第44話 気を取り直してダンジョン探索
ちょっとばかり長めの休憩を取ってから、ダンジョン用の装備をととのえ、俺たちは地下室の隠し通路に降り立った。
通路はせまく、人が一人立って歩くのがやっとだ。
地下室と同様にカビと埃の匂いが鼻につく。
相当長い間、この通路が使われた形跡がないようだ。
松明の代わりに館から取ってきた魔素灯を高く掲げてみる。
魔素灯特有の冷たい光が通路を照らし出した。
先が見えない。
通路はまっすぐだが、かなり長い距離があるようだ。
「……魔物の気配はないな。パレルモ、ビトラ、一応気をつけて進むぞ」
「うん……」
「む。了解……」
なんか二人とも元気のない返事だな。
振り返ると、二人ともこころなしかしょんぼりしている。
さきほどの
別に叱ったつもりはないんだがな。
正直二人の行動自体はまあ、別に俺に実害が及ぶ類いのものではないし、悪意があってのものじゃないということは分かる。
しかし、二人とも最近は楽しそうにしていたようだながあ。
なんだかんだで環境が変わったせいで、不安なところもあるのだろうか。
たしかにパレルモとビトラ、特にパレルモの境遇をかんがみれば、分からないでもないのだが……
だから、ビトラにはきちんと俺のプライベートを尊重するように言い含めたあと、俺の部屋と風呂、トイレに置いた観葉植物を三人で撤去したくらいだ。
あとはパレルモに、とりあえず無断で俺の部屋に侵入するのをやめるように言ったくらいかな。
一応俺の部屋にはダンジョン探索に使う道具や短剣などの武器も置いてあるからな。
深夜、武器を手入れしている最中に急に入ってこられると危ない。
添い寝自体は……たまにするくらいなら……別に構わんだろう。
だが毎日はさすがにダメだ。
寝不足になってしまうからな。
しかし、遺跡にいるときの二人は、たまに様子がおかしいことがないわけではなかったが、ここまで奇行に走ることはなかったはずだが……
俺の部屋が二人の部屋より少し離れた場所なのがダメなのだろうか?
遺跡は扉を隔ててだが、パレルモの部屋とダイニングは隣同士だったからな。
まあ、そのあたりはこのダンジョンを探索してから考えるとするか。
ダンジョン探索中は何が起こるか分からないからな。
未知のダンジョンなら、なおさらだ。
と、そうだ。
一応ここが本当にダンジョンかどうか確かめておく必要があったな。
俺は腰の鞘から短剣を抜くと、通路の壁面を勢いよくガリッとひっかいた。
パッ、と小さな火花が散り、壁面に細い傷跡ができる。
ちなみに包丁は持ってきてはいるものの、今は鞘にしまってある。
あっちはなんだかんだで刃が繊細だから、魔物討伐か料理専用だ。
「ライノー、なにしてるのー? 武器、傷んじゃうよー?」
「む。その行為の意味はなに」
背後にいるパレルモとビトラが不思議そうに尋ねてくる。
そういえば二人は、本格的なダンジョン探索をしたことがなかったっけ。
遺跡の方は、なんだかんだで魔物狩りの側面が強かったからな。
「まあ、見てろ。これでここがダンジョン化しているか分かる」
しばらくの間、俺は壁に付けた傷跡の様子を観察する。
すると……
「あっ! ライノ見て見てっ! ひっかき跡が消えちゃったよ! すごーい!」
「む。これは面妖。壁の傷が直ってしまった」
壁が元通りに修復されたのを見て、俺はこの通路が完全にダンジョン化していることを確信する。
ただの通路ならば、いくら魔素が濃くてもこの現象は起こりえないからな。
「ダンジョンってのは、こういうものだぞ。パレルモ、以前お前がぶっ壊した遺跡内部の峡谷とかも、帰りには元通りになってただろ?」
「そーいえばそーだったね!」
パレルモはその時のことを思い出して合点がいったのか、ポンと手を打った。
ビトラも心あたりがあるのか、無言で頷いている。
ダンジョン化した空間は、自己修復能力が宿る。
だから、未踏の洞窟や廃墟、地下建造物などに入る際は、まず入り口付近でこうして壁面などを削り取り、修復能力を持つかどうか確かめるのだ。
ダンジョンならば、確実に魔物が存在するし、罠も設置される。
つまり、ただの洞窟や廃墟に足を踏み入れるのと比べれば、格段に危険性が跳ね上がるわけだ。
このチェックを怠ったせいで命を落とした冒険者は数多くいる。
とても大事な作業だ。
しばらく通路を進むと、扉があった。
随分年季の入った、黒鉄の頑丈な扉だ。
複雑な装飾が施されている。
ツタや魔物に武器を持った人間、それに何かの紋章。
魔物や人間はお互いに戦っているようだ。
この装飾は……どこかでみたことがあるな。
「二人はそこで待っていてくれ」
俺は扉に注意深く近づいていく。
扉、付近ともに《罠回避+》スキルに感なし。
魔術的な攻性結界の類いも設置されていないようだ。
扉にそっと触れてみる。
冷たい鉄の感触が手に感じ取れた。
扉のノブを握り、回してみる。
少し錆付いているようだが、鍵はかかっていないようだ。
ギイィ……
「なんだここは……」
思わず、声が漏れ出た。
扉の先は、巨大な縦穴だった。
壁面はまるで塔の内部のような石造りで、直径は五十歩ほどだろうか。
ここは、縦穴の最上部らしい。
上を魔素灯で照らすと、すぐそこに天井があった。
縦穴の下方はと言うと、全く底が見えない。
まるで奈落まで続いているかのようだ。
底の方からは、ゴゴゴ……と、唸るような低い風音が這い上がってくる。
「ここから降れ、ということか」
縦穴の壁面には、人が二人並んで歩けるかどうかという幅の下り階段が、壁面にへばりつくようにして設置されている。
その様子は、まるで階段が闇の底に沈み込んでいくような不安感を呼び起こさせるが、片足で体重を掛けてみた限り、造り自体はしっかりしているようだ。
俺はひととおり階段付近を調べたあと、扉の前で待機させていた二人に声をかける。
「パレルモ、ビトラ! 大丈夫だぞ。ついてこい」
「わ! すごいとこだねー……なんだか、吸い込まれそうだよー」
「む。魔素の濃くて重い匂いがする」
二人が物珍しげに縦穴の底を覗き込んで、口々に感想を述べる。
ビトラの方は分からないが、パレルモの遺跡にはこういう縦穴はなかったからな。
「さて、ここからが本番だ。気を引き締めていこう。パレルモ、ビトラ。魔物が現れたら頼りにしてるぞ」
「……! うん、まかせて!」
「む。私が活躍するから、きっとパレルモの出番はない」
声をかけると、二人は力強く頷いた。
ビトラなんて胸元で拳を作って、気合いを入れている。
もっとも、実際に魔物が現れたら俺が対処するつもりだ。
二人にはあまりケガさせたくないのもあるし、ことダンジョン内の戦闘においては俺に一日の長があるからな。
しかしパレルモとビトラはやる気十分のようだ。
「ビトラ、いくよー! どっちが魔物をたくさんやっつけるか競争だよー!」
「む。パレルモには負けない」
「おい二人ともちょっと待てって!」
二人がすごい勢いで階段を駆け下りていってしまった。
まったく……
たしかに二人とも魔王の巫女固有のスキルによってダンジョンの罠程度で大事に至るようなことはないだろうが、それでも多少痛い目に遭うことには変わりないからな。
俺も急いで二人の後を追うとするか。
しかし、パレルモとビトラは、さっきの低テンションがウソのようだ。
……もしかして、最近の奇行はアレか?
俺が二人を子供扱いしすぎたせいで、鬱憤が溜まっていたとかそういうアレなのだろうか。
よく分からんが、俺も少しそのへんに気を留めておく必要がありそうだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます