第46話 vs影の軍勢
『『『『オオオオォォォォン……』』』』
黒い影の大群が虚ろな咆吼を上げる。
ビリビリと周囲の空気が震動し、天井からパラパラと石の破片が舞い落ちてくる。
今度の人型は全身鎧の騎士の影が十五体。
さきほどの丸腰と違い、剣や槍などを装備済みだ。
魔物型は……グリフォン型十体、蠍型五体に、トロル型が三体。
あとは小さな蜘蛛型やら蟲型やらの小物が大量だ。
大小併せて、全部で百体ほどか。
それらが、俺たちをぐるりと取り囲んでいる。
さすがにこれほどの数になると、なかなか圧巻だな。
『あの館は元々この我、『影使い』大魔導マクイルトゥスの所有物である。その神聖なる我が館を貴様らの泥まみれの足で汚しただけでは足りず、我が『聖域』まで侵すとは……小童どもよ。この超高密度な魔素を感じ取れるか? そのどれもが先ほどの
嗜虐心を隠し切れない声色が、頭の中で一方的に響き渡る。
この声だけオッサンは、あの館の元々の持ち主だったらしい。
ということは、館の怪奇現象はコイツを倒さなければ収まらないということか。
「んなっ! わたしはちゃんと外から帰ったら足キレイにしてるよっ!」
「む、パレルモ。あれは相手を侮辱する際の決まり文句のようなもの。気にする必要はない」
パレルモは相変わらずだな。
つーかツッコみどころ、ソコかよ。
いつでも緊張感が全くないなこの子は。
まあ、そこがいいところでもあるんだが。
とはいえ声が言うとおり、今出現した魔物たちはさきほどの人型の影とはケタ違いの魔力量を秘めているようだ。
騎士型一体でもおそらくBランク冒険者三人分程度の戦闘力はあるだろう。
トロル型に至っては、おそらくAランク数人で戦ったとしても、死人が出るのは間違いない。
並の冒険者がこの状況に陥ったなら、絶望にうちひしがれるのだろうが……
「おおおおっ! すごいねっ! 魔物さんたち、とっても強そう!」
「む。昔は私も不埒な挑戦者を散々返り討ちにしてきた。この程度、ものの数ではない」
二人は魔物が咆吼を上げるたびにテンションが上がっていっているようだ。
「二人とも、ほどほどにな。あまり本気で暴れると、広間自体が崩壊しかねないからな」
パレルモは性格はともかく、攻撃力だけは『歩く大量破壊兵器』だからな。
全力を出されると、逆にこっちに身の危険が及ぶから注意が必要だ。
ビトラはというと、実は歴戦の巫女様だったらしい。
というか、あの植物魔術でどう不埒な挑戦者を蹴散らしてきたのか気になるところだ。
最近ビトラはいろいろと自分の魔術を研究していたらしいし、その成果は純粋に気になるところだ。
ちょっと俺もワクワクしてきたぞ。
『貴様ら……随分と舐めた態度をしおって! ……しかし、その態度がいつまで持つかな? ……ゆけ! 影の軍勢よ! そこの生意気な小童どもを蹂躙せよ!』
『『『『オオオオォォォン!』』』』
オッサンの号令と同時に、猛然と襲いかかってくる影の魔物たち。
「パレルモ!」
「うんっ! いっくよー! んあっ! へあっ! そおいっ!」
――ザシュッ! バシュッ! ザザン!
パレルモが放った空間の刃が、迫り来る魔物型の影をまとめて十数体まとめて斬り裂いた。
『『『『『オオオォォォ……ン』』』』』
『なっ……!?』
断末魔の咆吼を残して、影の魔物たちが霧散した。
気の抜けたかけ声だが、パレルモの繰り出す空間断裂魔術は凶悪だ。
なにしろ、空間そのものを切断するんだからな。
どれだけ硬かろうが、魔術的な強度があろうが、彼女の魔術の前では何の意味もなさない。
「む。私も負けない。――《魔力核生成》」
今度はビトラが魔術を発動させると、彼女の手の内に、紅い宝玉が出現した。
「――《繁茂》。来て、我が眷属」
次の魔術が発動。
床や近くの支柱から夥しい量の雑草や蔓が生え、それが魔力核を取り込んでいく。
「おい、それ大丈夫なのか?」
俺は襲ってきた影の騎士と斬り結びながらも、ビトラに声をかける。
魔力核すでに植物に覆われ、魔物の姿をとりつつある。
「む。心配ない。魔力核も植物も、私の制御化にある。ライノは楽しく見物しているだけでいい」
ビトラが喋っている間に、魔力核は完全に魔物に変化した。
その姿は……
『ク、ククク。フゥーッハッハッハ! 何かと思えば……ただのゴーレムではないか!? しかも雑草を編み上げたゴーレムだと? 笑わせてくれる! そんなままごとで我が影の軍勢に傷一つでも付けられると思っているのか!』
声だけオッサンが嘲るような声を上げた。
だが、ビトラは特に気にした様子はない。
淡々とした様子で、ゴーレムの最終調整を行っている。
「……む。完了した」
そこにいるのは、ビトラの倍ほどの背丈の人型ゴーレムだ。
上背はあるが、全体的に細長い。
パッと見、あまり強そうには見えないが……
前言撤回。
よく見るとこのゴーレム、相当ヤバいぞ。
前提として、普通のゴーレムは単純な関節しか持たないし、鈍重かつぎこちない動きしかできないが、ビトラの草ゴーレム(?)は草や蔓がまるで人間の筋肉のような働きをしている。
そして、それらが自在に伸縮することで精密かつしなやかな動作を実現しているのだ。
どれほどの性能を発揮するのか、正直全く想像がつかない。
ただ、ちょっと気になるのは……胸に露出した魔力核だ。
無駄に怪しく発光しているが、そこらへんはビトラの独自のこだわりなのだろうか。
植物系魔物の弱点である魔力核を体表に露出させておくのは、運用上なんのメリットもないからな……
「む。『壱号機』、行動ルーチン003。魔物を蹂躙して」
『……む゛』
植物ゴーレムがビトラの命令に滑らかな動作で片手を挙げ、応じる。
それからゴーレムが一瞬力を溜め……消えた。
――バゴンッ!
先ほどまでゴーレムが居た場所の床がめくれ上がった。
床を蹴って加速するその衝撃に、耐えきれなかったらしい。
ちょっと待て。
速すぎるだろ。
俺の《時間展延》並の接敵速度だぞこれ。
ボッ! ボシュ! ボボンッ!
このゴーレム、もちろん素手だ。
攻撃はもちろん、敵を殴りつけるだけ。
フォルムから想像されるとおりの洗練された動きではあるが、ただそれだけなのだ。
だが、その『ただそれだけ』の攻撃が、音速を超えているとしたら?
バシュッ! ボシュンッ! バシュン! パァンッ!
ゴーレムが腕を振るうたび、圧搾された空気が爆裂し、周囲の空間ごと魔物を消し飛ばしていく。
倒されるとか、そんなレベルじゃない。
『消滅』だ。
……たしかにこれならば、弱点を露出していても全然問題ないな。
『『『オオオオォォォン……』』』
あっという間に、ビトラの前にいた影の魔物が消滅した。
その数、十五体。
パレルモよりちょっとだけ多い。
『……は!?』
しかし……ビトラはビトラで、とんでもない戦闘力だ。
パレルモの空間断裂魔術が線だとしたらこちらは面だな。
近距離戦闘での制圧力は、圧倒的にビトラに軍配があがる。
ちなみに俺もその間にトロル型と騎士型を何体か倒している。
後に残るのは、蟲型の小物だけだな。
こいつらはプチッと潰して終わりだ。
「む、ふー。敵の残りは小物だけ。これで私の勝ちは揺るがなくなった。この勝負、私の勝利」
おお。
ビトラ、すっごいドヤ顔だ。
いつもの無表情が保ててないぞ。
あとなんか鼻息荒い。
「あ、ああーっ! ビトラ、それずるいよー! 二対一じゃん!」
「む。これは私の魔術。パレルモは自身の魔術で敵を倒した。何も問題はない」
「むうー! やっぱりずるい! じゃあ残りはわたしのものだよっ! えいやっ! ほいっ!」
バシュン! バシュシュン!
『『『オオオォォォン……』』』
パレルモの八つ当たりで、残った魔物が消滅した。
『そ、そんな! 我は大魔導マクイルトゥスであるぞ!? 数万もの帝国兵を数刻で喰らいつくした我が最強の軍勢が、こんな小童どもにこうも簡単にやられるわけがないだろう!? あり得ない! こんな、バカなことがあってたまるか……ッ!』
さきほどの余裕はどこへやら。
姿を隠した自分以外全滅の憂き目にあったオッサンは狼狽したように叫び続けている。
しかし、そんなにスゴい魔物だったのか?
結構楽勝だったぞ。
帝国兵ってのも基準が分からんし。
このオッサン、声からして結構歳いってそうだし、昔の国だろうか?
『まだ、まだだ! こんな小童どもにいいようにされてたまるかっ! かくなる上は……小僧ッ! 貴様の身体を乗っ取ってやる! ――《憑依》ッ!』
「のわっ!?」
オッサンの声とともに、いきなり身体が重くなった。
頭に霞がかかったようにぼんやりとし、強烈な眠気に襲われ……
「……なんてな」
――ボシュッ!
懐で抗魔の
アホか。
死霊術師が、憑依ごときに何の対策を講じていないとでも思ったか?
そもそも、壁をすり抜ける魔物のいるダンジョンに潜るのだ。
もちろん、パレルモとビトラにもバッチリ護符を装備させているし、なんなら予備のストックだって大量にあるぞ。
ただ、この対抗策にも致命的な欠点がある。
「あっつい! あっつ! アツゥイ!」
慌てて服の中に手を突っ込み、ボロボロになった護符を引っ張り出す。
そう。
護符は、憑依攻撃の身代わりとなって俺たちを守ってくれるかわりに、本来体内に流れ込んでくるはずの膨大な魔力を吸収し、熱エネルギーに変換するのだ。
何が言いたいかというと……
攻撃を受けた瞬間、護符が発火する。
『なっ……なぜ《憑依》できない! 貴様ッ! まさか聖騎士か!?』
「んなわけねーだろ! アチチ……あんなお堅い連中と一緒にされるのは心外だ」
危ねーっ!
もうちょいで下着に引火するところだったぜ。
身体能力はすでに魔王クラスまで引き上げているから「アツゥイ!」くらいで済むが、装備品はそうはいかないからな。
だが……一瞬だけ魂が繋がったおかげで、ヤツの居場所は特定できた。
「いやはや、そんな場所からコソコソ高見の見物とはな……さすがに『大魔導』の名が泣くんじゃねーか? ――《投擲》」
俺は腰から短剣を素早く引き抜き、天井の一角に向けて投げつける。
『なっ! 貴様ッ――』
――パキンッ
声が途切れる。
粉々になった紫の欠片が、天井からパラパラと降ってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます