第45話 影魔
縦穴にらせん状に設置された階段をひたすら下ること一時間ほど。
俺たちは縦穴の底にたどり着いた。
「ほう。これは魔法陣か」
穴の底に降り立つと、その床いっぱいに、魔法陣が描かれているのが見て取れた。
かなり大規模なものだ。
やっと、ダンジョンっぽいものが出てきたな。
もっともそれは、すでに機能を失ってからかなりの年月が経っているようだ。
というか、うっすらと黒いススが魔法陣の痕跡を残しているだけで、何に使われていたものは判然としない。
この穴の底での見るべきところといえば、これくらいだろうか。
あとは、先へと続く扉があるだけだ。
この扉にも、罠の類いは設置されていないようだ。
もしかしたら、以前はこの通路を頻繁に利用していた者がいたのかも知れない。
あるいはこの縦穴は、罠を張ると通行に支障をきたすような場合……たとえば緊急時に使用するための通路だった、とか。
それにしても、ここはとんでもなく深いな。
階段はそこそこ急な造りだし、パレルモとビトラが駆け下りていったのを慌てて追いかけたのを考慮しても、最上部から底までは垂直方向で五千歩近くはある。
これは、ヘズヴィン近郊にそびえる北方山脈の最高峰ですら、麓から山頂までがすっぽり埋まってしまう計算になる。
こんなものを、今の人間が建造できたとはとても思えない。
となると、この場所は……
「むー。魔物がぜんぜんいないよー」
「む。魔物は私に恐れをなして出てこない」
先に到達して俺の到着を待っていた二人が、不満そうな声を上げた。
そんなに魔物が出ないのが気に入らないのか?
たしかに魔物との戦闘はダンジョン探索の華だが、かといって積極的に戦うというのも違う気がする。
魔物に首ったけな二人はともかく、通常はダンジョンのマッピングをしながら注意深く歩を進めていくものだからな。
間違っても魔物を求めてダンジョンの奥へ突撃を敢行したりするものじゃない。
とはいえ、このダンジョンに入ってからここまでの間、まったくの平穏というわけでもない。
妙な空気が、このダンジョンを支配しているのは、俺もずっと感じている。
なんともいえない、魔素が身体にまとわりつくような感覚。
あまり気持ちのよいものじゃない。
なんというか、どこかで誰かが息を潜め、こちらをじっくりと観察しているような。
この館に住みだしてから、よく感じていたのと同質のものだ。
もちろん、ビトラの生み出した植物のアレとは違う。
アレはアレで妙な視線を感じたものだが、これはなんというか、悪意がこもっているように感じる。
と、俺が思索にふけっていると……
「あっ! いたよっ! ライノ、ビトラ、さっきの魔物さんだよっ!」
突然パレルモが大声を出した。
「どうした?」
「む。何事」
「あそこ! 扉のほうっ!」
ビトラと同時に、扉に視線を向ける。
すると……地下室で見た小さな黒い影が、するりと扉の向こう側へ抜けていくところだった。
ようやく魔物のお出ましか。
「よし、二人とも! 注意して追いかけるぞ!」
「うん! 魔物さんーまてーーー!」
「む。あれは私の獲物。パレルモには渡さない」
ものすごい勢いで扉を開け、奥へと駆け出していく二人。
「おいコラ注意しろって言ってるだろ!」
まったく。
今さっき言った側からこれだ。
まあ二人とも罠程度でどうにかなるタマじゃないだろうが……俺も急ぐか。
◇
二人を追って扉の先の通路をしばらく進むと、急にひらけた空間に出た。
「ここは……」
ずいぶんと見覚えのある光景だった。
広々とした石造りの広間に、規則正しく並んだ太い支柱。
支柱には、松明が灯っている。
アーチ上の高い天井や壁面には、魔物の彫刻。
そして……祭壇の跡が、あった。
おいおい。
ここ、街の真下だぞ。
こんなところに、魔王にまつわる遺跡があったなんて聞いたことないぞ。
「ねーライノー。ここって、祭壇の広間だよね?」
「ああ、そうだ……と、思う」
俺たちのいる位置は、広間の最奥部だ。
パレルモの遺跡ならば、彼女の部屋へ続く隠し部屋がある位置だな。
「む。なぜ、祭壇が破壊されている」
そう。
肝心の祭壇が、破壊されていた。
それも完膚なきまでに。
よく見れば、そこかしこに激しい戦闘の痕跡が見て取れた。
支柱の何本かは折れたり崩れかけているし、壁面には何かが激しく衝突したようなクレーターがいくつもある。
広間の床もひび割れたり焼け焦げたりした後もあるな。
天井も一部崩落しており、その真下には瓦礫の小山ができている。
酷い有様だ。
「む。ライノ、あれを見て」
ビトラがかつて祭壇だった瓦礫の側を指さす。
ボロボロの布きれと、黄ばんだ白っぽい棒状の物体が……あれは骨だな。
というか、アレは人間の死体だ。
「アレは、俺が調べる。二人は、他の場所に何かないか探してみてくれ」
「うん、わかった!」
「む。了解」
二人に指示を出してから、死体に近づいてみる。
死体は相当な年月が経っているようで、完全に白骨化している。
服装や装備を見るに、冒険者のようだが……
少なくとも、ここに居たかもしれない巫女ではなさそうだ。
体格からしても、男のようだしな。
白骨死体は、肩から脇腹にかけて鋭利な刃物で切断された痕跡がある。
死因は、考えるまでもないな。
とすると、コイツは挑戦者だろうか。
「……ん? 何だこれは」
男の死体を調べていると、服の奥から、コロンと何かが転がり落ちてきた。
手に取って見る。
紫色の……宝石?
元々は球状だったようだが、半分に欠けている。
もしかして魔石の類いかと思ったが……魔素の反応はないな。
もう半分はどこかにいってしまったのか、見当たらない。
もう少し男の死体を調べようと思った、そのとき。
「ライノー、こっちきてー! 魔物さんが出てきたよー!」
パレルモの呼び声が聞こえた。
広間の入り口の方からだ。
見れば、黒い影のような魔物が三体、パレルモとビトラを取り囲んでいる。
つーかパレルモはなんで満面の笑顔でこっちに手を振ってるんだ。
まるで草むらでバッタでも見つけたかのようなテンションだが、それ一応未知の魔物だからな?
「今行く!」
二人がそこらの魔物に遅れを取るとは思わないが、万が一ということもある。
「――《時間展延》!」
時の流れを引き延ばし、俺は一瞬の間で影の魔物との距離を詰める。
魔物は、闇でできた霧を凝縮したような、なんとも言えない姿をしている。
大まかな形状は人間ではあるが、生身の人間というよりは、わら人形や棒人間のような、抽象的な意味での人型だ。
これが、かつて館に出没したという影の魔物か。
話通りの姿だな。
壁をすり抜けたり扉の隙間を通り抜けたりするようだが、物理攻撃が効くのかは試してみる必要がありそうだな。
とはいえ、これほどハッキリ目で見える魔物だ。
「――《解体》」
影の魔物が俺の存在に気づくが、もう遅い。
ザンッ! ザンッ! ザンッ!
うん。
普通に手応えはあるな。
『『『オオオオオォォォォ……』』』
身体を両断され都合六つの黒い塊になった影の魔物は、尾を引くような断末魔を上げ、霧散していった。
「二人とも、無事か?」
「うんっ! 大丈夫だよー」
「む。私はこのくらい一人で倒せた。でも、ありがとう」
二人の反応は様々だが、ひとまず無事だな。
しかし、ちょっと気を張りすぎたかな。
まだ魔物の実力を見てなかったが、ずいぶんあっさり倒せてしまった。
あるいは、スキルの効果だろうか?
まあ、今はどっちでもいいな。
もしかしてこの魔物、たいした力を持っていなかったとか?
『――ほう……まさか我が
ん?
なんか聞こえたぞ。
歳のいった、男の声だ。
シャドー? なんだそれ?
というかこの広間には、誰もいなかったはずだが?
今も魔物の気配がないし。
「ねえねえライノー、さっきなんかオヤジっぽい声が聞こえなかった?」
「む。私も聞こえた。変な声」
「ああ。頭に直接響いてくるな。これは念話の魔術か? おい、聞こえてるか? 別に俺たちはあんたの敵じゃない。ただこの場所に迷い込んだだけだ」
『警告はしたはずだ。だがこの場所に土足で踏み込んだ以上、貴様らがここを生きて出ることは決してない。この大魔導マクイルトゥスの
またもや頭の中でオッサンの声が響く。
なんか自分に酔ったような話しぶりだ。
つーか、俺の話を聞いちゃいねー!
だいたい警告って、もしかしてあの小さな影のことか?
分かりづれーよ!
『『『『オオオオォォォン……』』』』
姿の見えないオッサンが魔術っぽい呪文を唱えると、俺たちを包囲するように、今度は何十体もの影の魔物が出現した。
今度は武器を持った人型に、獣や蟲のような姿の影もいる。
小さなヤツは、地下室や穴でコソコソしてたやつだな。
もしかして、さっきの死体はコイツらにやられたのか?
「おおー! すごいいっぱい魔物さんが出てきたよ!」
「む。今度こそ私の獲物」
なんだか二人もやる気だし、次はちょっと譲ってやるか。
特にビトラは戦闘能力がまだ未知数だ。
なぜかパレルモに対抗意識(?)を燃やしている『怠惰の巫女』がどの程度やれるのか、お手並み拝見といこうかね。
「ライノ、見ててねー? このくらい、ぜんぜんよゆーだからねっ」
「む。魔物は全部私が倒す。パレルモはそこで指をくわえてみてるといい」
「えー? ひとりじめはずるくないー?」
「む。こういう場合は早い者勝ち」
二人とも嬉しそうなのはいいが、油断せず戦えよ?
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