第29話 魔力核の少女

「……これはでかいな。つーかコレが本体か」


「でかいねー」


 俺とパレルモは今、砦跡の地下室にいる。


 それは、ペッコの根が複雑に絡み合った、巨大なコブ状の物体だった。

 根はほとんど枯死しており、崩れ落ちた箇所から深紅の輝きが見てとれる。


 魔力核だ。


 それも、今まで見たことがないほど特大のヤツだ。

 コレが神樹ペッコの巨体を支えていた動力源であることに間違いないだろう。


 ちなみにその魔力核にはペッコの本体らしき人型の根っこがへばりついている状態だな。例によってあのクタクタになった首輪を嵌めているから、間違いない。


 だがペッコはケリイの放った光線の毒に冒されているのか、すでに目は虚ろで、その瞳には何も映っていない。

 何事かをブツブツ呟いているが、小さくかすれていてよく聞き取れない。


 途切れ途切れに、神だとか、魔王だとかそんなモノに対する恨み言を呟いているらしいことだけは、かろうじて聞き取れた。

 だが、大半は意味のないうわごとだ。


 どのみち、もう長くはないだろう。

 見ているそばから、魔力核を覆う根が崩壊し始めている。

 魔力核を破壊するのがここに来た目的だったが、これならその必要はなさそうだな。


 けれどもコイツ、地上で見た姿とずいぶんと違うな。

 具体的には年齢が。


 俺が戦ったのは二十代に入ったばかりといった感じの若者だったが、今ここにいるのは齢八十は過ぎているだろう老人だ。

 それでも面影だけはハッキリと残しているから、見間違えようハズもない。


 あの姿が、ペッコの全盛期の姿だったのだろうか。

 まあ、どうでもいいな。


 と、ペッコの本体がこっちを見た。

 ペッコに目に光が戻っている。


 瀕死ながら、俺たちの気配に反応したのか?

 なんてしぶといヤツなんだ。


 一応パレルモを背後にやり、武器を構える。

 が、こちらに攻撃を加えてくる気配はない。

 さすがにもう、そんな力は残っていないようだ。


 ペッコが、俺を睨み付けたまま、口を開く。

 今度は途切れ途切れだが、ハッキリした声だ。


「……て、てめェか……。見たぜェ……あの、半魔……。てめェ……やっぱり『力』を持ってやがった……なァ。ならば……この俺の姿は……未来、の……てめェの姿だァ……クク、クク……俺は先に……これで……いち抜けだァ……ざまァねェぜ、てめェ――」


 それが最期の言葉だった。

 ペッコの身体がボロボロと崩れ落ち、地下室の床に木くずの小山ができた。


 なんだ?

 最期の最期に、ずいぶんと不吉なことを言ってくれるな。

 俺もいずれ、コイツのようになる?


 確かに俺の『貪食』の力はまだまだ未知の部分が多い。

 だが今それについて悩んでも仕方がない。


 この依頼が終わったあとは、しばらく遺跡に引きこもるつもりだし、その際にいろいろと検証をするとしよう。

 うっかり世界を滅ぼしてしまうのは勘弁だからな。


 で、それよりも今は、目の前の魔力核だ。

 さっさと破壊して帰ろうと思ったのだが……


 でかい。


 根に覆われていた状態でも、巨大だとは思っていたが。

 以前倒した遺跡の魔物カズラのモノより、はるかに大きい。


 それがどれくらい巨大かというと……


 そうだな、見た目十代半ばほどの少女が胎児のような格好で丸まると、イイ感じにすっぽり収まるくらいのサイズだ。


「ねーライノ、この子、どうしてこんなところで眠ってるのー?」


「……それは、俺が聞きたい」


 そう。


 比喩とかでもなんでもなく、魔力核の中で少女が眠っている。

 目を閉じ、膝を抱え、一糸まとわぬ姿で。


 寝ている、としたのは、魔力核の内部にいる少女の肩や胸が上下しているのが確認できるからだ。

 どうやら内部は液体が満たされているようだが、溺れたりはしていないようだ。


「ライノー? どこみてるのかなー?」


 その様子をまじまじと眺めていたら。パレルモが深淵のような目を向けてきた。


 いや、誤解すんなよ?


 俺はただ、珍しい魔力核を観察しているだけだ。


 それに女の子は身体を丸めているから、大事な部分は見えないぞ。

 まあ仮に見えちゃったとしても、見なかった振りをしとかないと後が怖い。

 具体的には、パレルモの目が深淵を湛えたままになりそうで怖い。


「なあパレルモ、この子って助け出した方がいいのかな?」


「さあー。こんなにきもちよく眠ってるし、ほっといた方がいいんじゃないのー?」


 なんてことを言い出すんだこの子は。


「いや、状況からしてこの子、明らかにさっきのペッコとかいう野郎の養分されてたっぽいじゃねーか。普通、助け出すだろ」


「そうかなー? もうここで永遠にオヤスミしておいたほうがいいじゃないのかなー? なんだかすっごくイヤな予感がするの。いずれわたしのごはんを脅かすような……」


 パレルモがとんでもないことを言い出した。

 つーか何の話だ。

 この魔力核が露出したとたんに不機嫌になるし、意味がわからんぞ。


「そういうわけにもいかんだろ……パレルモ、すまんが魔力核の下の方をちょっとだけ斬り取ってくれ。分かってると思うが、くれぐれも、中の女の子を両断するなんてマネはするなよ? 絶対だぞ、絶対」


「なるほど! わかった! つまりは思いっきり《ばーん!》しろってことだね!」


 だからその深淵そのものみたいな目でそのセリフを口走るのはやめろ。


「フリじゃねえよ! マジでそんなことしたら今後一切メシ喰わせねーからな!」


「むぅ……しかたがない」


 いや、そんなほっぺたプクッとさせても、この状況じゃ可愛くないからね?

 つーかまだ目が怖いからね?

 さっきの、冗談だったんだよね?


 ふうー。

 やっぱこの子魔王の巫女だわー。


 昨日の夜に俺の目を盗んで(いたと本人は思っている)、ゲイザーのゲソ焼きとニーズヘッグのステーキをこっそり複数の《ひきだし》にしまいこみまくっていたり、朝飯以外の時間でも俺の目を盗んで(いると本人は思っている)こっそり道中に取り出して口をもぐもぐさせていたけど、この子やっぱ魔王の巫女だわー。


「…………じゃあ、いくねー。ほいっ」


 パキン!


 渋々といった様子のパレルモが、極小に範囲を絞った空間断裂魔術を撃ち出す。

 俺の指定したとおりに魔力核の下部が断ち切られた。


 すると、中から真っ赤な液体が勢いよく零れ落ちてゆく。

 おお。

 これは、液状化した魔素のようだ。

 あまり長い時間触れていると、身体に変調をきたしそうな濃度だな。


 液体魔素を失ったせいで圧力の均衡を失ったせいだろうか、魔力核全体にヒビが入り、ガシャンと音を立てて割れた。


 保持していたものがなくなり、その場で倒れ込む魔力核の少女。


 とりあえず俺は上着を脱いで、少女の裸体を隠してやる。


 というかそうしないと、さっきから俺に深淵のような目を向けてくるパレルモが何をするか分からないので怖い。

 というかその突き出した手で一体何をするつもりなんでしょうかねぇこの子は?


「おい、嬢ちゃん、大丈夫か?」


 声をかけると、少女がうっすらと目を開けた。

 眠そうな目だ。


 無言で起き上がって目をこすり、それからあくびをする。

 しばらくの間、きょときょとと当たりを見回す。


 それから俺とパレルモに視線を合わせ……少女が口を開いた。


「……あなたたち、誰。私の安眠を妨害するのなら、ここで朽ち果てることになる」


 開口一番これとか、パレルモに劣らずずいぶんと物騒な子ですね?


「おい待て。嬢ちゃん、あんた今までこの魔力核に閉じ込められていたんだぞ? 体調とか大丈夫なのか?」


「閉じ込め……何の話。私はこのゆりかごで気持ちよく寝ていただけ。たった今、あなたたちが壊してしまったけれど」


 眠そうだが、非難がましい目をこちらに向けてくる少女。

 緑色の濡れた髪が、ゆらゆらと揺れている。

 というか肌とか全体的に緑がかっているな。

 よく見ると髪の毛じゃなくて植物のツルみたいだ。

 種族的に、人間じゃないのか?


 いや、さっさと《暴露+》を使えばいいだろうが、初対面の女の子にいきなり使うのはちょっと、なあ。

 まあ、この子の素性とかは今すぐ知らなきゃならんことではないし、あとで許可を得てからでも遅くはない。


 つーかゆりかごってなんだ。


 この魔力核のことか?

 なんか話が噛み合わないな。


「じゃあ、なんだ? そこのペッコに捕まってたんじゃないのか?」


 もうすでに原型を留めていないが、かつてペッコだった木くずの山を指さして言う。


「ぺっこ? それ、誰」


「…………」


「…………」


 俺はパレルモと顔を見合わせる。


 まあいい。


 しかし、どういうことだ?

 もしかして、彼女が入った魔力核をペッコが見つけ、それを取り込んだということなのか?

 もちろん、そこの緑肌の少女が記憶喪失の場合も考えられるが、よく分からんな。


 だが、この子を保護すべきなのは間違いない。

 こんな人気のない砦跡の地下に放置しておくわけにはいかないし。


「とりあえず、嬢ちゃん。こんなとこじゃなんだ。地上に――」


「ビトラ」


「は?」


「ビトラ。私の名前」


 じっと無表情な顔でこっちを見つめてくる少女、あらためビトラ。


「ビトラ。ここじゃ危険だし、いったん地上に出て――」


 きゅるるる。


 言い直そうとして、また話を遮られる。

 今度はなんだ。腹の虫か?


 じろっとパレルモを見る。


「ちっちがうよわたしじゃないよっ!?」


 あわてた様子のパレルモが否定する。

 じゃあ、誰だ。

 お前以外、そんな食いしん坊は……


「――する」


 蚊の鳴くような声が、別のところから聞こえた。


「ん? 何だ?」


「――寝起きのせいで私は空腹。私は魔王『怠惰』の巫女ビトラ。あなたたちは挑戦者と見受ける。よって私はあなたたちに食事の提供を所望する」


 淡い緑色の肌を耳まで真っ赤にしたビトラが、俯いたままそう呟いた。

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