振り下ろされる。
なかなかの剣速だ。
並の冒険者程度なら、なすすべもなく斬られているだろう。
まあ、俺には通用しないがな。
「――《時間展延》」
スキルを起動すると、取り巻きその一の動きがピタリと止まった。
俺の胸元と紙一重の位置で、剣が静止している。
剣の軌道からすると、俺の肩口から脇腹までを、薄く斬るつもりのようだ。
これでは致命傷を与えることはできないが……なるほど。
ひとしきり実力の差を見せつけて、パレルモとビトラの目の前で恥をかかせる魂胆なのだろう。
チンピラらしく、なかなか意地の悪いことを考えつくようだ。
ならば、俺もちょっと意地の悪いことをしてやろうか。
俺はスキルを発動したままリーダー格に歩いて行き、腰の剣を抜いた。
……ちょっと借りるぜ。
それから再び剣を振りかぶったままの取り巻きその一の元に戻り、肩から脇腹にかけて剣を一閃。
もちろん皮一枚残して、だ。
スキルを解除。
取り巻きその一が自身の剣を振り抜いた。
「――らぁっ! ……あ? あ、がああァッ! な、なんで俺に傷がァッ!?」
と同時に取り巻きその一の傷が開き、鮮血がほとばしった。
「なっ!? なんでエッボさんの剣が!? さっきまで丸腰だったのに!」
「てめぇッ! 俺の剣をどうやって奪いやがった!」
他の二人が狼狽の表情を見せるが、知らんな。
「冒険者なんだろ? 知りたきゃ力尽くで聞き出せばいい」
「クソ。ヤン、イゴル! コイツは妙なスキルを持っているようだ。全員でかかるぞ!」
「おう!」
「ああ、了解!」
三人が武器を構えたまま、素早く散開した。
リーダーは正面、取り巻き二人は俺を取り囲むよう左右に展開する。
そして――
「「「うらぁっ!!」」」
三人が同時に襲いかかってきた。
リーダーは、どこに隠し持っていたらしい
連携も悪くない。
微妙にタイミングをずらし、躱しづらい角度で斬り込んでくる。
が、俺は慌てず騒がず身体をわずかに傾け、右から迫る、初撃の突きを回避。
続けて迫る横凪ぎの剣は身体を伏せ、やり過ごす。
と、同時に取り巻き一の足元に剣を走らせ、軸足のくるぶしから下を斬り飛ばした。
返す刃で反対側の取り巻き二の伸びきった腕に剣を一閃。
「がァ……ッ!」
「ギャッ!?」
二人の短い悲鳴が聞こえるが、まだ戦闘は終わっていない。
「クソがアアァァッ!」
最後の一撃はリーダーの曲刀による兜割りだが……これは躱すまでもないな。
俺は持った剣を斜めに受け、そのまま曲刀の刃を滑らせてゆく。
「おわァッ!?」
バランスを崩したリーダーは隙だらけだ。
「――フッ!」
呼気を鋭くして、剣を一閃。
曲刀を握りしめたままの、リーダーの両腕が宙を舞った。
「いッ……ギャアァァァ!! 俺の腕が……ッ!」
「足がッ! 足がアアァッ!?」
「そんなッ! この技が破られるなんてありえねぇッ!」
さすがに手足を切り落とされれば、さしもの冒険者狩りもなすすべはない。
なかなか戦い慣れていたようだが……相手が悪かったな。
こちとら盗賊職とはいえ、元Sランクだ。
この程度の集団戦なら、ダンジョン深層の魔物でアホほど経験した。
主に動く鎧とか、騎士系アンデッドとかが十体で、とかな。
それに比べれば、どうということもない。
……さて、と。
女の子は無事だろうか。
「おい、大丈……んん?」
俺は倒れたままの少女に声を掛け……気づいた。
ちょっとまて。
肩口で切りそろえた、ふわふわの金髪。
歳の割に、小柄な体躯。
そして『治癒天使』の二つ名にふさわしい、上品に整った顔立ち。
未だ目は閉じられたままだが、そのまぶたの奥の瞳は……きっと目の覚めるような、深い蒼をしているはずだ。
「……ん」
小さく呻いて、少女が目を覚ます。
しばらく俺の顔をまじまじと眺めたあと、口を開いた。
「にいさ、ま……い、いいえ、ら、ライノ? なぜライノがここにいるの?」
それは俺のセリフだ。
そこにいるのは、元勇者パーティーの
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