第48話 夜屋台
あれから一週間が過ぎた。
ヘズヴィンの街はいつも通りだ。
冒険者とそれを相手にする商人たちで賑わっている。
今のところ、マクイルトゥスが最期に言い残した『何か』が起きた様子はない。
平和なものだ。
俺たちはといえば、あのあと転移魔法陣を起動し直して、遺跡第一階層と館の行き来ができるようになった。
マクイルトゥスの影魔の妨害がなければ、なんてことない作業だからな。
なので、ここしばらくは遺跡と館をしょっちゅう往復している。
パレルモとビトラは、基本的に遺跡にいることが多いな。
俺としては、館の方が個室があったり気軽に街に買い物に行けるのでいろいろと面倒がなくていいのだが、パレルモとビトラは魔素の濃い遺跡の方が居心地がいいらしい。
寝るときも、だいたい遺跡で一緒に寝るようにせがまれる。
俺としては、きちんとしたベッドのある館のほうがいいのだが。
まあ、キッチン周りの設備なんかは遺跡の方が館の設備よりもはるかに整っているので、食事に関しては遺跡で取ることが多い。
だから館は、もっぱら別荘扱いだな。
ちなみに館の地下の遺跡は、「なんだかまだオヤジがいるよーな気がする……」とパレルモが尻込みするので、あれから足を踏み入れていない。
とはいえ、祭壇の間の先の階層で新たな
今の生活がもう少し落ち着いたら、三人で探索してみるつもりだ。
で、話は戻ってマクイルトゥスの最期の言葉なのだが……
正直、気にならないといえばウソになる。
ええと、
『我が滅びれば、我の内に封印された力は
だっけかな。
「うーん……」
そのあとには何が続くのだろうか?
俺は夕日が差し込む館の居間で、先日運び込んだばかりの新品のソファにゆったりと身を沈め、ぼんやりと天井を眺めながら思索にふける。
封印された力が縛めを解かれる……だろうことは想像に難くない。
じゃあ、その封印を解かれた魔王の力は、そのあとはどうなる?
それが問題だ。
力が世に放たれ、破壊の限りを尽くす?
それとも、そのまま力が消え去る?
前者については、今のところ兆候はない。
以前『怠惰』の力を得たペッコとかいうヤツを倒したが、あれから特に何が起きたわけでもないしな。
遠方で強力な魔物が出現したとかいう話もない。
その辺は冒険者ギルドが一番情報を持っているから、何か分かればすぐに依頼が入るはずだ。
では、後者はどうか?
こっちは、マクイルトゥスの話しぶりからしてなさそうだ。
力が消え去るならば、あんな思わせぶりなセリフを吐くわけがない。
ほかに何か変わったことといえば……
強いて言うならば、先日、隣の領地でダンジョンが新しく発見されたことくらいか。
ビトラの冒険者登録を忘れていたので数日前にギルドに顔を出したのだが、そのときに、ちょっと騒ぎになっていたのを覚えている。
とはいっても、このご時世新ダンジョン発見そのものは別に珍しい話ではないからな。
まあ、そのダンジョンはちょっと気になるからいずれ行ってみようと思う。
美味い魔物肉が手に入るといいんだが……
そんなことをぼんやりと考えていると、かちゃり、と部屋の扉を開く音がした。
お、ようやくか。
「ライノー、おまたせだよー」
「む。私も用意万端。いつでも出発できる」
開いた扉の向こうに、パレルモとビトラが立っている。
「おう。じゃあ、そろそろ出かけるか」
今日は外食をする予定だ。
俺はソファから立ち上がると、二人の方に向かった。
◇
「夜屋台、たのしみだねー」
「む。この前食べた昼の屋台と、何が違うの」
街の中心部までの道すがら、パレルモが期待に満ちあふれた目でこっちを見てくる。
その横で、ビトラが不思議そうに小首を傾げた。
「むふふー。それはだねー……」
するとパレルモがビッ! と人差し指を立て、ドヤ顔でビトラに夜屋台の説明をし始めた。
「えーっとね、夜屋台はお昼よりもいっぱい屋台がならんでるんだよ! でね、道の真ん中にたくさんイスとテーブルが並べてあってねー、オヤジとオバチャンがおいしいお料理を作ってるんだよ! それからそれから……」
ずいぶんフワッとした説明だな!
そもそも、俺はまだパレルモを夜屋台に連れて行ったことはないはずだが。
……俺がたまに夜屋台について話題に出していたので、その受け売りのようだ。
あとは、たまに連れて行く昼どきの屋台街の様子を思い浮かべているのだろう。
だが……
「……む?」
案の定ビトラはピンと来ていないようだ。
傾げた小首の角度がさらに深くなった。
頭の上には疑問符が幻視できるな。
まあ、パレルモの説明のフワッと具合も、無理はない。
夜の屋台街は独特の雰囲気だからな。
一応そんな話もしていた気がするのだが、昼の雰囲気から想像するのは少々難しいのだろう。
夕食については、ダンジョン探索にでも出かけていない限り、基本的に遺跡かここかのどちらかで俺が調理しているからな。
それゆえ、今まで夕飯を街で済ませることがなかった。
俺の持つ力……『貪食』のせいで、一日最低一度は魔物肉を食べる必要があるからな。
だが街には魔物料理を出す店なんて存在しない。
自分で調理する必要があるのだ。
さらに魔物肉はキチンと食べれるようにするためには、しっかりと下処理をする必要がある。
それに結構な時間を取られるのだ。
しかし、日中は魔物狩りに出ていたり、香辛料の買い付けに出ていたりと忙しい。
必然的に、調理に取れる時間は夕方以降しかないのだ。
もちろん、前日に仕込みを済ませたり、大量に保存食を作ったりして工夫はしているのだが……
それと、今日の外食にもう一つ理由がある。
ここのところ、館内の清掃や家具の調達その他もろもろや、地下遺跡探索やらでかなり忙しかったからな。
二人にも、いろいろと手伝ってもらった。
だから、労いの意味も兼ねて夜の街に繰り出し、三人で腹一杯美味いモノを食べるのも悪くないと思ったのだ。
「だからねー、屋台がいっぱいでねー、いっぱいなんだよ! それからねー」
パレルモ、ドヤ顔のところ悪いが話がループしているぞ。
「……む。屋台がいっぱい。なんと素晴らしい」
しかしそんなパレルモのザックリすぎる説明に、ビトラは目を輝かせて聞き入ってる。
特に、『屋台がいっぱい』という箇所が、彼女の心を捕えて放さないらしい。
まあ、喜んでいるなら別にいいか。
◇
館から十分ほど歩くと、ヘズヴィン中心部にある屋台街に到着した。
すでに日は落ちているが、両脇の建物から通りを跨ぐように吊された無数のランタンが暖かい光を放っているせいで、ここだけはまるで昼間のように明るい。
「わあーっ、すごーい! これ全部、屋台なのー? お昼よりずっと多いよー!」
「む。昼に来たときとは趣が全く異なる。通りの先が見通せない。これは壮観」
「おう。二人とも、言ったとおりだろ?」
「うん! じゅるり……美味しそうな匂いがいっぱいだよー」
「む。この匂い、抗いがたい魅力を秘めている……」
二人のテンションはすでに限界を突破しそうな勢いだ。
それもそのはず。
夜の屋台街は昼間とは比べものにならないほどの熱気に充ち満ちている。
建物の下には所狭しと屋台が軒を連ね、それを目当てにやってきた人々でごった返している。
屋台からは、客を呼び込む威勢のいい声がひっきりなしに聞こえてきており、見れば、通りのあちこちに出されたテーブルやイスはすでにほぼ満席状態だ。
手前のテーブルではダンジョンから帰ってきた冒険者たちが酒を飲み交わし、少し奥側では、仕事を終えた商人たちが方々で集まっては談笑している。
もちろん、人の多さや賑やかさだけじゃない。
肉の焼ける香ばしい香り。
くつくつと煮込んだシチューの優しい香り。
海産物をタレに漬け込んだものを鉄板でジュウジュウ焼いた、スパイシーな香りなどなど……
それらが渾然一体となって、俺たちの鼻をくすぐってゆく。
うーん、匂いを嗅いでいると否が応でも腹が減ってくるな。
さて、どの屋台から回ろうか。
そう思って二人に声を掛けようとするが。
「パレルモ、ビトラ?」
気がつくと、二人の姿が側にない。
「オヤジーっ! タレ串十本、くーださーいなっ!」
「む。私は同じものを十二本。お金は持っている」
と思ったらパレルモとビトラの声が聞こえた。
見れば、すぐ先にある串焼き屋台の軒先で店主のアンちゃんに向かって、先に渡しておいた小遣いを握りしめたまま元気に注文しているところだった。
つーか十本ってなんだ。
ビトラは十二本とか言ってるし。
二人とも食い意地張りすぎだろ……
「じゅう、に……? じ、嬢ちゃんたち、ずいぶん食べるんだねえ。でもオイラ、まだ二十六だからね? お兄さんって呼んでくれよ? はいよ、串が全部で二十二本……お待ちっ!」
屋台のアンちゃん、若干引いてるぞ。
「うんっ! オヤジ、ありがとー!」
「む。オヤジ、ありがとう」
「だからお兄さんだって! まったく……」
「……あいつらめ」
しかし、なんて素早いヤツらだ。
しかし二人とも、男と見れば『オヤジ』と呼ぶので定着してしまっているな。
あとでキチンと言い聞かせておかねば。
屋台のアンちゃんの心が折れる前に、な……
「おいしー! 夜屋台、たのしーね、ビトラ!」
「む。この肉はなかなか美味。次はあの包み焼きを食べる」
「うん! じゃあその次はあそこの肉団子入りパスタだよ!」
「む。了解」
二人は、近くにあった長いすに仲良く並んで腰掛け、美味しそうに串肉をぱくついている。
つーか、食べきるまえに次の屋台の相談かよ……
さすがは『貪食』の巫女様だ。
食い意地だけは世界最強だな。
世界第二位は『怠惰』の巫女様で決定だが。
二人の様子を見ていると、俺もよだれがとまらなくなってきた。
「さて、俺は何にするかな」
まずは、そこのシチューからいってみるか。
その次は、隣の屋台が出している、鳥肉のパイ包み焼きだな。
さらにその次は……
俺はそんなことを考えながら、目当ての屋台に足を向けるのだった。
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