第47話 大魔導、愚痴る

『――なぜ、分かった』


 声が、広間に響いた。

 例のオッサンの声だ。


 今度は頭の中ではなく、直接耳に入ってくる。


『隠蔽は完璧だったはずだ。まさか囮とした我が身に目もくれず、力の根源たる魔力核の方を正確に見抜くとはな』


 声の出所は、祭壇跡にもたれかかった冒険者のものとおぼしき骸からだった。

 カラカラと乾いた音を立て、近くに散らばっていた骨が集まってゆく。


 ほどなくして、骸がゆっくりと起き上がった。

 眼窩には仄暗い光が宿り、胸骨の内部には、さきほどの欠けた紫石が浮かんでいる。


 コイツは……スケルトン、いやさらに高位のアンデッド、リッチーか。


「ねえねえライノ、骨が魔物さんになっちゃったよー? あれも、やっつけちゃうの?」


「む。パレルモは小物たくさん倒した。次は私の番」


 俺たちの会話が聞こえたのか、リッチーがビクッ! と肩を震わせた。


『ま、まて!

 もう我に戦う力など残っておらぬ。

 姿を現したのは、お主らの強さに対し、

 せめて敬意を表するべきと判断したからだ』


 リッチー……大魔導マクイルトゥスが言う通り、奴はすでに魔力の大半を失っているようだ。

 身体を維持するのに手一杯に見える。

 影の魔物を召喚することは、もうできないだろう。


 もっとも、仮にさきほどの倍の数を召喚できたとしても、俺たちに少しでも傷を負わせることができるかというと、怪しいところだが。


『教えて欲しい。

 お主らは人の姿をしてはおるが、

 そのような強大な魔力を身体に宿す人間などおらぬ。

 ましてや、影魔の軍勢を易々と屠るなど……

 だとすれば、お主らは七柱の魔王のいずれかの眷属であろう?

 そうでなければ、到底説明がつかぬ』


 マクイルトゥスが、骨をカタカタ震わせながら話しかけてくる。


「さあ、どうだろうな」


 とりあえず、あいまいに口を濁しておく。


 というか、魔王なんだけどな。俺が。

 で、そこの二人はその巫女様だ。


 だが、それをコイツに話すべきなのかは、まだ判断が付かない。

 コイツがまだ奥の手を隠し持っている可能性だって捨てきれないからな。

 まあ、ないとは思うが。


『ククク、そうか。まあ、気にするでない。

 死に損ないの老いぼれの、ただの戯れ言だ。

 お主が神であろうが、魔王であろうが我は気にせぬ。

 半刻もせずに滅びる身であるからな』


 カタカタと骨を揺らして笑うマクイルトゥス。


『しかし……口惜しいものであるな。

 これでは、我を殺した『嫉妬の巫女』を見つけ出すことも敵わぬ』


 嫉妬の巫女、だと?

 そいつが、コイツを殺した?


 どういうことだ。


「それは……魔王の巫女のことか」


『いかにも』


 マクイルトゥスが小さく頷く。


 そういえばパレルモは『貪食』の巫女だったっけ。

 ビトラは『怠惰』とかいっていた。


 で、『嫉妬』ときたもんだ。


 心当たりはある。


 七つの大罪とかいうヤツだっけ?


 『高慢』『強欲』『嫉妬』『憤怒』『色欲』『貪食』それに……『怠惰』。


 古来からある、人間の悪徳を列挙したものだな。

 寺院――クロノス教にもそんな感じの戒律があったし、辺境の土着宗教にもわりと見られる概念だ。


 しかし、ということは……


 魔王の力は、俺の『貪食』とペッコの『怠惰』、マクイルトゥスの『嫉妬』以外にも、あと四種があるということか。


 結構多いな!


 とはいえ、本当にそんな『魔王』がごろごろいたら、この世界はもっとメチャクチャになっていてもおかしくない。

 ということは、他の力は見つかっていない可能性が高いな。


 ……もう少し、コイツから聞き出す必要がありそうだ。


 そう思って、マクイルトゥスに話しかけようとすると。


『のう、お主らよ。

 敗者の昔話に、少しだけ付き合ってもらえはせぬか』


 マクイルトゥスがそんなことを言い出した。


「それが時間稼ぎでないなら、別に構わんぞ」


 とは言ったものの、こっちの知りたいことを喋ってくれるなら、別に断る理由もない。


『ククク。

 そのような考えなどないわ。

 もう、《憑依》を使う力さえ残っておらぬ。

 ただ、このまま誰にも知られることなく滅びてゆくのは口惜しいのだ』


 大魔導マクイルトゥスが語り出した。





 ――マクイルトゥスは、今から千年ほど前に生きた魔術師だ。


 それも、相当に凄腕の。


 いまでこそリッチーに身をやつしているものの、かつては大魔導と言われ、次元の裏側から影の魔物を召喚し使役する魔術のおかげでほとんど敵なしだったらしい。


 たとえばあるとき、マクイルトゥスはとある国の王の機嫌を損ねたため、数万の兵士に包囲されたことがあった。

 だが彼は影の魔物を使役し、その数万にも及ぶ軍勢を数時間のうちに殲滅せしめたそうだ。


 そういえばその話、戦い最中にも言ってた気がするな。

 まあ大分歳だし、同じ話をするのは仕方ないか。


 そんな最強の名をほしいままにしたマクイルトゥスだったが、自身の力に満足をせず、さらなる力を求めたのだが……




 そのへんの話は長かったのでざっくり省略する。




 で、いろいろあってたどり着いたのが、この遺跡だ。


 マクイルトゥスは当時ただの原野だったこの遺跡周辺を占拠すると、影の軍勢を引き連れてこの遺跡に潜った。


 ちなみに俺たちが通ってきた通路と縦穴は正規のルートではなく、別にちゃんとした入り口があるらしい。

 まあ、そっちは俺も知らないし、そもそも今の時代では未発見だが。


 ともあれ、マクイルトゥスは苦労の末遺跡の最奥部に到達し、この祭壇の広間で『嫉妬の巫女』と出会った。


『最初に巫女を見たときは、大層驚いたものだ。

 あのような美しい少女が、ダンジョンの奥底で一人暮らしているのか、とな』 


 まあ、俺もパレルモと出会ったときは同じだったからな。

 気持ちは分かる。


 嫉妬の巫女は突然現れたマクイルトゥスにとても友好的で、神器を試す儀式(というか、神器に触れるだけだが)を快く執り行ってくれたらしい。


 そして……


 幸か不幸か、マクイルトゥスは神器に適合した。


 『嫉妬の魔王』の力をその身に宿し、



 そこで、彼は死んだ。



 原因は、嫉妬の巫女の不意打ちだった。


 力を手にし歓喜に打ち震える彼が振り返ったところを、神器で一撃……だったらしい。


 だが魔王の力を得る過程を知った俺からすると、巫女のその行為は分からないでもない。


 彼女からすれば、魔王になった者はただの捕食者だからな。

 いくら巫女が魔王の糧となるのが使命だとか悦びだと誰かから教えられていたとしても、中にはそういう行動に出るヤツがいてもなんらおかしくはない。


 対して、マクイルトゥスの方はアホだな。


 だって、ダンジョンの奥底だぞ?

 油断なんてするか? 普通。


 たとえここで出会った嫉妬の巫女がどれだけ美少女だったとしても、普通は魔物が化けているとか、そういうのをまず疑うだろ。

 俺だって最初はパレルモのことを警戒していたからな。


 まあ、それはいい。

 問題はそのあとだ。


 彼を殺した嫉妬の巫女はどうやってかは分からないが、マクイルトゥスに宿った魔王の力を封印したあげく、祭壇を破壊し、神器を持って立ち去ったそうだ。


 だが、マクイルトゥスもただの魔術師ではなかった。

 彼は死にゆく中、遺跡の魔素を使いなんとか自身の魂を魔力核に隔離し、リッチーとなった。


 全ては力を取り戻し、嫉妬の巫女に復讐するために。


 だが、誤算もあった。

 遺跡の魔素を使って魂を維持しているせいで、マクイルトゥスはこの祭壇の間から動けなくなってしまったのだ。


 できることといえば、ほとんどほとんど力のない代わりに、壁をすり抜けたり遠距離操作ができる影魔で、地上の様子を探ることだけ。


 それすら、せいぜい今ある館の敷地の範囲程度が精一杯だったそうだ。


 しかたなく、マクイルトゥスは千年間ずっと、誰も訪れることのない遺跡の奥で、次の挑戦者をひたすら待ち続けたそうだ。

 《憑依》でその肉体を奪い、地上へ戻るために。


『しかし……今の時代の人間はなっとらん。

 肉体を奪う気も失せるわ!

 ああ、お主らは別として、だがな』


 マクイルトゥスが吐き捨てるように言った。

 なんか、愚痴っぽくなってきたぞ。


『断りなく、勝手に他人の土地に館を建てるわ、街は造るわ!

 我もこうして肉体が滅びたとはいえ……礼儀というものがあろう?

 我の時代では、知らぬ土地に住まう際はその土地を治める神々に祈りを捧げたものであるぞ。この時代の人間は、それすら忘れたというのか?』


 そうは言ってもな。


 コイツの生きた時代はどうだか知らんが、このご時世、土地なんかに祈りを捧げるヤツはいないと思うぞ。

 辺境の土着宗教ならばともかく、このあたりの主な宗教はクロノス教だしな。


 だいたい、こんな遺跡がこの街ヘズヴィンの下に埋もれているなんて、誰も分からんし。

 祈りの捧げようもない。


 マクイルトゥスは憤慨したように話を続ける。


『だから、ちょっとばかりの抗議のために、人型の影魔を差し向けてみたのだ。

 だが、なんということか!

 情けないことに、出会った者は影魔を見るなり恐慌状態に陥ったあげく、自分で振り回した武器で負傷する始末であったのだ!

 さらには捜索にきた戦士はおろか魔術師どもですら、隠蔽された隠し部屋に気づこうともせん。

 あれでは我が新たな肉体としては失格も失格であるな!

 まったく、最近の人間どもときたら……』


 つーか、本格的に愚痴をこぼしだしたぞ。


 正直俺たちにとって有益な情報もあまりないし、あとは聞き流すとするかな……




 ◇




『――というわけだ』


 ようやくマクイルトゥスは話を終えると、疲れたように大きく肩を下げた。


 このリッチー、すぐに消滅するのかと思いきやかなり長い間喋っていた。

 千年ほどまともに話すことがなかったからか、ここぞとばかり愚痴を吐き出したようだ。


 喋り終えたガイコツ顔が、なんとなく満足げに見える。


『お主らには、仇を討ってくれと頼むようなことはせぬ。

 だが、お主らの仕える魔王のために忠告だけはしておこう。

 嫉妬の巫女には、気をつけることだ。

 彼奴あやつは去りぎわに、全ての魔王の力を欲しておるようなことを言っておった。我の力だけでは飽き足らずに、な』


「……気を付けるとするよ」


 俺たちが魔王の眷属だと思ったままのようだが、あえて訂正する意味もないな。

 特に、後ろの二人が巫女だとカミングアウトすると面倒なことにしかならなさそうな気がする。


 まあ、千年前に遺跡を出た嫉妬の巫女のことだ。

 今頃どこでなにをしているか分かったもんじゃないし、調べようもない。


 願わくば、すでにこの世を去っていると嬉しいんだが……

 巫女はほぼ不老不死のようだし、それは難しいか。


 と、そうだ。


 これは聞いておかなければ。


「なあ大魔導マクイルトゥス。一つ聞いておきたいことがあるんだが」


『何だ。もうそろそろ我の魔力も尽きる頃であるぞ。聞きたい事があるならば、早くせよ』


「ああ。その嫉妬の巫女だが……名前は何という? それに、神器はなんだ?」


 名前は変えている可能性が高いが、神器の姿は変わらないだろう。

 知っておけば、不意を突かれても対処しやすい。


『おお、おお。そうであるな。我としたことが、一番肝心なことを忘れておったわ。嫉妬の巫女の名は、ビルヘルミーナという』


 ……全然心あたりないな。


『そして、神器は……剣だ。美しい装飾の施された、長剣であった』


 長剣か。

 美しい装飾ということだけで正直ザックリしすぎているが、実物が今ここにない以上、仕方がない。


 一応、覚えておこう。


「情報をありがとう、大魔導マクイルトゥス。死闘を演じたよしみだ。あんたの骸は丁重に弔っておくよ」


『ククク。死闘を演じた、であるか。

 踊り狂っていたのは、我一人であったようだがな。

 ……ああ、そうだ。最期にもうひとつ、忠告しておこうか。

 我が滅びれば、我の内に封印された力はいましめを解――』

  

 マクイルトゥスはそこまで言うと、急にカクンと下を向いた。


「マクイルトゥス? ……おい待て! 今肝心なことを言おうとしただろ! おい!」


 だが、マクイルトゥスがそれ以上言葉を紡ぐことは、なかった。


 魔力が尽きたのだろう。


 大魔導マクイルトゥスを形作っていた骨という骨が、あっという間にバラバラになっていく。


 カラン、と乾いた音が、主を失った広間に寂しく響いた。

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