第30話 魔王と巫女

「ほらよ」


 とりあえず俺はパレルモからゲソ串を三本ほど奪い、ビトラに差し出す。


 隣でパレルモが「ああー! わたしのおやつがああぁぁぁ」と涙目になっているが、とりあえずここは放っておく。


 この串は、彼女が昨日の晩飯をこっそり、しかし大量に《ひきだし》に忍ばせていたのを没収したヤツだ。


 朝にモリモリ食ってたのは見て見ぬ振りをしてやったが、それでも晩飯に焼いた串の数と計算があまりにも合わなかったからな。


 もしかして、とそのことを指摘したら「ん? なんのことかナー?」と目を逸らされた。

 が、そんなことで納得する俺ではない。

 つーか冷や汗ダラダラで目が泳ぎまくってたしな。


 で、もしかして、と思ってさらに問い詰めたらコレだよ。


 無理矢理 《ひきだし》を開かせてみれば、中には昨日俺がせっせと焼いていたゲソ串とやらキモ串やらが、みっしりと詰まっていたというわけだ。


 まあ、別に食べ物をこっそり取っておくのは構わん。


 だが、彼女の《ひきだし》は別に防腐機能とか保冷機能が付いているワケじゃない。

 ただの、空間だ。

 それでは当然、調理済みの料理は一日か、せいぜい二日程度しか保たない。

 それを、こんな食べきれるか分からん量を貯め込むとは……


 もちろんパレルモは毒に対して強力な耐性を獲得済みだ。

 だから、常温で放置され悪くなった料理を食べたところでどうということはないだろう。

 すでに多少の毒程度じゃちょっと苦いかなー、程度にしか感じないはずだ。


 だが。


 だがそれでも、だ。


 食べ物を粗末にする子を、俺は許さん。


 料理を作った身としては、いくら食べられるとはいえ、腐って味もクソもなくなった料理を食べて欲しいとは絶対に思わない。


 まあ、大食いどころじゃないパレルモのことだから、今日中に全部が彼女の腹に収まる可能性もゼロとは言えないんだが……


 そこはそれ、ケジメというヤツだな。


「……む。挑戦者、これは? とてもいい匂い」


 手渡されたゲイザーのゲソ串を、しげしげと眺めるビトラ。

 クンクンと鼻をひくつかせて、串の匂いを嗅ぐ。


 が、口に運ぶことはない。


 腹が減っているのは確かみたいだが、案の定警戒されているようだ。

 まあ、そらそーか。

 勢い余ってメシの要求はしたものの、初対面のヤツがその場で食事を出してきたら、何事かと思うわな。  

 しかも行動食みたいな保存食でもなく、いきなり串焼きだし。


「ね、ねえビトラ。それ食べないなら、わたしが食べてもいーんだよ?」


 で、それ(串)をまるで飢えた獣のような目で凝視するパレルモ。

 口の端からは、何かが垂れてきている。

 ……いい加減それを引っ込めよーぜ、パレルモ。


 いや、そんなに欲しいならお前も《ひきだし》から取り出して食えばいいだろ。

 まだまだたくさんあるのはきっちり確認済みだぞ。


「それは魔物の肉だよ。ちゃんと毒抜き処理をしてある。だから安心していいぞ」


「む。魔物……? 私に毒は効かない。でも、本当にいいの? その子の食べ物のようだけど。『巫女』は奪わない。与えることこそ、『巫女』の役目」


 ビトラが地面に視線を落とし、言った。

 彼女の蔦状の髪が少しウネウネと蠢く。

 これは、遠慮しているのか?

 そういう風に見える。


 食い物を要求したわりに、ずいぶんと謙虚だな。


 が、彼女の顔からは表情が全く読めない。

 というか表情がない。

 植物の亜人のようだから、そのせいだろうか。


 種族的には……見た感じ草人アルラウネ、あるいは樹人ドリアードだろうか。

 そのどの種もかなり辺境の樹海で引きこもって暮らしていてあまり出会うことがないから、本当のところは分からない。

 樹魔トレントのような理性の欠片もない凶暴な魔物ではないのは間違いないが。


 もっとも目が半分ほど閉じられたままなので、眠そうだなー、ということは分かる。

 だが、それだけだ。

 さらに声の調子も平坦だし。

 見た目はパレルモにも勝るとも劣らない美少女だが。

 だがコロコロと表情が変わる彼女とは違い、ビトラと話しているとまるで人形に向かって話しかけているような気分になる。


「そうはいってもな。与える与えないは置いておいて、腹減ったままじゃ動くに動けないだろ? おまけに寝起きだ。それに、俺もビトラに聞きたいことがあるんだ。その串はそれと交換、ということでどうだ?」


 べつに交換でもなんでもなく、食事を提供するのはやぶさかじゃない。

 が、こうすれば罪悪感なく食べてくれるだろう。


 ついでにビトラが『魔王の巫女』というならば、この機会に聞いておきたいこともあるしな。さっきのペッコの使っていた魔術やスキルのことも含めて。


「……む」 


 ビトラは少しだけ迷っているようだ。

 髪がウネウネと動いたり、止まったりする。


 彼女の顔は全く表情を読み取れないが、髪は存外に饒舌のようだ。

 

 しばらくして、ビトラが口を開いた。


「仕方ない。これは交換条件」


 仕方ない、という割には淡々と語るビトラ。


 だが、俺は見てしまった。

 無表情なビトラの口の端に、キラリと光るソレを。

 あと、髪がせわしなく蠢いているのを。


「……あむ」


 ビトラが小さな口を精一杯開き、ゲイザーのゲソ串にかぶりつく。


 しばらく味わうようにもぐもぐと口を動かしたあと、彼女の動きがピタリ、と止まった。

 それからプルプルと震え出す。


 お? 大丈夫かな?

 一応ケリイがバクバク食べても問題なかったレベルで毒抜きはしといたはずだし、ビトラが自称するに、毒は大丈夫のハズだが。


 もしかしてビトラは植物の亜人っぽいから、肉は受け付けなかったとか?

 それにしては盛大にかぶり付いた気がしたが。


「……む。むむむむむ。これは。これは」


 が、すぐにゴクンと口の中のものを呑み込むと、かじりかけのゲソ串にかぶりついた。

 おお。

 蔦髪がすごい勢いでワシャワシャしてる。


 あっという間に串だけになる。


 もう一本。

 がぶり。もぐもぐ。

 もう一本。

 がぶり。もぐもぐ。


 あっという間に三本の串が、串だけになった。


 それからビトラは「はう……」と無表情のままため息をつくと、


「足りない」


「は?」


 思わず聞き返す。


「む。足りない。挑戦者、貴方は交換と言った。私に聞きたいことがあるならば、もっとこの香ばしい匂いの食べ物を差し出すことが必要」


 ふんす、と鼻息荒くおかわりを所望するビトラ。

 相変わらず表情の変化はないが、蔦髪がすごいことになってるな。


 まあ、それはいい。


「分かった。まだ食い物はたくさんある。好きなだけ食え。パレルモ、《ひきだし》」


 差し出した俺の手を見てパレルモが絶望的な顔になるが、知らんな。


 結局ビトラは《ひきだし》内の串のほとんど全てを食い尽くしてしまった。

 さらには、パレルモ秘蔵の大蛇肉のローストさえも……


 そのせいでパレルモがシオシオになり、その場で崩れ落ちたのは言うまでもないな。


 まあ、俺も別に悪魔じゃない。

 街に戻ったら好きなだけ屋台なり飯屋なりで腹一杯食わせてやろう。

 なんだかんだで、パレルモは今回かなり頑張っていたからな。


 と、そうだ。

 ビトラには言い忘れていたな。


「ビトラ。お前にいろいろ聞く前に、自己紹介をしておこうと思う。まず、俺たちはもう・・挑戦者じゃない。名前はライノ・トゥーリ。どうやら『貪食』の魔王、ってことらしい。こっちは『魔王の巫女』パレルモだ」


 俺は無心になって大蛇肉のローストにがっついているビトラに声をかけた。

 正直、俺とパレルモのことをどう言おうかどうか迷ったんだが……

 彼女も『魔王の巫女』と名乗ったことだし、こちらも正体を偽ることはあまり意味がなさそうだったからだ。

 なにより、フェアじゃない気がしたからな。


 もちろん、最悪の場合として彼女が敵対することを考えなかったわけではない。

 だが、まあ……こっちの出した料理をこんなに思いっきりがっついている時点で、警戒心ゼロになってるからな。


「……む。そう。よろしく、『貪食の魔王』ライノ。そしてその『巫女』パレルモ」


 と、それを聞いたビトラが食べるのをやめ、無表情のまま顔を上げる。

 そして、彼女はさらに続けてこう言った。


 今度は、首をかしげて。


「……でも、不思議。魔王がここいるのなら、なぜ巫女が生きている。魔王ライノ。なぜ生け贄であるはずの巫女パレルモを喰らわないの」





 沈黙。





 …………んん?





 どゆこと?

 今、ビトラは何て言った?



 食べる?

 誰が、誰を?




 ええと、アレだ。





 俺はしばらく黙考し、そして一つの答えを得る。




 なるほど。

 そういうことか。

 ビトラちゃんはおませさんだなぁ。


 だが、彼女はいたって真面目な顔だ。

 無表情とも言うが。


 だから俺も真面目な顔を作り、話しかける。


「ビトラ。それは、その……性的に、って意味でか? さすがにそれはちょっとまだ早――」


「ライノのバカ!」


 バチン!


 顔を真っ赤にしたパレルモに、横っ面を思いっきり張られた。

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